第44話 たまにでいいから、また買いに来てくれねぇかな
仁志がカウンターで気だるそうに煙草を吸っていると、ガラリと引き戸が開かれた。
すると次の瞬間、入口からコロコロコロ……と鮮やかなレッドカーペットが転がってきて、店の床に真っ直ぐ敷かれた。
そして、中世ヨーロッパの貴族のような豪華絢爛なドレスに身を包み、眩いアクセサリーを身にまとった縦ロールの髪の若い女性が、初老の執事を連れ立って優雅に入ってきた。
「い、いらっしゃい……」
普段動じない仁志も、いつも来る客とは毛色が違う若い女性の圧に少し動揺した。。
「お嬢様、ここが例の……」
執事がお嬢様の耳元で静かに囁く。
「そう……随分と古めかしい店ね。それに——」
お嬢様はパッと扇子を広げると、仁志を冷ややかな目で見つめた。
「わたくしの前で、煙草を吸うのはやめていただけるかしら?」
お嬢様は仁志の煙草を嫌そうに見ながら、手にした扇子でパタパタと煙を追い払う仕草をした。
「こ、これは大変失礼しました……!」
仁志は慌てて灰皿で煙草を揉み消した。
「これだから、古い個人経営のお店は……。でも——」
お嬢様は棚に無造作に置かれている、綺羅びやかなティアラやネックレスをチラリと見た。
「置いてある品物は、なかなか悪くなさそうですわね……。少し、拝見させてもらいますわ」
お嬢様はヒールをツカツカと鳴らしながら、棚に並んだ装飾品を見始めた。
「これと、これ。……あちらのブローチもよさそうですわね」
お嬢様は自ら手にとってみるでもなく、次々と指先で装飾品を指さしていく。
後ろに控えていた執事は手際よく、指定された品々をカウンターへと並べていった。
「ご主人」
「は、はい!」
お嬢様に急に指名され、仁志は思わず背筋をピシッと伸ばす。
「指輪はあるかしら?」
「あ、ありますよ!」
仁志は慌ててカウンターの下から、様々な指輪が入ったケースを取り出して見せた。
お嬢様は出された指輪を一つ一つ、品定めするように丁寧に見ていく。
「……見たことがない、美しい宝石が混じってますけれど、これは本物かしら?」
「ええ、うちは異世——ゲホン、他ではまず扱っていない希少で珍しい宝石も扱ってるんですよ」
仁志が思わず口を滑らせそうになりながら焦って繕う。
「そうなの……でしたら、その珍しい宝石がついた指輪を5つほど選んでくださる?」
「かしこまりました!」
仁志は異世界や遠い宇宙の星々から流れてきた、怪しくも美しい光を放つ宝石がついた指輪を5つ厳選した。
お嬢様は選ばれた指輪を見て、満足そうに頷いた。
「今日はこれくらいにしておきましょう。あまり多いと爺の荷物が増えて大変でしょうから。ご主人、おいくらかしら?」
お嬢様は『ただの』の普段の客層では滅多に出ないような高額な宝飾品を10点ほど選んでいた。
「全部で……200万円ですね……」
仁志が恐る恐る金額を口にする。
「あら、随分とお安いのね。爺、クレジット——いえ、こういう個人経営のお店なら現金のほうが嬉しいかしら? 爺」
「はい、お嬢様」
爺と呼ばれた執事が重厚なアタッシュケースをカウンターに置き、ロックを解除して開いた。
中には新札の百万円の札束がミッチリと敷き詰められていた。
「品は良さそうですから、多くお取りになってもよろしくてよ?」
仁志は目を丸くしてアタッシュケースの中身を見つめた後、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「いやぁ……うちではこれが適正価格なんで……200万円で……」
「ふふ、意外と無欲なのね。爺」
「はい、お嬢様」
爺はアタッシュケースから百万円の帯付きの束を2つスッと取り出すと、カウンターへ丁寧に置いた。
「どうぞ、お確かめください」
「じゃあ、失礼して……」
仁志は札束の帯を切ると、キャッシャーを使って枚数を手早く数える。
「確かに200万円いただきました。毎度ありがとうございます」
仁志がお嬢様に向かって一礼する。
「それでは、わたくしは失礼いたしますわ」
お嬢様は優雅に踵を返すと、すっと出口へと向かった。
執事が先回りしてガラガラと引き戸を開ける。
「今日買った品が気に召したら、また寄らせていただきますわ」
そう言い残すと二人は引き戸を開けたまま外へ出て行き、しばらくして執事だけが再び店内に入ってきた。
執事はカウンターの上に置かれた宝飾品を手際よく高級な巾着へ移して持ち出すと、床に敷かれていたレッドカーペットをくるくると巻き取った。
そして外から仁志に向かって深々と丁寧にお辞儀をすると、静かに引き戸を閉めてた。
「ま、毎度ありー……」
仁志は引き戸が完全に閉まるのを見届けると、一気に肩の力を抜き、カウンターに突っ伏すようにして大きく息を吐き出した。
「はぁ〜……今まで会ったことがないタイプの客だったな……なんか疲れたぞ……。しかし——」
仁志は身体を起こすと、カウンターの上に残された200万円の現金束をチラリと見つめた。
「……まあ、たまにでいいから、また買いに来てくれねぇかな……」




