第4話 こっちの世界じゃ使い物にならないからだよ
「今日も暇だな……」
仁志がカウンターで頬杖をつき、退屈そうに「ふぁあ」と大きな欠伸をすると、先ほどまで並んでいた昭和の古本やレトロな置物が、羊皮紙の魔導書や黒ずんだ呪物へと変わっていた。
それを見た仁志は「ハァ……」と深々とため息をついた。
「……またあいつが来そうだな」
その予想と寸分違わず、ガララッ!と勢いよく入口の引き戸が開かれた。
「どうもー! 仁志さん、お邪魔しますよ!」
入ってきたのは、青いローブを纏い、背丈ほどもある大きな杖を握りしめた、丸メガネにそばかす顔の青年だった。
「…………いらっしゃい」
仁志は心底めんどくさそうにポツリと呟き、スポーツ新聞を開いた。
「ちょっと! 常連客に対してなんですかその態度は!? もう少し歓迎してくれてもいいじゃないですか!」
「だってなぁ……お前、長時間居座るわりに買うのは安もんばっかだろ」
「心外な! 僕はここで価値があるのに投げ売りされている伝説の遺物を救済してるんです! それにですね、こっちの通貨を用意するのがどれだけ大変か分かってます!? まず次元の壁を超えるために膨大な魔力と複雑な大魔法陣を組み上げて——」
この青年の名はマーニア。
元の世界では「百年に一人の天才」と期待されている若き魔導師らしいが、この店ではただの面倒くさい長居客である。
「はいはい……どうぞ、ごゆっくり」
仁志は適当にいなしながら、煙草に火をつけた。
マーニアは鼻息を荒くしながら、早速『魔導書コーナー』へと向かい、本棚の背表紙を漁り始める。
「む……これは別世界の古代語で読めないな……。こっちは保存状態が悪い……。おっ!? これは——ブツブツ」
「おい、うちは立ち読み禁止だぞー」
「立ち読みじゃありません! 内容を確認してるだけです!」
仁志のやる気のない注意を軽く受け流し、熱心にページをめくり続けること1時間。
「ふぅ……! とりあえず、これはキープで!」
マーニアは額の汗を拭いながら、『魔導師ミモザの禁術書(初版) 800円』の本をカウンターにドンと置いた。
そして間髪入れずに、今度は怪しいオーラが漂う『呪物コーナー』へと向かった。
「ここは一歩間違えれば命に関わる……気を引き締めないと……!」
そう呟くとマーニアは両手に杖を構え、呪文を詠唱して自身に防御魔法陣を纏わせた。
「店内は魔法使用禁止だぞー」
仁志は妻・カグヤの弁当の筍を頬張りながら、棒読みで注意した。
1時間後。
衣類が焦げ、髪をボサボサにしたマーニアが、ボロボロになりながらカウンターに這い寄ってきた。
「これを……キープで……!」
カウンターに置かれたのは、『マモンザ族の呪いの首飾り(詳細不明) 500円』。
息も絶え絶えのマーニアが最後に向かったのは、店の隅に置かれた「1000円均一」と手書きされた段ボールのワゴンセールコーナーだった。
「魔力向上の指輪……聖なる竜の腕輪……真実の眼鏡……。な、なんでどれもこれも1000円なんですかこの店は!? 」
「あー、それね。こっちの世界じゃ使い物にならないからだよ。試しにその『真実の眼鏡』、かけてみろよ」
マーニアが半信半疑でその眼鏡を装着し、仁志をジッと見つめた。
すると、レンズ越しに怪しい光の文字が浮かび上がる。
『種族:人間(?)※真実を知ってる世界とは異なるためわかりません』
「……な、なんですかこの曖昧すぎる結果は」
「ほらな? 別の世界でどんなに便利な物でも、こっちの世界じゃ使えない。だからうちじゃ1000円の価値にしかならん」
「この店と仁志さんがおかしい気がする……。まあ、僕からすれば安く買えるなら好都合ですけどね!」
マーニアは再びワゴンの物色を再開した。
1時間後。
「ふぅ、今回はワゴンに目ぼしいものはなかったな……。一応、検証用にこれを持っていきます!」
マーニアがカウンターに置いたのは、先ほどの『真実の眼鏡(1000円)』だった。
「禁術書が800円、首飾りが500円、眼鏡が1000円……合わせて2300円だな」
「よしっ、3000円以内で収まった!」
マーニアは財布からジャラジャラと、10円玉や50円玉、100円玉の混ざった小銭の山をカウンターに広げた。
「お前なぁ……なんで毎回、小銭なんだよ」
「いいじゃないですか! それより仁志さん、今日こそあの地下倉庫を見せてくださいよ! 絶対にものすごい価値のある秘宝が眠ってるはずです!」
「お前には絶対見せない」
「なんでですか!?」
「目移りしすぎて二度と元の世界に帰れなくなるからだよ。……それにさ」
仁志が煙草の煙をふぅと吐き出し、目を細める。
「——『この店』がお前に売っていいと判断したのが、棚に並んでる商品なんだよ」
仁志がそう呟いた瞬間、マーニアの後ろでガラガラガタガタッ!と音を立てて、出口が強調されるように棚の配置が入れ替わった。
「……うぐっ。また来れなくなるのはこまるので、今日はこれで帰ります……!」
マーニアはそそくさと買った3点を鞄に詰め込んだ。
「毎度ありー」
マーニアは出口まで向かったが、ふと足を止めると、好奇心に抗えず買ったばかりの『真実の眼鏡』をつけ、店全体を振り返って見据えた。
その瞬間——。
レンズの奥に、様々な言語と数式が一気に羅列された。
そして、バリバリバリと眼鏡のレンズが砕けちっていった。
「あぁぁぁぁっ!? 買ったばかりの真実の眼鏡がぁぁぁ!!」
「余計なことするからだ。言っとくが、返品も返金も一切受け付けないぞ」
頭を抱えて悶絶するマーニアを見ながら、仁志はニヤリと意地悪そうに笑い、再び煙草の煙を吐き出した。




