第53話 思い出話はいいから、早く受け取れよ
「仁志……、わしはもう駄目じゃ……」
力なくガラガラと引き戸が開いたかと思うと、妖怪ぬらりひょんが店内へそのまま倒れ込んできた。
「大丈夫かー?……って、ほとんど体が透けてるじゃないか!」
妖力が弱まったぬらりひょんの身体は、床がすっかり透けて見えてしまうほど薄くなっていた。
「おいおい……。大丈夫かよ、ぬらりひょんさん」
仁志は大慌てで駆け寄ると、倒れたぬらりひょんの上半身をそっと起こした。
「仁志……。消えてしまう前に、お前にどうしても渡したい物があるんじゃ……」
ぬらりひょんはプルプルと震える手で懐を探り、一本の古びた巻物を取り出した。
「……これは?」
「わしが会長を務めている『百鬼夜行』の会員名簿じゃ……。わしの後を、お前が引き継いでくれ……!」
「……嫌だよ。なんで俺が、妖怪組合の会長なんてやらなきゃいけないんだ」
仁志は即答すると、差し出された巻物をぬらりひょんの懐へ押し戻した。
「……なら、これじゃ。わしが長年愛用してきたキセルじゃ……。形見と思って、受け取ってくれ……」
ぬらりひょんは年季の入ったキセルと、刻み煙草の葉・マッチが入った巾着袋を仁志の手へと手渡した。
「縁起でもないこと言うなよ……。でも、これはありがたく貰っとくよ」
仁志は断らず、大事そうにキセルを受け取った。
「そろそろ、本当にお別れじゃろう……。『百鬼夜行』のこと、頼んだぞ……ガクリ」
ぬらりひょんはガクッと頭を垂れると、仁志の腕の中で力なく項垂れた。
「ぬらりひょんさん!……そうだ、忘れてた」
仁志はぬらりひょんを静かに床へと寝かせると、カウンターへ行き、引き出しをガサゴソと漁り、とある品を持って戻ってきた。
「ぬらりひょんさん、あんたがまた店に来た時の為にって用意してたのがあったんだ」
仁志は持ってきた怪しく輝く綺麗な勾玉を、目を閉じかけたぬらりひょんの前に見せた。
「……これは……?」
「『九尾の勾玉』だ。九尾の狐の妖気が詰まってるから、これなら元気になるんじゃないかと思ってね。代金はさっき貰ったキセルとの交換ってことでいいよ」
「……ありがとうな、仁志。九尾か……あれは実に強くて美しい妖怪でのう……わしも昔——」
「思い出話はいいから、早く受け取れよ」
仁志が差し出した勾玉に、ぬらりひょんが弱々しく触れる。
すると——勾玉から紫色の妖気が溢れ出し、吸い込まれるようにぬらりひょんの身体の中へと取り込まれていった。
ぬらりひょんの全身が怪しく光り輝き、光が収まると、先ほどまでの体の透けが嘘のように消え去っていた。
「おおッ! 力がみなぎってくるぞ! これなら、しばらく消えずにすみそうじゃ!」
すっかり元気を取り戻したぬらりひょんは、ストレッチをしながら体を動かした。
「元気になってよかったよ」
仁志がホッとして少し微笑んで見守っていると、ぬらりひょんはカウンターへ歩み寄り、上に置いてあった仁志の煙草の箱とライターを素早く懐へしまい込んだ。
「おい、俺の煙草——」
「愛用のキセルを渡したからな……代わりにこれを貰っていくぞ」
ぬらりひょんはニヤリと笑うと、出口の引き戸へと向かい、仁志に振り返った。
「すっかり元気になったからな、祠の神と一杯飲んでくるわ。後、平治も魔界から帰ってきてるんじゃろ? 顔を出すように言っといてくれ。じゃあの!」
ぬらりひょんは意気揚々とした足取りで外に出て行った。
「あいよー。毎度ありー」
引き戸が閉まるのを見届けると、仁志はカウンターに戻り、受け取ったキセルに刻み煙草の葉を詰め、マッチを擦って火をつけ、ゆっくりと煙を吹き出した。
「……いつもの煙草より強いが、なかなかうまいな」
仁志はキセルから立ち上る煙を、どこか嬉しそうに眺めた。




