第40話 またうちに持って来てくれれば買い取りますよ
「いらっしゃい」
ガラガラと店の引き戸が開き、入ってきた客の姿を見ると、仁志は咥えていた煙草を灰皿で静かに揉み消した。
店内を不思議そうに見回しながら、父親らしき男性と小さな女の子が仲良く手を繋いで入ってきた。
「へぇ……こんなお店があったなんて知らなかったな……」
「ね! 幼稚園のお友達が『商店街には秘密のお店があるんだよ』って言ってたの本当だったでしょ! やっと見つけたね、パパ!」
女の子は父親の手を離すと、目を輝かせながらパタパタと小さな足音を立てて店内を探検し始めた。
「ずっとこの近所に住んでますけど、娘から聞いて初めて知りましたよ」
父親は棚に並べられた怪獣のソフビや戦隊ロボを眺めながら呟いた。
「うちは細い路地裏にありますし、外観もボロ屋敷みたいだから、知ってないと入りづらいですからね」
仁志が自嘲気味に苦笑いする。
「それにしても、懐かしい物ばかり置いてありますね。……あ! この戦隊ヒーローの合体ロボ、自分が小学生の時に見てたやつですよ!」
父親は棚に飾られた戦隊ヒーローの超合金合体メカを、懐かしそうな目でそっと手に取った。
「ここは古い玩具を専門に扱っているお店なんですか?」
「いま棚に並んでるのはたまたま玩具が多いですけど、うちはリサイクルショップなんで、普段は色々扱ってますよ」
仁志と父親がそんな世間話を交わしている間、女の子は棚に並べられたブリキの金魚や、古いぬいぐるみを「可愛いなぁ」と楽しそうに眺めていた。
やがて、棚の隅にぽつんと飾られた一体のフランス人形と目が合った。
女の子がジーッと見つめていると、フランス人形はガラス玉の瞳をパチッと瞬かせ、女の子に向かって可愛らしくウィンクしてみせた。
「パパーーッ!! お人形さんがウィンクしたよ!」
女の子は大慌てで駆け出すと、父親の腰あたりにギュッと抱きついた。
「はははっ、見間違いか気のせいだろ?」
「そんなことないよ! 本当なんだから! パパも一緒に見て!」
女の子に服の裾を引っ張られ、父親がフランス人形の前まで連れられ、見てみると——
『呪いのフランス人形 たまに動いたり、髪が伸びたりします。 8,000円』
というポップが貼られていた。
「呪いのフランス人形……?」
「あぁ、その人形には女の幽霊が取り憑いてましてね。特に悪さをしたりしないんで、初心者にはおすすめですよ」
(……初心者におすすめって、一体なんの初心者だよ……)
父親が内心でツッコミを入れていると、フランス人形の磁器のような顔がゆっくりと動き、視線が父親の方へと向けられた。
「あ! また動いた! パパ……私、この子がほしい!」
「えっ!? ひとりでに勝手に動く人形なんて家に置くの怖いだろ……!?」
「この子が家にいたら、幼稚園のみんなに『本当に秘密のお店で見つけたんだよ』って自慢できるもん! 買って、買ってぇ!」
女の子は父親の両手をとって、ブンブンと振り回しながらねだった。
「最近じゃ、自分で状況を判断しながら動くAI玩具とかもありますから、そう思えばあんまり怖くないんじゃないですかね? もし本当に怖くなったら、またうちに持って来てくれれば買い取りますよ」
仁志が笑みを浮かべながら勧める。
「買って、買って! エミリー買って!」
「エミリー!? 買う前からもう名前が決まってるの!?」
「まあ、お嬢ちゃんが気に入ってるし、決めてくれるなら少し安くしときますよ」
父親に向けられる、娘の切実な瞳、仁志の笑みを含んだ視線、そしてフランス人形の静かな視線。三方からの圧に耐えかね、父親は降参するように深くため息をついた。
「はぁ……しょうがない、買うよ……」
「やったーーっ! よかったね、エミリー!」
女の子は嬉しそうに飛び跳ねると、棚からエミリー(フランス人形)を大事そうにしっかりと抱き上げた。
「ミカ、一つだけパパと約束。もしエミリーのことで少しでも怖いことがあったら、隠さずにちゃんと言うんだよ?」
「うん! わかった! ありがとう、パパ!」
父親と娘のミカちゃんが、しっかりと小指と小指を絡めて指切りをする。
「毎度ありー。おまけして6,000円でいいよ」
父親は苦笑交じりのため息をつきながら支払った。
「おじさん、幼稚園のみんなにもこのお店のこと教えておくね!」
「ははは、ここは商店街の秘密のお店だからさ、あんまり大勢に知られちゃうとちょっと困るなぁ……」
仁志は頭をかきながら、優しく目尻を下げて微笑む。
「……そっか。じゃあ、本当に仲良しのお友達にだけ教えてあげるね! バイバーイ!」
ミカちゃんは父親に手を引かれながら、ご機嫌な足取りで店を出て行った。
その時、ミカちゃんの腕に抱えられたエミリーも、仁志に向かって小さく手を振っていた。
「毎度あり……」
仁志もひらひらと手を振り返しながら、親子が引き戸の向こうへ消えていくのを見届けると、煙草に火をつけた。
「……優しい子に買われて、良かったな」
仁志はポツリと優しく呟いた。




