第45話 1ドル160円くらいなんだよ……
「本当にここは昭和レトロ好きには天国ね! 全部持って帰りたいくらいだけど、流石に部屋に入りきらないのよね……」
今日は店に、昭和レトロマニアの未来人・レイラがやって来ていた。
ポニーテールに白Tシャツ、ダメージジーパン、そして胸元にサングラスをかけた、昭和終わりの若者のような懐かしい格好をしていた。
レイラは嬉しい悲鳴を上げながら、店内狭しと並べられたレトロ商品の棚を見つめていた。
「今ね、私の家の一室を『昭和ルーム』に改装してるのよ! 仁志さん、ちょっと見てみて!」
レイラが腕に巻きついたデバイスを操作すると、空気中に立体のホログラム映像が浮かび上がった。
映像には四畳半ほどの小さな畳スペースに、丸ちゃぶ台、木の着物タンス、そして以前この店で購入していったブラウン管テレビが置かれていた。
「へぇ、昔の大学生の部屋みたいだな……。別に金さえ払ってくれれば、いくらでも持って帰って貰って大丈夫だぞ? 未来で売っても構わないし」
仁志がカウンターでコーヒーを啜りながら呑気に尋ねる。
「イヤよ! 周りのみんながレプリカのリバイバル品で満足してる中、私だけが『当時の本物』に囲まれて暮らしてるのが最高にいいんじゃない! それに……あんまりこっちの物を持って帰って、タイムパトロールに目をつけられるのも嫌だしね」
「未来人はたまに来るから、もっと自由に時代を行き来してると思ってたが、そうでもないんだな」
「まあ、歴史を大きく変えたり、歴史物で大儲けしようとしない限りは大丈夫だと思うけど。個人が趣味でどこの時代に行ったところで、歴史全体への影響なんて大してないってことでしょ」
レイラはそう言うと、黒電話と昭和初期のアイロンをカウンターへ運んできた。
「あと、あそこにある緑色の冷蔵庫も頂戴」
レイラが指さしたのは、角が丸みを帯びたレトログリーンの一ドア冷蔵庫だった。
「あいよ。全部合わせて……3万2千円だな」
「支払いなんだけど……私の時代だと『日本円』はプレミアがついちゃってて手に入らなくて……米ドルでもいいかしら?」
レイラがおずおずと仁志の顔を覗き込む。
「ドルか……まあ、両替できるからいいよ。じゃあ200ドルね」
「えっ!? 200ドルでいいの? 2000年代前半って、確か1ドル100円前後じゃなかったかしら?」
仁志は苦い顔をしながら、ポリポリと頭を掻いた。
「まあ、今は円安でね……1ドル160円くらいなんだよ……」
「そうなの……? まあでも、ここでの買い物のために用意してきたんだから、320ドル受け取って! 私からしたら、価値に対して元々安すぎるくらいなんだから!」
レイラは320ドルをポンとカウンターに差し出した。
「ありがたい話だが……どうかな……」
仁志は差し出された320ドルを受け取ると、すぐにはレジに入れず、店に変化が起きてないかゆっくり見回した。
——店内は静かなままだった。
「……大丈夫そうだな」
仁志はふうと息を吐いた。
「どうしたの、急に固まったりして?」
レイラが不思議そうに仁志の顔を見る。
「いや、気にしないでくれ。ありがたくいただくよ」
仁志は受け取ったドル札をレジに閉まった。
「じゃあ、またね仁志さん!」
レイラは自前の無重力ホバーの上に買った冷蔵庫や黒電話を積み込むと、手をヒラヒラと振ってご機嫌に出て行った。
「毎度ありー」
レイラが店から出て行くのを見届けると、仁志は煙草に火をつけ、ポツリと呟いた。
「しかし、いつまで円安が続くんだか……。世知辛いねぇ……」
仁志はカウンターに肘をつきながら、煙を天井に向けてふぅーっと静かに吹き上げた。




