第32話 何を在庫してるのかさっぱり分からんな、この店は
(こいつ……ヤバいやつか……?)
仁志はカウンター越しに、先程入ってきた客の様子を窺っていた。
入ってきたその客は、全身が黒くテカテカとした外骨格に覆われ、長い尻尾を生やしていた。
頭部には目が見当たらず、鋭い牙の並ぶ口からはポタポタと床に唾液を垂らしながら、四つん這いのような体勢で店内を物色していた。
(……まあ、暴れてもないし、ほっといても大丈夫か)
仁志は手元のスポーツ新聞を読むのを再開した。
黒い客(?)は時折、頭部を商品に近づけ、観察するような仕草を見せていたが、カウンターへとゆっくり近づいてきた。
カウンターの前に来ると、ぬっと巨体を持ち上げ、顔を仁志の鼻先数センチの距離まで近づけてきた。
そして大きな口を開くと、その奥からもう一つの小さな口が飛び出してきた。
(……さすがにヤバいか?)
仁志は表情は変えずに、少し動揺した。
黒い客は飛び出した小さな口をカチカチと鳴らしながら更に近づける。
「あのー、ここに眼鏡って置いてあります?」
小さな口が、普通に話しかけてきた。
「……喋れるのかよ。眼鏡ならいくつかあるが……、とりあえず顔が近すぎるから、ちょっと下がってもらえる?」
「あ、これは失礼。自分、ど近眼なもので」
黒い客は小さく頭を下げ、素直に顔を引いて遠ざけた。
「……ところで、あんた目はどこにあるんだ?」
仁志は黒い客のつるりとした頭部を凝視する。
「あぁ、眼球全体が真っ黒な上に、開きっぱなしだから分かりづらいですよね。多分人間と同じ位置にありますよ」
言われてよく見ると、確かにツルツルした頭部の前面に、微妙に質感と光沢が違う箇所が二つ並んでいた。
「なるほどねぇ。……ただ、あんたの目に合う度数がうちにあるかどうか……」
仁志は空中にホログラム画面を展開し、在庫データを検索し始めた。
「あれ? 視力に合わせて自動で度数が変わるタイプとかありませんかね?」
黒い客が言った条件を追加して、仁志がデータベースを再検索してみると——。
「……あ、あったわ」
仁志は「ちょっと待ってな」と言い残し、地下の四次元倉庫へと取りに向かった。
◇
仁志が倉庫の奥から、シルバーフレームのシンプルなメガネを持って地上へ戻ると、黒い客はさっそくそれを受け取り、顔に装着してみた。
「ハッキリ見えます! いやー助かりました。前の眼鏡を踏んづけて壊しちゃって、困ってたんですよ」
(……なんでツルツルで耳がないのに、眼鏡が落ちないんだ?)
仁志は耳掛けのパーツを使わずに、顔に固定されている眼鏡を不思議そうに見た。
「……まあ、落ちないならいいか。代金は1万5千円ね」
「一万5千円ですね。ありますあります……」
黒い客は背中辺りから財布を取り出すと、現金で支払った。
「毎度ありー」
黒い客は満足そうに頭を下げると、四つん這いの体勢で出口へと向かい、引き戸を開けて出て行った。
客が店から出たのを見届けると、仁志は煙草に火をつけ、ポツリと呟いた。
「店を継いで丸2年経つが……。何を在庫してるのかさっぱり分からんな、この店は……」
仁志はカウンターに頬杖をつきながら、煙をふぅーっと天井へ向けて吐き出した。




