第78話 長々と言ってたから名前忘れちゃったな
「はぁ……はぁ……はぁ……。ん? どこだここは……? 先刻まで我が城におったはずだが……」
引き戸が勢いよく開いたかと思うと、茶釜を大事そうに抱え、乱れた髷に汚れきった白装束を纏った男が駆け込んできた。
「武士のお客さんか、珍しいな……。いらっしゃい、ここは古道具屋だよ」
「……古道具屋?」
武士は狐につままれたような表情で、店内をゆっくりと見渡した。
棚には、妖気が漂う怪しげな道具や、見たこともない骨董品並んでいる。
「わしは……もしや物の怪の類に化かされておるのか……? ふっ、まあよい。あの織田の青瓢箪に引き渡してしまうくらいならば、いっそこの店に置いていくとしよう……」
武士は腹を括ったように言うと、抱えていた茶釜をカウンターへ置いた。
「これは?」
仁志が尋ねる。
「『古天明平蜘蛛』という茶釜だ。織田の奴が『寄越せ寄越せ』と執拗に五月蠅くてな……。あやつにだけは絶対に渡したくないのだ。ここで引き取ってはくれぬか」
「うーん……。じいちゃんと違って、古美術品にはとことん疎いんだよな……」
仁志はとりあえず茶釜をぐるりと見る。
「……うーん、価値がよくわからん。買い取りは大判1枚でいいかい?」
「金など要らん! 今まさに我が城は敵に包囲され、もはや自害するしかないと諦めておったところだ……。金の代わりに、この物の怪の店ならば……この危機を切り抜けられそうな珍品はないか?」
「物の怪の店じゃないんだがね……。危機を切り抜ける道具、ねぇ……」
仁志はホログラム画面を開いてデータベースを検索し、棚から一つ商品を持ってきた。
「これなんてどうだい? 『化け狸の尻尾』だ。これを腰に着けておくと、別人に化けられるらしいぞ」
「ほう……! それはまことか! ちょっと試させてくれ!」
武士は藁にもすがる思いで、化け狸の尻尾を紐で腰へと巻き付けた。
すると、それまで細身だった男の体がみるみるうちに丸々と太り始め、キリッと釣り上がっていた目元も頼りげなく垂れ目に変化した。
仁志が鏡を差し出す。
「おお、これはすごい! これならば織田の兵どもの目を欺き、城から脱出できそうだ! ぜひこれを譲ってくれ!」
「毎度ありー」
武士は化けたまま、店の出口へと向かった。
「これで……何とか生き延びて、いつの日かあの織田に一泡吹かせてくれるわ……!」
武士は引き戸を少しだけ開けると、キョロキョロと警戒し、こそこそと去っていった。
武士の姿が消えたのを見届け、仁志はカウンターに残された茶釜を改めて見つめた。
「……あ、しまった。銘を長々と言ってたから名前忘れちゃったな。……確か、途中に『蜘蛛』って入ってたよな?」
仁志は深く考えるのをやめ、ポップに『蜘蛛の茶釜』と適当に書き、棚へ無造作に置いた。




