第43話 店に来たならやることは一緒だろ
「仁志さん見て下さい!『悪魔の書』がありましたよ!」
常連客の魔導師マーニアが、立ち読みしていた奥の棚から禍々しい装飾が施された分厚い本を抱えて持ってきた。
「ふーん……」
仁志は興味なさげにスポーツ新聞から目を離さない。
「ここ見て下さい! 悪魔召喚の魔法陣がちゃんと描かれてるのはめちゃくちゃ珍しいんですよ!」
マーニアが興奮気味に熱弁しながら、不気味な魔法陣が描かれたページを開いて仁志に見せた。
「へぇー。そうなのか」
仁志はスポーツ新聞をパタンと畳むと、何気なく指先で魔法陣に触れた。
——すると、魔法陣から禍々しい赤い光が放たれた。
「うお!? 眩しッ!?」
光が収まると、店の空中には、立派なヤギのような角、漆黒のコウモリの翼、そして獣のひづめを持つ恐ろしい姿の悪魔が浮遊していた。
「我を呼び出したのは貴様か? 人間よ」
悪魔が空から見下ろし、低い声で仁志に尋ねる。
「呼び出すつもりはなかったんだが……。何か、すまんな」
仁志は驚く様子もなく答えたが、マーニアは杖を構え、冷や汗を流しながら身構えていた。
(ヤバい! かなり高位の悪魔だ……! 僕一人でどうにか出来る相手かわからないけど……仁志さんに手を出そうとしたら、何とかするしかない!)
マーニアはいざという時の為に、魔力を限界まで高めた。
「人間よ。貴様の魂を代価に、絶大なる力を授けてやろう! さあ、我に魂を捧げよ!」
悪魔が両手を広げ、威厳に満ちた声で仁志に迫る。
「……あいにく俺の魂は売り物じゃないから、やれないな。力もいらんし。それより、せっかく召喚されたんだから、逆にうちの店で何か買っていかないか?」
「な……!? 我を召喚しておいて、何を言っている!?」
悪魔は想定外の返答に動揺した。
(この人間、我を舐めているのか……!? いっそ召喚の代価として、強制的に魂を喰らい尽くしてやろうか……)
悪魔は目を細め、仁志の胸元(魂)に向かって鋭い爪の生えた手を伸ばした。
だが——何も起こらない。
悪魔の指先は仁志の前で止まってしまう。
(こ、こいつ……神の加護持ちか!? しかも、一つや二つではないぞ……! それに、この妙な空間の気配はなんだ……!?)
悪魔は店内を見渡し、店から漂う異様な気配に気づくと小さく身震いをした。
(ここで余計な真似をしない方が身のためだな……)
悪魔は何かを悟ると、静かに床へと降り立った。
「そうだな……。せっかくの機会だ、少し店内を見させて貰おう……」
悪魔は威圧感を消し、おとなしく棚の商品を見始めた。
「仁志さん、本当に大丈夫なんですか……!? 悪魔に買い物させてますけど……」
マーニアが仁志の背中に隠れ、小声でプルプル震えながら尋ねる。
「まぁ、暴れてないから大丈夫だろ」
仁志は再びスポーツ新聞を広げ、プロ野球のページを読みはじめた。
棚を大人しく物色している悪魔からは、「なぜ、秘宝がこんな雑多な棚に……!?」「邪竜の牙まで転がっているのか……」と、驚嘆の声が漏れ聞こえてくる。
「……店主よ、これを貰おう」
しばらくすると、悪魔はドクロのモチーフがついたシルバーの首飾りを一つ、カウンターへと持ってきた。
「これを貰えるか?」
「それ、銀製みたいですけど……何の魔法効果も呪いもなさそうですよ……?」
マーニアが仁志の影からひょっこり顔を出し、不思議そうに首飾りを見た。
「デザインが気に入ったのだ」
「こっちの金は……まあ持ってないだろうな。何か代わりに交換できそうな物はあるかい?」
「これでどうだ?」
悪魔は懐から、怪しい文字が書かれた黒い羊皮紙を取り出した。
「これは我との『真の契約書』だ。ここに血判を押すと契約が成立し、我が眷属たる悪魔になれるぞ」
「悪魔の契約書か……。それと交換でいいよ」
「えぇぇぇ!? それでいいんですか、2人とも!?」
マーニアが思わず叫んで驚愕する。
「では、この首飾りをいただいていく。また来ることがあれば、今度はこちらの世界の通貨とやらを用意してくるとしよう……。さらばだ!」
悪魔は満足そうに頷くと、紫色の煙とともに消えていった。
「仁志さん! その悪魔の契約書、めちゃめちゃヤバいやつですよ……! 血判一つで人間をやめて悪魔になれちゃう代物なんですから! それに、あの悪魔が持って帰ったの、普通のネックレスですよね……? 割にあわないような……」
マーニアは頭を抱えて呆れた。
「そうか? あのネックレス、こっちだと有名なファッションブランドのやつだから、買うと結構高いんだぞ」
仁志は契約書を何気なく引き出しに仕舞うと、煙草に火をつけた。
「……仁志さんって、いっつもこんな感じで、色んな客と商売してるんですか……?」
マーニアが若干引き気味な表情で質問する。
「どんな客だろうが、店に来たならやることは一緒だろ?……それより、もう悪魔は帰ったんだから、いつまでも俺の後ろに隠れて服を引っ張るのやめろよな」
仁志は自分の後ろに隠れていたマーニアを、シッシッと手で払ってカウンターの前へと追い出した。




