第11話 なんか俺も昔、同じようなことあったなー
朝。
食卓で微笑むカグヤの首元には、虹色に輝く『月の雫』のネックレスが揺れていた。
「今日、なにかの記念日だっけ?」
仁志がトーストを齧りながら尋ねた。
そのネックレスは昔、仁志がプレゼントしたもので、カグヤは自分の誕生日や結婚記念日といった特別な日くらいにしか身につけない。
「ふふっ。気にしなくていいわよ」
カグヤはどこか嬉しそうに、中央にはめ込まれている輝く『月の雫』を細い指先で優しく触った。
◇
その日の昼下がり。
下町のリサイクルショップ『ただの』には、黒い艶やかな長髪に、頭頂部からピンと真っ白なウサギの耳を生やした「月の民」の青年が訪れていた。
「いらっしゃい。今日は何をお探しで?」
「店主よ! ここに『固くもなく、柔らかくもなく、かといって液体でもない不思議な固形物』はあるかね!?」
どこか芝居がかった手振りを交える月の民の要求に、仁志は頭を掻いた。
「なんじゃそりゃ……。何に使うんだい?」
「ふっ、近々結婚を予定している意中の女性からのリクエストだよ。我が『月の民』の女性はね、結婚前に求婚者の愛を試すため、わざと手に入りそうもない『無理難題な品』を持ってこさせる伝統があるのさ」
月の民の青年はキザに長髪をかき上げる。
「無理難題、ねぇ……。あれ、なんか俺も昔、似たようなことあったような……」
仁志はうーんと腕を組みながらも、空中に青白いホログラム画面を出現させ、在庫データベースを検索する。
「おっ、これなんてどうだ? 『賢者の石』。物質的には石だけど、持ち主の意志で固さも形状も自在に変化するぞ」
「素晴らしい! それにしよう!」
「じゃあ、5千円ね。……それにしても、なんで月の女性はそんな面倒な真似をするんだ? もし、好きな相手が持って来れなかったらどうすんだよ」
月の民の青年が「チッチッチ」と人差し指を横に振った。
「どんなに難題だろうと、どれだけ相手が自分のために一生懸命探してくれたか、その『誠意とプロセス』が大事なのさ! 月の民はロマンチストだからね! ……まあ、興味のない相手を諦めさせるための『体のいいお断り』の時もあるがね……」
「ふーん、誠意ねぇ……。あ、思い出した。今日、付き合った日だ」
「ん? 何を急に思い出したんだい、店主よ?」
ポツリと呟いて急に固まった仁志に、月の民の青年が不思議そうに尋ねた。
「すまん、こっちの個人的な話だ……。はい、商品ね。毎度ありー」
◇
その日の夜。
風呂上がりのビールを喉に流し込みながら、仁志はキッチンで食器を洗うカグヤを、ジッと見つめていた。
カグヤの首元には、昼間と同じように『月の雫』が光っている。
「なーに? 人の顔をそんなジロジロ見て?」
カグヤが泡のついた手を止め、笑いながら尋ねる。
「俺たちが付き合った日だったな、今日」
仁志が彼女の胸元の『月の雫』に目をやる。
「まぁ! 思い出してくれたの!? ありがとう!」
カグヤがパッと表情を輝かせ、嬉しそうに声を弾ませた。
「いやさ、今日店に『無理難題な品を探してる』っていうウサミミの月の人間が買いに来てさ」
それを聞いた瞬間、カグヤの顔がサッと強張り、お皿を洗う手がピタリと止まった。
「へぇ……そ、そうなの……」
「『なんか俺も昔、同じようなことあったなー』と思ってさ。その『月からこぼれ落ちた七色に輝く涙』とか」
仁志がカグヤの胸元の『月の雫』を指差す。
「ぐ、偶然ってあるのねー! あはは……あ! 私、そろそろお風呂入ってくるわねー!」
カグヤは泡のついた手を慌ただしく拭うと、何かをごまかすように脱衣所へと逃げて行った。
仁志は脱衣所のドアへ消えていった妻の背中をジト目で見送りながら、苦い笑いを浮かべてビールを一口飲んだ。




