第51話 話したいことあるって言ってたろ
「いらっしゃい!」
「2人なんだけど、奥のテーブル席でいい?」
仁志と昇が馴染みの焼き鳥屋『鳥トラ』の赤い暖簾をくぐり、テーブル席に腰掛けた。
「とりあえず生ふたつと、焼き鳥の盛り合わせタレで。あと冷やしトマトに……牛すじ煮込みひとつ!」
昇が手慣れた様子で、手早く店員に注文を入れる。
「急に呼び出して悪かったな……」
仁志が申し訳なさそうに頭をかく。
「今日はちょうど非番だったし、嫁さんにも『珍しく仁志の方から話したいことがあるってさ』って伝えて出てきたから大丈夫! それに、実は俺の方からもお前に報告したいことがあったしな」
昇がお手拭きで手を拭きながら言う。
「生ビールおふたつと、冷やしトマト、牛すじお待たせしましたー!」
威勢の良い声とともに、頼んだ品々がテーブルへ運ばれてきた。
「「とりあえず……おつかれー」」
二人はジョッキをガチンと合わせ、ゴクゴクと喉を鳴らした。
「ふう……。で、どうしたんだよ仁志? 」
昇がトマトを一つ口に放り込みながら尋ねる。
仁志は顔の前で両手を合わせ、少し気まずそうにボソボソと切り出した。
「……一昨日、親父が帰ってきたんだ」
「あぁ、親父さんが、また魔界から帰ってきたのか」
昇が笑いながらビールに手を伸ばす。
「……おふくろと一緒に……」
「ブーーッ!! ゲホッ! ゴホッ!」
昇が口に含んだビールを思わず吹き出し、激しくむせ返った。
「お、おふくろさんって……あの魔族の!? 死んだって思ってた、あの!?」
「あぁ……。この前親父が帰ってきた時まで死んだと思わされてて、実は生きてた魔族のおふくろだ……」
仁志は深々と大きなため息をついた。
「おいおい……35年ぶりにはじめて会ったんだろ? どんな人だったんだ? 泣いたのか?」
「それがさ、積もる話をする間もなく親父が『旅行行ってくる!』って連れ去っていったから、感傷に浸る時間すら無かったよ……。おふくろとはちょっと会話したが、おしゃべりでめちゃくちゃマイペースな人だったな……なかなか強烈だったよ」
仁志が遠い目をしながら天井を見る。
「そっか……あんまり話す時間は無かったのか……」
「はい、焼き鳥の盛り合わせお待ち!」
香ばしいタレの匂いとともに、焼き鳥が運ばれてきた。
「まあ、おふくろが魔界に帰った事情と、こっちに来れなかった理由が分かっただけでも良かったよ」
「それにしても、親父さんは相変わらず豪快というか何というか……仁志とは違った適当さだよな……」
「親父があんな感じなのは、昔からだからな……。おふくろも少し話しただけで『あぁ、これはあの親父の嫁だわ』って一発で納得したよ……」
二人は残りのビールを一気に飲み干した。
「どうする? また生にするか?」
「今日は酔いたいから、日本酒にしようかな」
「了解。すみませーん! 日本酒の冷や、お猪口ふたつで!」
昇が店員を呼び、焼き鳥を頬張りながら続ける。
「まあ、旅行から帰ってきたら、じっくり話を聞くしかないな」
「急なことが多すぎて、話したかったことが全部吹っ飛んだわ……」
「はい! 日本酒の冷やね!」
徳利とお猪口が運ばれてくると、昇が仁志の杯へと酌をした。
「とりあえず、今日はとことん飲むか!」
「すまんな、付き合わせちゃって」
二人は静かに杯を重ね、杯をかわかす。
「そういえば、昇も何か俺に話したいことあるって言ってたろ?」
仁志は手酌しながら昇に尋ねた。
「あぁ……。実はさ……嫁さんが妊娠したんだ!」
「おぉ……! よかったな昇!!」
仁志の顔に、普段の店では見せないような心からの温かい笑顔が溢れた。
「サンキュー! いやー、本当は安定期に入ってから言おうと思ってたんだけど、我慢できなくてさ」
昇も照れくさそうに笑いながら、日本酒を口に運ぶ。
「いま、どれくらいなんだ?」
「まだ1ヶ月ちょっとだよ。結婚して3年……ようやく授かってさ……」
「本当によかったよ。今度、店に商店街の神さん来たら、お腹の子に加護をつけてくれるように頼んでおこうか?」
仁志が悪戯っぽく笑う。
「やめろよ! お前んちみたいに、訳わからん家系になったら困るわ!」
「……確かに」
二人は顔を見合わせて大声で笑い合い、再び静かに杯を重ねた。




