第70話 ずっとティッシュ箱だと思ってたわ
仁志は2階の居住スペースで、昼ご飯を食べていた。
「……おふくろのレバニラ炒め、美味いな」
「あら、そう? ほら、魔界の家庭料理って、こっちの中国料理と味付けが似ているでしょ? だから、お母さん中華料理が得意なのよー」
「魔界料理と中華料理が似てるのかどうかは知らんが……」
仁志とセイランがそんな会話を弾ませていると、向かいでご飯を食べていた平治が、静かに箸を置いた。
「どうしたんだよ、親父?」
「……そろそろ、魔界へ帰るか」
「……急だな、おい」
あまりにも突然の宣言に、仁志は少し困惑する。
「『魔界』と聞いたら、急に魔界の我が家のことが心配になってきてな……」
「そうねー。ケロ(三つ首の巨大犬)のお世話も、家庭菜園の手入れも、ご近所さんに任せっ放しだものね。そろそろ帰りましょうか、お父さん?」
「そうだな、帰るとするか! そうと決まれば、ご近所さんたちへのお土産を買わんとな!」
平治とセイランは、さっさと食事を済ませると手早く食器を洗い、ぽかんとする仁志を一人残して買い物へ出て行ってしまった。
「……」
仁志は両親のあまりの行動力と勢いに何も言えず、残されたレバニラ炒めを一人で黙々と食べ続けた。
◇
その日の夜——。
店の地下倉庫に、平治とセイランの手荷物と、商店街で買ってきた大量のお土産が積み上げられた。
急遽帰還することになった二人を見送るため、カグヤと誠司もやってきていた。
「お義父さん、お義母さん、またいつでも遊びに来てくださいね。ほら、誠司も」
カグヤが少し照れている誠司の背中を優しく押す。
「おじいちゃん……おばあちゃん、気をつけてね。またね」
「ごめんなさいね、急に帰ることになっちゃって……。ほら、お父さんって一度思い立ったらすぐ動く人じゃない? それに私もケロのことが急に心配になっちゃったから……。カグヤさんも、誠司くんも、また会いましょうね」
セイランが寂しそうに目元を緩め、誠司の頭を優しく撫でる。
「仁志さんも、35年ぶりに会えて嬉しかったわ。また来るから、その時はもっとたくさんお話ししましょうね」
セイランが仁志の前へ歩み寄り、愛おしそうに仁志の頭を撫でる。
「あいよ……」
いつもなら嫌がる仁志だったが、素直に頭を撫でさせた。
セイランが別れの挨拶を終えた頃、平治が帰還用の魔法陣を床に書き終えていた。
「よし、準備完了だ! それじゃあ、帰るとするか母さん」
「親父、今度こっちに戻って来る時は事前に連絡をよこせよな」
「そうだな……。あ、わしの部屋の机の上に、ティッシュ箱みたいな穴の空いた木箱があっただろ? あれが前に母さんが言っておった『異界と繋がるポスト』だから、それに手紙を入れれば魔界の我が家に届くぞ!」
「ずっとティッシュ箱だと思ってたわ……。わかった、こっちで何かあった時もそれで連絡するよ」
仁志と平治が話しを終えると、セイランが魔法陣の中へと入った。
「じゃあの、カグヤさん、誠司! それと仁志! 今度来る時はみんなで温泉旅行にでも行くかな!」
「いいわね、みんなで温泉旅行! それじゃあ皆さん、またねー」
平治が魔石を握り締め、魔法陣へ手を当てると、光とともに二人の姿がすーっと消え去っていった。
セイランは光の中に消えるまで、笑顔で手を振り続けていた。
「……帰ったな」
光が収まった静かな地下で、仁志がふぅと息を吐き出す。
「そうね……。私、お義母さんと仲良くなれたから、ちょっと寂しいわ」
カグヤが寂しそうな表情を浮かべる。
「おじいちゃんとおばあちゃんがまた来た時には……僕ももっと色んなことに動じない、強い人間になれてたらいいな」
三人はしばらくの間、魔法陣の描かれていた床を見つめていた。
「……さて、そろそろ俺たちも家に帰るか?」
仁志が切り出す。
「そうね。せっかくだから、今夜はみんなで外食でもしていきましょうか?」
「うん! 商店街の洋食屋さんのハンバーグが食べたいな!」
「よし、じゃあ久々に『ビストロ ノダ』で食っていくか」
三人は肩を並べ、楽しそうに話しながら店の地下を後にした。




