転地演習 ー出発進行ー
2031年12月3日、群馬県高崎市。冷たい空気が擦れるような音が2度したあと、金属の摩擦音が響く。かご型三相誘導電動機の力強い音と共に、緑がかったグレーの巨体がゆったりと動き出す。車体前面には桜星とレールがあしらわれた紋章。自衛隊史上初の電気機関車である、EF510形電気機関車の1001号機だ。京都・梅小路や、かつての全国各地の幹線で見られた、扇形を採用した機関庫から、転車台へ進入し、ダークグリーンの新鋭機関車がゆっくりと回転する。
機関車の主務運転士は鉄道輸送隊運転小隊長の稲沢賢吾3等陸尉、副運転士は運転小隊運転班長の吹田茂1等海曹だ。稲沢は隊の創設に先立って日本貨物鉄道に1年間出向し機関車運用のノウハウを学んだ新進気鋭の男で、吹田は2010年頃まで、海上自衛隊呉弾薬整備補給所に存在した弾薬運搬用軌道で機関車を運転していた。
「入換進行!」
「入換進行!」
扇形の機関庫を出たEF510は、転車台を抜けると分岐線に入り、着発線に進入した。
「場内進行!」
進入した1番線に停車しているのは、自衛隊向に新造された無蓋貨車、トキ30000が2両。従来の自衛隊鉄道輸送では通常のコンテナ貨車やごく少数の無蓋貨車をJRから借り受け車両を積載していたが、鉄道輸送隊創設のため、自衛隊車両の運搬を前提に設計されたトキ30000を製造することとなった。自衛隊は他にも、戦車や機動戦闘車の輸送に対応した特大貨車や人員輸送用の車掌車、客車などを多数保有している。
「やわやわ、あと5m。」
運転小隊入換班の隊員が連結のため誘導する。
「停まれ。前へ。連結完了。」
ガチャン、と音がし、機関車と貨物がつながった。3両編成、おもちゃのようだが立派な自衛隊専用貨物列車だ。
「1番線停車。発車時刻1000。」
自衛隊と鉄道の号令が混じったような独特の掛け声が掛かる。稲沢は機関車を降り、車輪に手羽止めを掛ける。吹田も地面に降り立つ。顔を上げると、列車の後方から誰かが歩いてくる。
「仙台まで添乗させてもらいます。」「稲沢、茂さん、よろしくお願いします!」
網干と新津だった。鉄道輸送隊では、本部管理小隊の3人の幹部のうち1人が駐屯地に残り、他2人が列車運行に添乗するのが慣例となっていた。
「運幹の三島3尉が残ってます。」
三島秀樹3等陸尉はあまり運行に添乗しない。運用訓練幹部は、演習の計画が上から下りてきた際、概要を把握し詳細を計画し、さらに隊の各部隊長へ下ろして具体的な計画立案を行っている。今日までもこの演習のためか激務のようで目の下に隈をたくわえていた。
「了解、よろしくお願いします。」
稲沢は2人に返事をし、隊舎へ戻った。
10時0分、出発の時間である。
「出発進行、専高崎1番、定時。」
稲沢の指差喚呼と共にEF510は動き出す。突き上げられるように2両の無蓋貨車も走り出し、3両の列車は進む。配線の構造上、列車は一度貨車を前にした状態で走り出す。着発線を抜け、無数の分岐器を越え引込線で停止する。
「場内進行、専高崎着発2番、定時。」
折り返し、機関車を先頭にした列車は、ゆっくりと高崎線に進入する。右手には高崎操車場があり、空の貨車がいくつか停まっていた。
「倉賀野通過、定時。制限解除。」
朝ラッシュを避けて発車した列車は、高崎操車場の構内を抜けると加速を始める。主電動機が唸りを上げ、車窓は飛ぶように流れる。踏切の警報音が段々と近づき、遠ざかるにつれ低い音に変わっていく。烏川を渡り、八高線が右手へ分かれていく。
「新町通過、定時。」
新町駅から東に行った川沿いには陸上自衛隊新町駐屯地がある。新町駐屯地の第12後方支援隊は、隊内に高崎駐屯地派遣隊を編制し、鉄道輸送隊の支援と駐屯地業務を行っている。
列車は田畑と住宅、工場が入り乱れる街並みを直進する。ここは埼玉県本庄市だ。沿線の住民や時折すれ違う15両編成の快速電車からは、異様な自衛隊列車への奇異の目線が向けられている。大宮を抜け、武蔵野線に入り、荒川を越える。横浜羽沢駅到着は13時3分の予定だ。冬空の関東平野を列車は走る。
13時3分、定刻通り横浜羽沢駅に到着し、そのまま停車する。荷役ホームには、トキ30000に積載予定の87式偵察警戒車と82式指揮通信車、さらに森林迷彩の陸上自衛隊員が整列していた。網干が機関車を降りると、1人が前へ出てきた。
「陸上自衛隊中央輸送隊の戸塚2尉です。」
「輸送集団鉄道輸送隊の網干3佐です。今日はよろしく。」
乗ってきた列車の後方に、10両ほどのコンテナ貨車がつながれようとしていた。総勢13両となった列車から機関車が離脱し、一度折り返し貨車の後方に着く。機関車列車が進行方向を変えるために行われる、機回しというものだ。それらの作業が終わると、装備の荷役が始まった。
「RCVから載せるぞ、前出せ。」
「オーライ、オーライ、停まれ。」
「壮観だな。」
網干が振り向くと、吹田1曹が立っていた。
「茂さん。」
「江田島じゃこんなでかい汽車も荷物も使うことはなかったな。」
吹田が機関車を運転していたのは20年前、海上自衛隊呉弾薬整備補給所のトロッコは2010年に廃止され、20代だった吹田は、入隊からの数年間を共にしたトロッコに別れを告げた。
「地上勤務とはいえ海自だ、艦乗ってるやつらを羨んだこともあった。」
しみじみと言葉を紡ぐ。
「でも、俺には汽車があった。今はこいつがある。」
就職氷河期の波に呑まれ、高校卒業後一般曹候補生の道を選んだ吹田茂。海上自衛官として30年以上を過ごし、鉄道輸送隊を自衛隊人生の終着点にしようとしていた。
「茂さん!」
稲沢に呼ばれ、歩き出す吹田。横浜市神奈川区羽沢町、荷役はあと10分ほどで終わるだろう。出発時刻は14時28分の予定だ。
次話で転地演習を終え、次々話から本筋に入る予定です。




