第60話 今できる俺の愛し方は、これしかないんだ
『記憶の水晶』を持ち帰った女性客を見送った直後、母・セイランがお茶とお菓子を乗せたお盆を手に、トコトコと2階から降りてきた。
「お茶を入れたわよー。あら? お父さんはどこへ行っちゃったの?」
セイランが店内をぐるりと見回す。
「親父なら、地下倉庫の整理をしに行ったよ」
「あら、そうなの? 2人分のお茶を用意したから、このまま仁志さんと一緒にお茶にしようかしら! はい、お茶と苺大福」
セイランはそう言うと、仁志に温かいお茶を差し出し、どこからか椅子を持ってきてカウンターの隣にちょこんと腰掛けた。
「ありがとう、おふくろ。……それにしても、35年間も会ってなかったってのに、このおふくろの距離感の近さと違和感のなさは一体なんなんだ……?」
仁志がお茶を一口啜りながら、隣のセイランの顔をまじまじと見つめた。
「ほら、私って昔から人見知りを全然しない性格でしょ? それに、魔界に帰ってからも、お父さんから手紙で仁志さんの成長や近況はずっと教えて貰ってたのよー」
セイランが愛おしそうに、仁志の頭を撫で回す。
「もう35歳のおっさんなんだから、頭を撫でるのやめてくれよ……。それより親父と手紙のやり取りなんてしてたのか?」
頭を撫でられ不器用にはにかみながら、仁志が尋ねる。
「そうよー。私が魔界に帰る時にお父さんが『異界と繋がるポスト』っていう道具を持たせてくれてね、それを使って手紙のやり取りをしてたのよ。文通みたいで楽しかったわー。ほら、ああ見えてお父さんって恥ずかしがり屋でしょ? だから仁志さんには黙ってたのね、きっと」
セイランが苺大福を一口パクリと頬張りながら楽しそうに話す。
「恥ずかしいからって、母親の存在を子供に教えないのは流石に違うと思うんだが……。で、その手紙ってどんな内容が書いてあったんだ?」
「仁志さんが『小学校に入学した』とか『彼女ができた』みたいな報告とね、私への『会えずとも愛してる』『必ず迎えに行く』って言う想いを詩的に書いてくれててね。だから私も、魔界でお父さんが迎えに来てくれるのをずっと待てたのよー」
「あの親父が詩的に……? 一体どんな感じで書いてあったんだ?」
仁志がニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら尋ねる。
「ええっとね……
『離れていても、届かなくても、
今できる俺の愛し方は、これしかないんだ。
会えずとも、愛してる。』
……とかだったかしら? ふふ、今度魔界からこっちに来る時に、手紙を持ってきてあげるわね」
セイランが懐かしそうに目を細めていると、本棚の隠し扉が豪快に開き、平治が笑いながら地下から戻ってきた。
「いやー、冷や汗をかいた! 危うく封印された古代の邪神を目覚めさせるところだったな!」
『平治が「見たことない魔法陣だな」とか言って、適当に試そうとするからだろッ!!』
スカイがホログラム画面の中でぷんぷんと顔を真っ赤にして怒っている。
「おお、母さん! 仁志とお茶をしておったのか? わしにも一杯くれ」
平治がどこからかパイプ椅子を持ってきてカウンターの前に座ると、仁志はニヤニヤと生温かい視線を平治へと注いだ。
「なんだ仁志、さっきからわしの顔を見てニヤニヤしおって?」
「『今できる俺の愛し方は、これしかないんだ』……ねぇ。親父も意外とロマンチストなんだなぁと思ってさ」
仁志にそう言われると、平治の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。
「なっ……なんでお前がそれを知ってる!? 母さん、言ったのか!? わしが書いた手紙のことを!」
「あらあら、お父さんったら恥ずかしがっちゃって」
狼狽える平治を見て、仁志とセイランは笑いあった。




