トキ30000
鉄道輸送隊車両整備小隊長である門司陽奈子陸曹長は、検車線に停止した無蓋貨車トキ30000の脇に座っていた。突放禁止と丸く太く書かれた上に、鉄輸-車-11と記されていた。4軸の車軸を持ち、30tまでの輸送に対応したこの貨車は、明日以降日本中を駆け回ることになる。
「隊長!何してるんですか。濡れますよ。」
門司は我に返り、天を仰いだ。検車庫の口から雨が入り込み、門司と貨車に打ち付けていた。数時間前に天災に見舞われた、西日本一帯の地域には雲はかかっていないが、北陸から首都圏にかけての広い範囲で雨が降っていたし、これから強まる予報だった。
「重機類の整備、ひと段落つきました。」
身体についた雨水を払いながら近づくと、声を掛けてきた3曹が告げた。
「了解。すぐ行く。」
彼女の生家は愛知県春日井市だった。父がJRの車両基地で整備士をしていた。自分もそれに憧れて、大学を出た後鉄道会社に就職し、車両整備の道を歩んでいた。5分前、家族に電話を掛けたが出なかった。メッセージを送ったが返事は確認できていない。兄が両親を守ってくれていることを祈った。
「全車輛、整備点検終わりました。今すぐでも出せます。」
若い士長の声に頷き、整備場に並んだ重機を見た。資材運搬車、中型ドーザ、バケットローダにグレーダ、油圧ショベル。陸上自衛隊のものとは違い、全て一面ダークグリーンに塗装されている。
「こいつも多分出しますよね。」
そう言う士長の目線の先には29式軌陸車。高機動車をベースに鉄道線路と路面の両方を走行できるよう改造された車輛だ。
「そうだね、これならタキでも運べるし。」
気を取り直すように、不安を振り払うように言うと、門司はそれぞれに近づいてチェックを始めた。31式作業服の灰色の迷彩に、雨水が浮いていた。
雨足が強まる中、車両整備小隊の面々は30式線路作業車ことマルチプルタイタンパーの点検を行っていた。路線の復旧で多用することになるだろうが、1両しか装備していない。綿密に整備しなければ。
「うわっ!」
車輛の前面を見ようと歩いていた1士が、床下整備のための溝の縁で足を滑らせた。咄嗟に掴み上げる2曹。
「いい経験になったな1士。後で覚悟しておけ。」
「怪我はない?失敗は付きものだから落ち着いて。終わったら掃除を任せます。」
2曹と門司に囲まれた1士は縮こまりながら作業へ戻った。出動が近いことと、地元が被災した隊員が多いことも相まって、小隊のみならず鉄道輸送隊全体に、不思議な空気が漂っていた。雷が鳴った。雨が強まり、降り続けていた。
少し短いですが今回は車両整備小隊のお話です。
次話、出動です!




