第76話 『手紙でも書いていけ』って言ってるのかね
「ん?……どういうことだ、こりゃ……」
仁志がカウンターでスポーツ新聞の読み終え、ふと顔を上げると、視界に入った異変に思わず煙草を落としそうになった。
棚に所狭しと並べられていたはずの異世界の武具や魔導具、宇宙の機械に至るまで、一つ残ら綺麗サッパリ消えていたのだ。
それどころか、カウンターの後ろに保管されていた商品すら何もない。
「こんなこと、親父から店を継いで以来初めてだな……」
不気味なほどガランとした店内を見回し、仁志が慌てて確認のためにホログラム画面を開こうと空中に手をかざすが、システムはピクリとも反応しない。
仁志が本格的に焦り始めたその時、引き戸が静かに開いた。
入ってきたのは、仕立ての良いスーツを身に纏った初老の男性だった。
男性は棚が空っぽになった店内を見ても特に驚く様子もなく、ツカツカと落ち着いた足取りでカウンターへ歩み寄ると、仁志に向かって穏やかに声をかけてきた。
「平治さんはおられるかい?」
「……親父なら、魔……じゃなくて、今は別の場所に住んでて、ここにはいないよ」
「そうか……。平治さんから連絡があって来たんだがな……。もう、あちらへ帰られた後だったか……」
男性はがっかりした様子でため息をついた。
「あんた、親父とはどんな知り合いなんだい?」
「私はね、平治さんがこの店の店主だった頃の、政府の買い出し担当だよ。今は確か、友野くんだったかな? 彼の前任者だよ」
「あぁ、政府の人か。あんたも親父と昔からの長い知り合いなのかい?」
仁志が尋ねると、男性は昔を懐かしむように目を細めた。
「いや、政府内で『この店に出入りできる人間』を探していた時に、たまたま私がこの引き戸を開けられたから担当になってね。ここに通っていたのは15年ほどだったろうか……。平治さんが引退して君に店を譲ってからは、パッタリと辿り着けなくなってねぇ。それに——」
男性は何もないがらんどうの棚を、どこか愛おしそうに見渡した。
「この店も、どうやら私にはもう何も売るつもりはないらしい……」
男性の瞳には、かつて常連として通った場所への少し寂しげな色が浮かんでいた。
「平治さんから『魔界からこっちに帰ってきた』と手紙を貰っていたんだが、仕事の都合でなかなか時間が取れなくてね。まあ、久しぶりにこの店の中に入れただけでも、来た甲斐があったよ」
「親父の奴、突然帰ってきて、また慌ただしく帰っちゃったもんだからさ……。あんたが訪ねて来たこと、親父にちゃんと伝えておくよ」
「ありがとう。『正義』が、久しぶりに会いたがっていたと伝えておいてくれ。それじゃあ、失礼するよ」
正義がそう言って踵を返そうとしたその瞬間——カウンターの木板がパカリと音を立てて開き、中から便箋と一本のペンがスーッとせり上がってきた。
「……店が『手紙でも書いていけ』って言ってるのかね?」
仁志が目を丸くして不思議そうにその光景を見つめる。
「そのようだね……ふふ、相変わらず気難しいが、どこか粋な店だ……」
正義は苦笑いを浮かべると、差し出された椅子にゆっくりと腰掛け、平治へ送る手紙を書き始めた。
時折、昔の『ただの』で平治に買うのを突っぱねられた話や、当時の事件の苦労話を仁志に楽しそうに語って聞かせながら——。




