転地演習2 ー鉄道輸送隊、北上ー
14時28分、12両の貨車に87式偵察警戒車、82式指揮通信車、軽装甲機動車、高機動車に、いくらかの物資が入ったコンテナを積んだEF510牽引の貨物列車は、横浜羽沢駅を定刻で発車した。
「東海道貨物、本線上り場内進行!」
東海道貨物線に入り、ネイビーブルーの相鉄電車とすれ違う。鈍く輝く車体にダークグリーンの機関車が映りこむ。京急本線生麦駅あたりで東海道本線と合流するまで、しばらく列車はトンネルを進む。地下から勾配を上がり、日差しの下に躍り出ると、右手から12両編成の赤い列車が追い越していった。
「鶴見、通過。定時。」
鶴見川を渡ると大きく左へカーブし、東海道本線と分かれる。列車はここから新鶴見操車場を経由し武蔵野線に入り、東北本線へ向かう。大宮までは来た道を戻っていくことになる。
「新鶴見、通過。定時。」
16時5分、大宮を通過し、東北本線をさらに北上する。夕ラッシュが始まりつつある大都市を駆ける自衛隊列車。沿線には時折カメラを構える人も見えた。
「これってどうやってダイヤ入手してんだ?」
網干の疑問に新津が答える。
「鉄道輸送隊の運転時分は非公開ですが、基本的に通常のダイヤに干渉せず、その上停車は最小限というのが我々の通例です。ここまでの目撃情報などを組み合わせればある程度推測できるのでしょう。」
「ほんとの有事のときはどうするんだろうな、規制するわけにもいかんだろうし。」
鉄道輸送隊は防衛装備の機動輸送、さらに言えば有事における輜重(兵站)の多重化も目的の1つだ。有事における部隊移転をどのように秘匿するのだろう。そんな疑問が浮かんだ網干を乗せ、列車は栃木県に入った。上空からヘリの羽ばたく音がした。陸上自衛隊のUH60JAだ。東北本線沿いには陸上自衛隊中央即応連隊が駐屯する宇都宮駐屯地、さらに北に滑走路を備えヘリコプターを装備する北宇都宮駐屯地もある。
「小山、通過。定時。」
左手に分かれていく両毛線と、新幹線の高架の向こう側の田畑に目をやる。雪がちらついていた。
18時21分、列車は定刻通りに黒磯駅に到着し、10分の運転停車を挟み発車した。鉄道輸送隊は防衛装備を輸送する以上、運転停車の際も許可のない人間が列車に近づかないようにせねばならない。駅員と網干、新津でホームを警戒し、駅員に礼を言って出発する。
「下り副本線出発進行!黒磯発車、定時。」
東京からやってくる中距離電車は、どんなに長くてもここ黒磯が最後だ。ここから先は電化方式が直流から交流に変わり、普通列車が行き来する区間になる。交直両用機関車であるEF510はデッドセクションをゆっくりと通過し、森林と田園の混じる車窓を走る。仙台に着くのは21時19分の予定だ。
19時20分、列車は白河の関を抜け、郡山へ向かっていた。雪が段々と強まっていた。
『臨貨9071レ運転士、こちら輸送指令です。』
突然、車内電話器から声がした。
「輸送指令、こちら臨貨9071レ運転士です。どうされましたか。」
稲沢が答える。
『東北新幹線福島白石蔵王間で、風速が基準値を越えたため、新幹線は福島仙台間で運転見合わせとなりました。』
『東北本線では、新幹線をご利用のお客様のため、臨時に快速列車を運転します。』
『そのため、臨貨9071レは、この先郡山貨物で抑止となります。』
降り積もる雪が、世界を白く染めつつあった。
20時0分、郡山貨物ターミナル。
「どうしようか、これ。」
網干はつぶやく。貨物列車は基本的に、JR貨物がJR旅客鉄道各社に線路使用料を支払って運行されている。同様に、鉄道輸送隊はJRの線路を間借りして運行している。当然、線路使用料も防衛支出として国庫に計上される。そして、JR貨物の通常の貨物列車と異なり、運行される全ての列車が臨時列車扱いとなる。そのため、防衛出動でも出ているならまだしも、ただの訓練で走行している路線に異状があれば、最も影響を受け、最も優先されない存在となるのが、この鉄道輸送隊だった。
「定刻通りなら21時19分に仙台貨物着ですが、今走り出せたとしてももう厳しいですね。」
「代替のルートはないの?」
郡山には東北本線と東北新幹線のほかに磐越西線と磐越東線が乗り入れている。名前の通り磐城国と越後国を郡山経由で連絡する路線だ。
「磐越線は非電化です。貨物の運転も西線は2011年の震災臨時、東線に至っては2000年の貨物廃止以来機関車の入線の記録がありません。厳しいですよ。」
「通ったことはあるんだろ?防衛装備輸送法35条の2、諸般の事情により輸送が困難な場合、」
「わかりましたよ、調整しましょう。」
網干の駄々をこねるような態度に新津は応え、電話を始めた。
「ええ、はい、はい。手配できますか?うちからは流石に、はい、では。」
電話を終えるとこちらを向き直り、口を開く。
「運行調整班からJRに入線の許可やダイヤの調整、それと機関車の使用を要請させます。」
「ディーゼルならうちもDF200とHD300があるだろ、なんで借りるんだ?」
「時間が掛かりすぎます、その場で使えるなら使いたいでしょう?」
網干は流石新津だと笑い、そして運行計画の調整と、最寄りの駐屯地への連絡を始めた。郡山駐屯地には第38普通科連隊をはじめとしたかなりの数の部隊が駐屯している。時間帯からして支援は厳しいだろうが、それでも伝えておくことに意味があるのだ。雪の向こうに郡山市街の夜景のきらめきが見えた。
21時3分、新津のもとに情報が届き、JRの係員がこちらへ向かって歩いてきているのも見えた。磐越東線への入線と、そこから常磐線経由で仙台へ向かうことの確認が取れたようだ。JR貨物は偶然郡山貨物ターミナルに停車していたDF200ディーゼル機関車2両の使用許可をもらえた。遠回りになるが日の出までには仙台へ辿り着けるだろう。新幹線は未だ運転を見合わせており、東北本線の臨時輸送も継続中だった。
「運転士がいない?」
新津が声を上げた。
「ただ今の時刻ですと付近の機関区に内燃動車の機関士がおらず…」
作業服を着たJR貨物の係員によると、どうやら機関車はあっても運転士がいないらしい。
「俺やろうか。」
手を挙げたのは吹田1曹だ。
「江田島で機関車動かしてた。研修でも一応触らせてもらった。DFならうちにもあるだろう、できるぞ。」
「しかし自衛隊の機関車ではないのに乗務は、」
新津が食い下がるが、網干はそれを止める。
「有事だったらどうする。一刻も早く運ぶ、だろ?」
そういうと網干は高崎駐屯地に、新津はJRに調整のため連絡を始めた。
21時46分、10両の貨車に2両の機関車がつながる。後ろ寄り2両のRCVとCCVは、磐越東線の通過に懸念があったため、郡山駐屯地経由で仙台へ向かうこととなった。自衛隊専用貨車トキ30000は、EF510と共に郡山で待機。明日東北本線を北上し遅れて仙台で合流する手筈となった。
「出発進行、郡山貨物、定時。」
エンジンが唸り声をあげ、空気を震わし、降る雪を解かした。2両の赤毛熊は動き出し、磐越東線を目指した。
「制限60です!気を付けて!」
吹田へ向け叫ぶ稲沢とJR係員。稲沢と新津は郡山に残り、明日EF510と共に仙台へ向かう。
「場内進行!」
郡山駅のホームを抜け、分岐器を乗り越える。特別に入線するため、安全のため常磐線に合流するまで制限時速は最高60km/hとされた。段々と車窓から明かりが減っていき、真っ暗になった。阿武隈川だ。ここから先、阿武隈高地を抜ける上り勾配が続く。
「坂がきついな。」
吹田のつぶやきに、網干は前方を見やる。
「ここを抜けたらしばらく平坦みたいですよ。」
言うは易し、眼前には漆黒のような山が立ち上がっていた。夜闇の中ではどこまでが山でどこからが夜空なのかわからないほどだ。
「いわきには何時に着けばいいんだ?」
郡山を出てから30分ほどが経過していた。現在地は船引駅付近。田村市街の明かりがぼんやりと流れていた。いわきにはあと1時間ほど、常磐線を北上して仙台には未明1時30分頃に着く予定だ。列車はゆったりと、しかし力強く進む。
23時1分、列車は夏井川の渓谷を脱し、太平洋岸へ飛び出した。
「寒いな。」
列車はいわきで運転停車し、その後は岩沼まで駆け抜ける。鉄道輸送隊は創設後最長の輸送を、そして最大のトラブルを乗り越え、仙台貨物ターミナルへ辿り着こうとしていた。雪の中を郡山から自走してきた87式偵察警戒車と82式指揮通信車、仙台駐屯地の3 1/2トラックなどがコンテナホームに並んでいた。DF200は警笛を吹鳴し、仙台貨物ターミナルへ滑り込んだ。
「鉄道輸送隊、隊長の網干3佐です。横浜羽沢より仙台貨物、到着しました。」
午前1時33分、雪は止んでいた。東北新幹線は終日運転見合わせとなり、東北本線も貝田駅付近で積雪により運転見合わせ。鉄道輸送隊は偶然にも、最も影響の少ない経路を選択していた。
「郡山で待っててもあの時間には着けなかったわけだろ、なら御の字だよ。」
網干の発言に、呆れたように新津が返事をする。
「来月のはそんな風にならないといいですね。」
鉄道輸送隊は無事に高崎へ帰り着いた。1つ試練を乗り越え、この先へ続くレールに青信号が灯った。
次話から本筋です。
鉄道関連も自衛隊関連も非現実的なところや矛盾したところがあるかと思いますが、温かい目で見守っていただきたいです。よろしければコメントなどで間違いを教えてくださると嬉しいです。




