第63話 あっちに帰る分には問題ないだろ
仁志がカウンターで野球中継をぼんやりと眺めていると、突如として店内の棚がガタガタ揺れ始めた。
棚に並べられていた、黒い羊皮紙——『悪魔の契約書』から紫色の禍々しい煙が溢れ出す。
煙が収まると、そこにはヤギの角とコウモリの翼を持つ恐ろしい姿の悪魔が立っていた。
「……なんだ、あんたか。今回は誰も召喚してないはずなんだが、どうしたんだい?」
以前、仁志とマーニアがうっかり召喚し、ネックレスを買っていった悪魔だった。
「店主よ……先日、この周辺から我らが邪神様の力の気配を感じ取ってな。何か知らんか?」
「邪神……? う〜ん、そんな客が来た記憶はないがな……」
仁志は煙草を吸いながら考え込む。
「そういえば……ちょっと前に親父とスカイが地下で、『危うく封印された邪神を目覚めさせるところだった!』って大騒ぎしてたな……」
仁志は空中に青いホログラム画面を開き、スカイの『SKY Chat』を呼び出した。
『よう、仁志!』
「スカイ。この前、親父と地下で邪神がどうたらこうたら言ってたろ? その場所まで案内してくれ」
『邪神の石像がある場所だな! 任せとけ!』
「お客さん、ちょっとそこで待っててくれ。地下から持ってきてやるからさ」
「うむ、分かった」
仁志がスカイの案内で地下倉庫へと降りていくと、一人残された悪魔は棚の商品を物色し始めた。
しばらくすると、仁志は身の丈2メートルほどもある、3本の禍々しい角が生えた石像を運んで戻ってきた。
「おおッ……! まさしくこれは、邪神ゴーグ様……! まさか石像に変えられ、封印されていたとは……」
悪魔が石像の表面にそっと触れる。
『その石像の手と足と胴体に、それぞれ別の魔法陣が刻まれてたんだよ! 平治の奴が「見たことない魔法陣だな」って面白がって、その魔法陣を組み合わせて描いてたら、封印が解けそうになって焦ったんだぜ!』
画面の中のスカイが身震いする。
「親父の奴、魔界のおふくろに会うために魔法陣を長年研究してたからな……変に知識がついて詳しくなってやがる……」
仁志は呆れてため息をついた。
「店主よ、このゴーグ様の石像を買い取らせてほしい。それと、これもだ」
悪魔はドクロのモチーフがあしらわれた、ごく普通のシルバーリングと腕輪をカウンターへ置いた。
「石像とアクセサリー2点で……全部で10万円だな。支払いはどうする?」
「ふっ、前回の教訓を活かし、そちらの世界の通貨をしっかり用意してあるぞ」
悪魔は懐から10万円を取り出すと、スマートに支払った。
「毎度ありー」
「魔法陣を組み合わされると封印が揺らぐのだな? ゴーグ様を復活させるため、帰ったらさっそく試すとしよう……。さらばだ!」
悪魔は石像とともに紫色の煙に包まれ姿を消していった。
『おい仁志、あんなヤバそうな石像を悪魔に売っちゃって本当に大丈夫だったのか……?』
スカイが画面の中から少し心配そうに尋ねる。
仁志は煙草に火をつけ、煙を吐きながら答えた。
「まあ、邪神だって封印されるまで悪魔たちの住む世界にいたんだろうから、あっちに帰る分には問題ないだろ」
仁志が呑気にそう言い切った直後、店の引き戸が開いた。
入ってきたのは、以前この店でゲーミングチェアを買っていった魔王だった。
魔王は店内を見回すと、仁志に向かって尋ねた。
「先日、この店の方角から崇拝する邪神様の気配を感じ取ったのだが……何か知らんか?」
仁志は気まずそうに煙草の煙を吐き出しながら答えた。
「……すまんな魔王さん。今しがた悪魔に売っちゃったよ」




