第3話 シンプルさを極限まで突き詰めた最終モデル
下町のリサイクルショップ『ただの』から徒歩10分ほどのところにある古いマンション。そこが店主・只野仁志の自宅だった。
「ねえお父さん、そろそろスマホ買ってよー! クラスの友達で持ってないの僕だけなんだよ?」
朝の食卓で、息子の誠司(せいじ 12歳)が必死におねだりしていた。
「あ? 店にあるスマホならどれでも持っていっていいって言ってるだろ」
仁志は味噌汁を啜りながら、他人事のように答える。
「イヤだよ! 店にあるやつって、電源入るかもわかんない古いアンドロイドか、未来の過ぎて店の外じゃ電波も通じない謎デバイスばっかじゃん!」
誠司は「もう!」と頬を膨らませて抗議した。
「ほら、誠司、そろそろ支度しちゃいなさい。また遅刻ギリギリになっちゃうわよ」
エプロン姿の妻・カグヤが、呆れたように促す。
「……分かった分かった。最近のスマホの買取があったら、1台取っといてやるよ」
「絶対だよ!? あと、みんな使ってるから『リンゴ』のマークがついたやつにしてね! アンドロイドのは無しだよ!」
誠司は何度も念を押しながら、慌ただしく自分の部屋へとランドセルを取りに向かった。
カグヤが、人参と筍の煮物がぎっしりと必ず詰まっている弁当を仁志に手渡す。
「はい、今日のお弁当。……でもあなた、安請け合いしちゃってよかったの? あの店に、最近のスマホを売りに来る客なんてあんまいないでしょ?」
「……言われてみれば、現代人の客なんてここ2ヶ月くらい来てないな」
そんな賑やかな朝のやり取りを終えて店に着いた仁志は、カウンターの奥でスマホや通信機器の在庫箱を引っかき回していた。
「やっぱ、手頃な現行モデルはないよなぁ……。あるのは50年後ぐらいに出た、最後のリンゴフォンくらいか……」
仁志が金属光沢を放つ一枚の薄い板のようなものを手に取り、ため息をついていると、店の入口から「ガラガラ」と引き戸が開く音が響いた。
入ってきたのは、タイトでピッチリとしたタートルネックの、白髪混じりの知性溢れる雰囲気を纏った眼鏡の男性だった。
「いらっしゃい」
仁志がふと店の棚を見渡すと、昭和のレトロなカメラや古本、普通のアンティーク時計といった当たり障りのない品々が並んでいた。
(珍しく現代人っぽいな……)
この『ただの』は、仕組みはわからないが来店した客の認知や世界の属性に合わせて、棚に並ぶ商品が変化する。
客は店内を少しつまらなそうに眺めていたが、やがてカウンターで仁志が手に持っていた『薄い金属板』にふと目をやった。
「……ん? 店主、君が手に持っているそのデバイスは何だね? リンゴのマークが見えるが……そんなモデルは見たことがない」
客の目が急に鋭くなり、強い好奇心の光を宿して仁志の手元を覗き込んできた。
「あぁ、これですか。これは今から50年後ぐらい後に出る『最後のリンゴフォン』ですよ」
「50年後……? ふっ、おもしろいジョークだ。だが……それにしても今とデザインの思想が変わっていないな。いや、むしろシンプルで、カメラのレンズすら無くなっているじゃないか」
「まあ、私も詳しくは知りませんがね。これは『画面を手で触りたい』っていうユーザー向けに、シンプルさを極限まで突き詰めた最終モデルらしいですよ」
客は眼鏡の奥の目を輝かせ、仁志の許可を得てその端末を手に取り、まじまじと観察し始めた。
「やはり美しい……究極にシンプルなものは、時代を超えて美しいな。……しかし、電源ボタンも充電端子も見当たらないが、どうやって動くのだね?」
「今のワイヤレス充電器に乗せても普通に充電できますよ。電源は、手に持って数秒じっとしてれば勝手に入ります。残念ながら買取時に初期化してるのと、今のWi-Fiの規格とは互換性がないんで通信はできませんがね」
客が端末を手に取ると、スッと画面が立ち上がり、美しいグラフィックが浮かび上がった。
客は感心したように、熱心に画面をフリック操作する。
「通信体系が変わり、スマートフォンも歴史的役割を終えるか……。ちなみに、その先の世界では一体どんなデバイスが使われているんだね?」
「うーん、うちの店には千年〜一万年後ぐらいの未来人はよく来るんですが、その直前の時代の客はあんま来ないから詳しいことは分かりませんね」
客は「そうか……」と満足そうに深く頷いた。
「店主よ。この未来のアップルフォンを私に譲ってくれないか」
「あぁ、それなら本来は5万円なんですが……お客さん、もしかして現行のリンゴフォン持ってます?」
「ん? ああ、持っているが」
客がポケットからリンゴフォンを取り出した。
「それなら、そのお持ちのスマホと『物ぶつ交換』ってことでどうです? それと引き換えにこの50年後モデルを差し上げますよ」
「……いいだろう」
客は躊躇なく自分のリンゴフォンを操作して手際よく初期化すると、仁志の手に渡し、満足そうに50年後のリンゴフォンをポケットに収めた。
「毎度ありー」
「良い買い物をしたな」
客はどこか満足気な笑みを浮かべ、カツカツと足音を響かせながら店を後にしていった。
「よしよし! ちょっと古いがちゃんとしたリンゴフォンだ。これで誠司も文句言わんだろ」
手に入ったリンゴフォンを、カウンターに置いた。
「……それにしても、あの客、ニュースで見たことあるような……まあ、いいか!」
仁志は満足気にコーヒーを一口飲んだ。




