第49話 随分とこの店に詳しそうだな
仁志がカウンターで煙草を吸っていると、ガラリと入口の引き戸が開かれた。
だが、客が入ってくる様子がない。
不思議に思って引き戸の向こうを凝視すると、そこには黄金色に輝く神秘的な池が広がっていた。
仁志がジーッと見つめていると、突然、引き戸の枠いっぱいに巨大な目玉が現れた。
「うお!?」
思わず仁志が声を上げる。
「すまん、若い店主よ。わしは竜なんじゃが、身体が大きすぎて店の中に入れんのだ。このままでもよいか?」
引き戸の向こうで、巨大な目玉が瞬きしながら重厚な声で話しかけてくる。
「すまんな、急にデカい目が見えたから驚いて。そのままで構わないよ。で、今日はどんな御用で?」
仁志はすぐにいつもの落ち着いた様子を取り戻し、煙草を吹きながら尋ねた。
「最近、ここで『魔竜の龍玉』を引き取らなかったか?」
「龍玉……。あぁ、大げさな伝承を口にしてた剣士が来てな、うちの剣と交換で置いていったよ」
先日、勇者ロイドが伝説の剣『デュランダル』と引き換えに魔竜の龍玉を店に置いていっていた。
「その龍玉をわしに返しては貰えんか? それがないと、わしの唯一の竜仲間の魔竜が復活できんのだ」
巨大な目玉が、困ったように眉根を寄せるような仕草を見せる。
「渡すのは構わんが、金か何か代わりに交換できそうな物はあるかい?」
「ふむ、この店の流儀は昔からよく知っとる。5万円でいいか?」
「話が早くて助かるよ。5万円でいいよ」
仁志がそう答えると、引き戸の隙間から金色の鱗で覆われ、鋭い爪が生えた大きな2本の指がニュッと伸びてきた。
そして、爪先で丁寧につまんでいた札束を仁志へと手渡す。
「お、聖徳太子の一万円札か。懐かしいな。毎度あり」
仁志はお札を受け取ると、棚から龍玉を取りその巨大な指先へと挟ませた。
「うむ、確かに受け取った。まったく……魔竜も、人間どもも、毎回毎回困ったもんじゃ……」
引き戸の向こうから、深いため息が聞こえてくる。
「あんた、随分とこの店に詳しそうだな」
仁志が尋ねると、引き戸の枠に再び巨大な目が現れた。
「なに、入口が繋がっておる洞窟に、魔竜が住み着いておってな。この店に強い武器を求める人間どもがやって来ては戦闘になるんじゃ。それでたまに魔竜が負けると、人間どもは大体、魔竜の龍玉で武器を買っていく。だからその度に、わしがこうして買い戻しに来とるんじゃ……」
「へぇー、だから慣れてるのか」
仁志が感心したように頷く。
「人間どもには『魔竜には手を出すな』と何回も警告しとるのだが、世代が変わるとすぐ話を忘れるし……。魔竜にも『住処を変えろ』と言っとるんだが、あいつはあいつで頑固でのう……」
引き戸の向こうから、呆れ返ったような二度目のため息が漏れる。
「あっ、そうじゃ。金はいらんから、ついでにこれも引き取ってくれんか?」
再び隙間から太い指が伸びてきて、一振りの長剣を仁志に手渡した。
その剣を目にした瞬間、仁志の目がわずかに見開かれた。
「これは……デュランダルじゃないか。どうして、あんたがこれを持ってるんだい?」
仁志が警戒するように、引き戸の向こうの巨大な目を見つめた。
「わしは落ちておったその剣を、ただ拾っただけじゃ。きっと……勇者が神龍に挑んで、負けたんじゃろ」
竜は笑うように巨大な目を細めた。
「こっちにあまり強い武器があると、余計な争いが起きて面倒じゃから、この店で持っててくれ。じゃあの、若い店主よ」
竜がそう言い残すと、引き戸がピシャリと閉めた。
「……」
仁志は手元のデュランダルを見つめながら、静かに呟いた。
「そうか……あいつ、負けたのか……」




