第15話 聞いてないわ
「仁志、帰ったぞー」
四次元地下倉庫に続く本棚が、音を立ててスライドしたかと思ったら、奥から仁志の父・平治が、アロハシャツに雪駄という気楽な格好でひょっこり出てきた。
「『帰ったよ』じゃねぇよ、親父……。俺に無理やり店を継がせてから、連絡もなしにどこで何やってたんだよ」
平治は2年前、「もう限界じゃ、死期が近い……」と重病(後で判明したことだがただの風邪)を理由に突然引退を宣言し、仁志に店を押し付けて失踪していたのだ。
「いやぁ、ちょっとお前の母さんのところに行っててな。30年ぶりに再会したが、相変わらずの美人でなー」
仁志は珍しく目を見開いて驚いた。
「……は? おふくろは俺を産んだ直後に病気で死んだって言ってたじゃねぇか」
「……あれ? 言わんかったか? 母さんは魔族でな、種族的な理由で魔界に戻っとるだけだぞ」
仁志は頭を抱え、深々と長いため息をついた。
「聞いてないわ……。俺も含めて適当過ぎるだろ、只野家は……」
「まあまあ! 後でお前の家に行くから、酒でも飲みながら詳しく話そうや。久々に知り合いの店に挨拶行ってくるわ!」
平治は呑気に鼻歌を歌いながら、ガラガラと引き戸を開けて出て行ってしまった。
「……おふくろ、生きてたのか。会ったことも、写真で見たことすらないが……」
仁志は煙草に火をつけると、呆然と天井を見上げた。
◇
その日の夜、平治がお土産の入った袋を抱えて、仁志の自宅マンションを訪れた。
「おじいちゃん、いらっしゃい!」
玄関の鍵が開くと、息子の誠司が駆け寄ってきた。
「おぉ、誠司! 見ない間にまた大きくなったな! どれ、おじいちゃんから小遣いをやろう……」
平治はポケットを探ると、ジャラリと竜の紋様が刻まれた金貨を取り出し、誠司の手のひらに乗せた。
「……どこの国のお金? これ?」
「あ、すまんすまん! 今わしが住んでる魔界の金貨だったわ! ほい、1万円」
平治は苦笑いしながら改めて財布から一万円札を出し、誠司に手渡した。
「お義父さん、お久しぶりです」
奥から、エプロンで手を拭きながらカグヤが挨拶にやってきた。
「おお、カグヤさんお久しぶり。相変わらず綺麗で。……月にはまだ帰ってないようだな」
「えっ!? 何言ってるんですか、お義父さん! 私はこっちの普通の人間なんですから、月なんて行ったことないですよー!」
カグヤはパッと顔を強張らせ、慌てて手を振って否定する。
「ん? そうだったか? たしか君は、月の——」
平治が言いかけると、リビングから仁志がひょっこり顔を出した。
「親父、玄関で話してないで、早くこっち来いよ! 聞くことが山ほどあるんだから!」
「おぉ、そうだな! ビールでもいただくか!」
平治は豪快に笑いながら家にあがった。
「ねえおじいちゃん、今住んでる世界ってどんなところ?」
「そうだなー。人間なんか一人もいない、魔族たちが中心の世界なんだ! そこではな——」
孫の誠司に身振り手振りで楽しそうに語りながら、平治はリビングへと向かった。




