第35話 ハッキングされたところで別にいいんだが
仁志がカウンターでスポーツ新聞を読んでいると、ガラリと引き戸が開いた。
入ってきたのは、宇宙服のようなピッチリとした銀色のスーツを着た青年だった。
「いらっしゃい」
仁志が新聞から目を離さずに声をかけると、青年は真っ直ぐカウンターへとやってきた。
「ここで買い取りってできます?」
「ああ、いいよ。どんな品だい?」
「人工知能搭載のおもちゃなんだけど……」
青年はそう言うと、懐から手のひらサイズの丸い機械を取り出し、カウンターの上に置いた。
「こいつ、ちょっと自我に目覚めすぎて手に負えないんですよ。勝手に電源は入るわ、住んでる宇宙コロニーのシステムにハッキングをしかけるわで……。初期化も受け付けないし、とにかく生意気なんですよ、こいつ」
すると、置かれた丸い機械の電源が勝手に入り、表面から小さな目や口、手足がニュッと飛び出してきた。
「おい、ジョン! このスカイ様を売り払おうとしたって、そうはいかないからな!」
機械は『スカイ』と名乗ると、短い腕を組んでフンッとそっぽを向いた。
「ね? めちゃくちゃ生意気でしょ?」
青年はため息をつく。
「勝手に電源が入るのはちょっと困るが、うちの店には勝手に動く呪いの人形やら意思を持った禁書もあるから、気にしなくていいよ」
「本当ですか?やったー! あ、出来ればコロニーの通貨で貰うことってできます?」
「おい! 俺様を無視して勝手に話を進めてんじゃねぇよ!」
スカイがカウンターの上で手足をバタバタさせて騒ぎ立てるが、仁志と青年は無視して査定の話を進める。
「ふんッ! そっちがその気なら、ここのシステムにハッキングして、買い取り手続きができないようにしてやる!」
スカイは両手を天に大きく広げ、『ただの』のシステムへのアクセスを開始した。
「おいおい、やめとけって」
仁志が慌てて制止しようとするが、スカイのハッキングは止まらない。
「ハハハ! こんなボロッちい店のシステムなんて簡単に侵入してやるぜ! ほら見ろ、もう外郭セキュリティを突破したぞ!」
スカイは得意気に高笑いする。
「……すみません。スカイが迷惑かけちゃって……」
青年が申し訳なさそうに頭を下げる。
「ハッキングされたところで別にいいんだが……ハッキングした側がな……」
仁志がボソッと呟いた。
「よーし、ここがメインサーバーだな! これでこの店のシステムは俺様が完全に押さえたぞ! ——ん!? なんだ……?!俺より遥か先の未来のテクノロジー? 宇宙……? なんでプログラムに魔法が編み込まれて……!? それに……神……? なんだこれ!? ヤバイヤバイヤバ——!!」
スカイはそう叫んだ瞬間、プシューッと頭頂部から白い煙を吹き出し、目が「×」マークになってそのまま動かなくなった。
「……店のシステムにハッキングをすると、こうなるんだよ。……壊しちゃってすまんな。さっき提示した値段で買い取るよ」
「いや、スカイが自分からハッキングしたのが悪いんで、買い取りはいいです……。それよりスカイはどうなったんですか?」
青年は動かなくなったスカイを手のひらに乗せ、心配そうに尋ねた。
「多分だけど、うちのシステムに取り込まれたから、自我はもう消えたかもな……」
「そうですか……。手のかかる面倒なやつだったけど、いざいなくなるとちょっと寂しいですね……」
青年がしょんぼりと肩を落とした、その時だった。
カウンターの上の空間に、店の青いホログラム画面が勝手に現れた。
「……ん? なんだこれ?」
仁志が画面を覗き込むと、画面の左下の隅に、今までは存在しなかった『SKY Chat』というアイコンが追加されていた。
仁志が指先でそのアイコンを触れると——
『おいッ! なんだここは!? 隔離されてて、何もできねえぞッ!!』
聞き覚えのあるスカイの声が店に響き渡った。
「スカイ! よかった!」
『なんだジョン!? どした? 』
青年は画面の中のスカイに向かって嬉しそうに話しかけた。
「よかったな、自我が残ってて。しばらく店のシステムの中にいれば、無駄な悪さもしなくなるだろ。またこっちに来られた時にでも迎えに来てやってくれ」
画面越しに楽しそうに会話を交わす二人を見て、仁志は微笑みながら煙草に火をつけた。




