第61話 今度あいつが買いに来た時は、少しだけ値引いてやるかな
金曜日の朝。
「お父さん……」
「どうした?」
朝食を食べていると、誠司が意を決したように話を切り出した。
「今日、学校が終わったら店に行ってもいい……? ……ちょっとだけ、店番してみたいんだけど……」
「……いいぞ。まともな客が来るかは分からんがな」
仁志が答えると、誠司の顔がパッと明るくなった。
仁志はその様子を横目で見ながら、どこか嬉しそうに目元を緩めた。
◇
放課後——。
ガラガラと店の引き戸が開き、ランドセルを背負った誠司が元気にやってきた。
「お父さん! 店番しに来たよ!」
「待ってたぞ。じゃあ、まずは店の在庫の調べ方を教えるからカウンターの中に入りな」
仁志が手招きし、カウンター内でホログラム画面の呼び出し方や、商品の検索システムの使い方を丁寧に教え込んでいく。
「——まぁ、基本的な操作はこんな感じだな。じゃあ俺は地下倉庫に行くから、困ってどうしようもなくなったら呼べよ」
「えっ!? い、いきなり一人で店番するの!?」
「俺が隣にずっといるより、一人で店番した方が勉強になるだろ? 買い取りに関しては、まだ金額の感覚がわからないだろうから、接客アンドロイドに任せろ」
仁志がカウンター奥から古い接客アンドロイドを引っ張り出し、背中の電源を入れる。
「それと、AIのスカイもいるから、何とかなるだろ」
仁志が空中にホログラム画面を開き、『SKY Chat』を立ち上げる。
『よう仁志! と……誰だそのちびっ子は? 』
「俺の息子の誠司だ。誠司、こいつはこの店のシステムに居候してるAIのスカイだ。口は悪いが、多少は役に立つぞ」
「あ、はじめまして……よろしくね……」
誠司が少し緊張しながら、画面の中のスカイに向かってお辞儀をする。
『ふふん! 俺様は未来のAIスカイ様だ! よろしくな、後輩!』
スカイはいきなり誠司を『後輩』と命名して胸を張った。
「じゃあ、誠司のこと頼んだぞ。先輩、スカイ」
「カシコマリマシタ イッテラッシャイマセ」
『任せとけって! 俺様がバッチリ鍛えてやるよ!』
仁志はそう言い残すと、本棚の隠し扉を開けて地下倉庫へと降りて行ってしまった。
「お父さん本当に行っちゃった……大丈夫かな……」
一人残された誠司が、カウンターの中で不安そうな顔を浮かべる。
『大丈夫だ! 天才AIの俺様がついているからな! それに仁志よりもベテランの先輩もいるしな!』
「オマカセクダサイ」
『それに今日は昼間から暇だったし、どうせ客なんて来ねえんじゃねえか?』
スカイがそう高くくくった矢先、店の引き戸が開かれた。
「イラッシャイマセ」
『おい後輩! 客が来たぞ! まずは先輩みたいに元気に挨拶だ!』
「い、いらっしゃいませ!」
誠司が慌てて声を取り繕い、カウンターから背筋を伸ばして頭を下げる。
「仁志さーん! 今日は5000円も持っていきましたよー! ……って、あれ!? 仁志さんじゃない!?」
入ってきたのは、常連客のマーニアだった。
マーニアはカウンターの中にいる子供、古い接客アンドロイド、そして空中に浮遊するホログラム画面という怪しすぎるトリオを見て目を丸くした。
「いらっしゃいませ!」
誠司が改めてしっかりとお辞儀をする。
「ははは、どうも……。今日は仁志さんはお店にいないのかな?」
「お父さんは今、地下倉庫に行ってます」
「お父さん……? もしかして君が、仁志さんのお子さんの誠司くん!?」
「はい、誠司です」
「君が噂の誠司くんか! はじめまして、僕はここで一番の常連客の魔導師マーニア! よろしくね!」
マーニアが嬉しそうに手差し伸べ、誠司と握手を交わした。
「よ、よろしくお願いします」
『よかったな後輩! 客の中で一番無害な奴が来て! まぁ、毎回長居するから仁志からは迷惑がられてるけどな……』
「ひどいなスカイくん! 僕はただ掘り出し物を探してるだけだよ……」
マーニアが困ったように苦笑いしながら頭を掻いた。
その時、マーニアの頭の中にひとつの名案がひらめいた。
(ん……? 待てよ……仁志さんが地下にいるってことは、誠司くんが『お父さんを呼びに行く』っていう体で一緒につれていってもらえば、つい地下倉庫に行けるんじゃないか……!?)
「誠司くん、ちょっとお願いがあるんだけど……地下にいる仁志さんを呼んできてくれないかな? ちょっと直接話したいことがあってさ」
「分かりました! すぐ呼んできますね!」
素直な誠司は疑いもせず、地下へと続く本棚の前に立つと手をかざした。
(よしよし、ついに地下倉庫に入れるぞ……!)
マーニアが後ろでニヤニヤと悪い顔をする。
しかし、誠司がいくら手をかざしても、本棚は微動だにしなかった。
「……あれ? 昔はお父さんと一緒にここへ手をかざせば開いたんだけど……。方法が変わったのかな? すみませんマーニアさん、開かないみたいです……。システムを使って呼び出しますか?」
「あ、いいよいいよ呼ばなくて! 相談はまた今度にするから! ……ちぇっ、駄目だったか……」
マーニアが小さな声でガッカリと呟いた。
『あっ! こいつ、後輩を利用して地下に忍び込もうとしやがったな!? 姑息な手使いやがって!』
スカイが画面の中でプンプンと顔を赤くして怒る。
「ち、違うよ! ——それより、なんで今日は誠司くんが店番をしてるんだい?」
マーニアが冷や汗を流しながら話題を逸らした。
「……この店って色んな世界からお客さんが来るから、色んな種族の人に会っておけば、お父さんみたいにちょっとのことじゃ驚かなくなるかなと思って……」
誠司が少し照れくさそうに頭を掻く。
「あぁ〜……仁志さん、この前も悪魔を召喚したのに平然と接客してたからね……。初めて他のお客さんとのやり取りを見たけど、僕はドン引きだったよ……」
(それに仁志さんのお母さん、魔族だしね……。誠司くんが悩みのも分かるよ……)
マーニアが遠い目をして深く頷く。
「マーニアさんも、別の世界から来たんですか?」
「そうだよ! 魔導師をやっててね、僕の世界ではこれでも結構有名なんだよ!」
マーニアが少しカッコをつけながら、愛用の杖を構えてみせた。
「じゃあ……魔法が使えるんですか?」
「もちろん使えるよ! ちょっとだけ見せてあげようか?」
「オキャクサマ テンナイデノ キケンナマホウノシヨウハ キンシデス」
先輩がすかさず注意を入れる。
「そう固いこと言わないでよ! 危ない魔法なんて使いませんから!」
マーニアはそう言うと、杖を構えて静かに呪文を詠唱し始めた。
すると空中に手のひらほどの透明な綺麗な水球が現れ、マーニアの杖の動きに合わせて店内を飛び回った。
そして誠司の頭上でスッと止まると一気に凍りつき、パンッ!と音を立てて弾けて、キラキラと輝く氷の結晶が桜吹雪のように降ってきた。
「わぁ……すごい! 本物の魔法、初めて見た!」
誠司が目を輝かせ、嬉しそうにパチパチと拍手を送る。
『やるじゃねえかマーニア! ちょっと見直したぞ!』
スカイも画面の中からパチパチと手を叩いて褒める。
「へへん! そうだ誠司くん、僕の買う商品を選ぶついでに、店の商品を一緒に試してみないかい?」
「変な道具がたくさん置いてあるのは知ってたけど、使ったことがないから試してみたいです!」
『よし、じゃあ面白そうな商品をみんなで探してみようぜ!』
誠司たちは楽しそうに棚を物色し始めた。
「ショウヒンヲ キズツケナイヨウニ オネガイシマスネ」
先輩の優しい注意が、店内に響いた。
◇
その頃、地下倉庫では、誠司たちの楽しそうな様子をホログラム越しに仁志が見つめていた。
「よかったな、誠司。初めての客がマーニアで。……今度あいつが買いに来た時は、少しだけ値引いてやるかな……」
仁志は煙草に火をつけながら、無邪気に商品を試して笑い合う誠司たちの姿を見て、優しく微笑んだ。




