第8話 こっちの世界でも普通に需要があるんで
ここは下町の一角にあるリサイクルショップ『ただの』。
今日の店内は、どこからともなく漂う怪しい妖気と青白い炎を上げる松明で照らされ、棚には呪物やオニの骸骨、禍々しい武具がズラリと並んでいた。
(今日は魔族の客でも来るかな……)
仁志はいつものようにカウンターでギシギシと音を立てる古いオフィスチェアに腰掛け、スポーツ新聞を読みながら煙草をふかしていた。
すると「ガラガラ」と入口の引き戸が開き、威風堂々とした足音が響いた。
入ってきたのは、血のように赤黒い肌に立派な羊角と牙を生やし、黒いマントをなびかせている魔族だった。
「いらっしゃい。今日はどんな御用で?」
仁志は煙草の煙をふぅと吐き出し、新聞から目を離さずに尋ねる。
「うむ。長年愛用していた玉座の椅子が壊れてしまってな。なにか良い物はないかと思って立ち寄ったのだ」
「あー、椅子ですか……。ちょいとお待ちを」
仁志がカウンターの下のボタンをポンと押すと、店内の棚が重厚な機械音とともに床下へと潜っていき、様々なデザインの椅子が床からスッと浮き上がってきた。
「お客さん、お仕事は何をされてます?」
「魔王だ」
「魔王ね、それなら……この骨の椅子はどうです? 闇の竜の骨をそのまま組み上げた一品ですよ」
仁志が、凶悪なドラゴンの頭蓋骨と羽の骨を大胆にあしらった威圧感抜群の椅子を勧める。
「うーむ……見た目は悪くないが、骨は形が歪でゴツゴツしてるからな……」
「じゃあ、この重厚な大理石の椅子は? 表面が滑らかで冷んやりして気持ちいいですよ」
「大理石か……以前似たようなものを使ったが、硬すぎて長時間執務をしていると尻が痛くなってな……」
「……なるほど。じゃあ、この高級革張りのシングルソファは?」
「ほう、良さそうだな。どれ、試しに座ってみよう」
魔王はマントをファサと翻し、シングルソファに深々と腰掛けた。
「ほう……柔らかくてなかなかの座り心地だ……。だが、玉座にしては少々沈み込みすぎて視線が低いな」
その後も魔王は、「この肘掛けの高さが」「このクッションの素材が」「もっと禍々しいデザインでないと」と、次から次へ試しては難癖をつけ、一向に購入する椅子が決まらない。
(……見た目のわりに優柔不断だな……)
仁志が「まあ納得がいくまで自由に座って試してもらうか」と離れようとしたその時、魔王の視線が部屋の隅に置かれた椅子でピタリと止まった。
「店主よ……あの椅子はなんだ?」
「あぁ、あれですか。今、流行ってる『ゲーミングチェア』ですね。まあ座ってみてください」
魔王は半信半疑でゲーミングチェアに近寄り、大きな身体を預けるように腰を下ろした。
「ほう……! 背もたれが体にフィットするな! それに通気性の良いメッシュ素材か。これなら長時間の会議でもムレなさそうだ」
「ふふ、でしょ? それにレバー一つで背もたれの角度も自由に変えられますし、足元からはこうやってオットマン(足置き)が出ますよ」
仁志が手際よく背もたれを限界まで倒し、フットレストを引き出して見せる。
「これなら戦時中の仮眠も快適そうだな……」
「さらにですね……この背面のボタンを押すと——」
仁志がポチッとスイッチを入れると、椅子の縁に沿って仕込まれたRGBのLEDライトが七色にピカピカとド派手に発光し始めた。
「光るだと……!?これなら意外性もバッチリだな……!よし店主、これを貰おう」
魔王はすっかり気に入り、目を輝かせて即決した。
「ありがとうございます。お会計、3万5千円になります」
「……む。意外と良い値段がするのだな」
「まあ、こっちの世界でも普通に需要があるんで」
魔王は支払いを済ませると、満足気な笑みを浮かべ、ガラガラとゲーミングチェアをキャスターで転がしながら嬉しそうに店を出て行った。
「毎度ありー」
ガラガラと引き戸が閉まると仁志はカウンターにあるギシギシと軋む、破れかけた古いオフィスチェアに腰掛けた。




