第73話 今度、マーニアにでも渡すか
「木が動いてるな……」
引き戸が開いて入ってきたのは、枝の腕が生えた、見た目至って普通の木だった。
2メートルほどの木が、引き戸を器用に屈んでくぐり抜けると、足元の根っこをうねらせながら店内を移動する。
(異世界のトレント(木人)ってやつか……? 実物を見るのははじめてだな)
仁志は初めて見た種族だったので、しばらく様子を窺うことにした。
トレントは棚に置いてあるライトスタンドや、魔法のランタンが気になるようだ。
声は一切発しないが、枝の腕で仁志に向かって手招きをしてきた。
「なんだ? そのライトを試してみたいのか?」
仁志が尋ねると、トレントは幹をゆっくりとしならせて頷いた(?)。
仁志がライトやランタンのスイッチを入れると、トレントは照射される光が全身に当たるよう、自ら角度を調整し始めた。
「ふぅー……」と口で言っているわけではないが、光を浴びたトレントは落ち着いた様子を見せている。
トレントは満足したのか、今度は足元の根っこを床板のわずかな隙間にねじ込もうとし始めた。
「おいおい。店の中に根を下ろさないでくれよ」
仁志が慌ててトレントを静止する。
トレントは根を張るのをやめたが、どこかがっかりしたような仕草を見せた。
すると今度は、カウンターの上に置いてあった仁志のお茶を指さした。
「飲み物がほしいのか? まぁ、水くらいなら出せるが」
仁志はグラスに水道水を汲むとトレントに差し出した。
トレントはグラスを受け取ると、飲むかと思いきや、そのまま床に向かってひっくり返し、水を撒き散らした。
「あーあ……。床が水浸しになっちまったじゃないか……」
仁志が溜息をつきながらモップを用意しようとした時、トレントは床の水へ根っこを伸ばし、吸い上げ始めた。
「あぁ……木だからそうやって飲むのか……」
仁志は感心しながら眺めていた。
トレントは床の水を吸い上げ終わると、自らの頭部(?)に生えていた枝から茶色い種をもいで仁志へ手渡してきた。
「あんたの種か? こんなの貰ってもなぁ……」
仁志は受け取ったクルミほどの大きさの種を片手で転がしながら、頭を掻いて困惑する。
トレントは幹を揺らすと、再び根っこをうねらせながら店から出ていってしまった。
「おい! これ、どうすんだ!? ……行っちまったよ」
仁志は手のひらの上の種を見つめた。
「この種をその辺の土に植えたら、動く木が生えてくるのか……?」
種をコロコロと手のひらで転がす。
「種はナマモノなんじゃないか?それだと、売れんしな……。今度、マーニアにでも渡すか……」
仁志は深く考えるのをやめ、とりあえず種をポケットに入れた。




