第29話 商品をタダでやるわけにはいかんしな
「グニュグニュ……ボコボコ……パチン」
仁志がカウンターでぼんやりと新聞を眺めていると、床の上に黒いヘドロのような不気味な粘体が這いずっていた。
粘体はズルズルと重たげに移動し、表面に浮き出た泡が時折パチンと弾けている。
(……なんだこいつ? 生きてるみたいだし、一応こいつも客なのか……?)
仁志は追い払うでもなく、とりあえずカウンターから頬杖をついて見守ることにした。
粘体は店内をあちこち這いずり回っていたが、やがて『賢者の石』や『アダマンタイト』といった、珍しい鉱石が並べられた棚の前でピタリと動きを止めた。
そして、ドロリとした身体から一本の触手を伸ばし、展示されている鉱石に触れようとする。
「おいおい、一応それ売り物だからな。買うなら金か、何か交換できそうな物持ってるかい?」
言葉が通じるかは怪しかったが、仁志が一応声をかけてみた。
すると、粘体は言葉を理解したのか、伸ばしかけた触手を素直に身体の中へ引っ込めた。
だが、粘体は鉱石の棚の前から頑として動かなかった。
「鉱石が欲しいのかね……。とは言っても、商品をタダでやるわけにはいかんしな……」
仁志は棚の前の粘体を見ながら、うーんと腕を組んで考え込んだ。
「……そうだ。親父が置いてったあの石でもやるか」
仁志は、魔界に住んでいる父・平治がこの前やってきた際、「そこら辺に転がっている」と言って大量に置いていった魔石の存在を思い出した。
カウンターの奥からゴソゴソと魔石の詰まった箱を取り出し、その中から赤黒く光る石をひとつ取り出すと、粘体のすぐ目の前の床に置いた。
「これならタダみたいなもんだし、お前にやるよ」
仁志がそう言うと、粘体は嬉しそうに身体を揺らし、触手で赤黒く光る魔石を包み込むようにして自身の体内へと取り込んだ。
すると直後、粘体の体内から強烈な光が放たれた。
「うおっ!? 眩しッ!?」
仁志は思わず腕で目を覆い、固く瞼を閉じる。
光は次第に弱まり、仁志が目を開けると——先ほどまで不気味な黒いヘドロだった粘体は、まるで宝石のように透き通った青色の粘体へと変貌を遂げていた。
青い粘体は、満足そうにプルプルと小刻みに震わせている。
「……なんか知らんが、綺麗になってよかったな」
仁志が苦笑交じりに微笑みかけると、青い粘体は体の一部を揺らし、その体内からポロッとビー玉ほどの大きさの透き通った青い石を一つ、床に転がし出した。
「なんだそれ、お礼のつもりか? 価値はさっぱり分からんが、ありがたく貰っておくよ」
仁志がかがんでその綺麗な青い石を拾い上げると、粘体は満足したように滑らかな動きで出口へと向かい、引き戸のわずかな隙間からニュルンと外へ出て行った。
「……毎度あり……でいいのか?」
仁志は拾い上げた青い石を光にかざしながら、煙草を取り出し火をつけた。




