33 カワイイ生き物でも集団になると恐ろしい。
動物と霊なお話
事のはじまりは数か月ほど前、街を訪れた旅人は夜に農場で働く熱心な人影を見たことからはじまった。月明りと松明のわずかなあかりの中、羊の群れを移動させて運動させる姿をみて、仕事熱心だと思い、宿でそのことをほめた。
しかし、これはおかしい話だった。夜の安全や家畜へのストレスを考えて日が暮れたら家屋に戻すのが酪農のルールだったからだ。誰かの仕事が遅れていたならばいいが、家畜泥棒だとしたら大問題である。街を上げて調査が行われ、家畜の数が確認された。幸いなことに盗まれた家畜はおらず、誰かが夜に仕事をしていたのだろうという話になった。なるはずだった。
夜道で家畜を連れた人影の目撃情報は、その後も何件も報告された。羊だったりヤギだったりするのは夜なので見分けが付きにくいからだと思われたが、先の一件から戸締りも確認も厳重に行われいるため、どちらにしてありえないことだった。
どこの不届き者だと、正体を確かめるために近づいた者もいた。だが、その多くは、その姿を見たところで意識を失い、翌朝、道で寝ているところを発見された。その後、目撃者は体調を崩し寝込みがちになった。
何かがおかしい。そう思って傭兵による不寝番や王都にいる僧侶に調査を願った。しかし、事態が解決することはなく、外部から呼び込んだ協力者たちや、普通に働いているだけの街人や家畜たちにも体調を崩すものが現れた。わかったことは、それが霊障によるものということだけ。
夜に出歩いているのは、かつて事故死した酪農家の幽霊、それが連れている家畜の幽霊ではないか、きづけばそんな噂が流れはじめ、お祓いや除霊グッズを求めるモノが増えた。夜に出歩くのは絶対タブーとなり、人々は鍵をかけた家に閉じこもり夜が明けるのを待つ日々らしい。
「不思議ですねー。」
『不思議じゃの。」
動物の霊は存在するのか?
答えは否だ。少なくとも俺は遭遇したことがない。意識と形のしっかりした霊になるのはほどんどの場合は人間だけだ。
ペットとして飼われている動物が何もない一点を見つめているなんて話は聞いたことがあるので、霊感的なものはあるかもしれない。しかし、それだって、飼い主のや近くの人間のストレスや感情に影響されているだけとも考えられるので怪しいものだ。ある種の願望かもしれないが、この大陸で霊となるのは人間だけだ。
「よくよく考えたらさー。」
『なんじゃ?』
「死体の数は圧倒的に多そうだよねー。」
『・・・確かに。一日に何十、何百と肉になっておるかのー。』
毎日のように人が死に、命が軽いこの大陸。その中でも彼らほど大量に消費されている命はないだろう。それが霊になるなんてことはあまり考えたくはない。もしも畜産の霊が存在したら、ここは恐ろしい場所になっていただろう。
『そういえば、北部は畜産はほとんどやっておらんのー。』
「まあ、肉に関しては魔物がわんさかいたしねー。」
北部唯一の街であるヴァルロース周辺は魔物の領域。そこから忍び込んだ魔物の襲撃は日常茶飯事だ。人間も家畜も関係なく襲う魔物の襲撃を備えるのは大切な事だが、どうしたって人間よりもそのため、家畜を育てるよりも魔物の肉を消費したほうがコスパがいいのだ。
それでも食うために育てられた牛や豚の肉のうまさは別格なので、高級品としての需要はあった。
「で、なんで、警戒されてるのかなー?」
『わっちにもわからん。』
じっとこっちを見ながら、じりじりと下がるヤギの群れ。歓迎されていないのは分かるが、一定の距離を保ってこちらを観察し、そこそこ広い放牧場をぐるぐると移動している様子は何とも言えない罪悪感を感じてしまう。ちなみに羊のほうはパニックになり柵に突撃していったので、すぐに離れた。
「すみません、おそらくは見慣れない人間だった私達を警戒しているのではないかと。」
「なるほど。賢いですねー。」」
デニスさんがそうフォローしてくれたけれど、ちょっと寂しい。あのモフモフに触ってみたかった。
「ただ、最近はどこもこんな感じらしいです。飼い主である私達ならまだいいのですが、極端に人間に怯えるようになってしまいまして。」
「状況はわかりました、私達は一旦、離れますねー。」
『野生の獣ならまだわかるが、家畜がこれほど警戒するのにはわけがありそうじゃのー。』
タチアナさんの紹介とロッド様の紹介状のおかげで、デニスさん達は俺を信用し、街の実態を説明し、家畜であるヤギや羊の群れを見せてくれることになった。そして、とにもかくにも現場と思って、放牧されている場所へと足を運んだら、この結果である。
『ただ、ここの生き物は通常じゃのー。ただ怯えているだけじゃ。』
「この子たちに異常はないですねー。彼らが怯えている何がいる可能性はありますけどー。」
「そうなりますか。私達には何がなんだか。」
「まあ、街の中を調査させていただきます。報告は追々。」
「わ、わかりました。私達のほうで他の者に話を通しておきます。」
ペコペコと頭を下げながら仕事に戻るデニスさんを見送りながら、俺たちは顔を合わせる。
「私が以前来たときと変わりはないです。知らない人に動物たちが怯えることはありましたけど・・・。」
「異常ってことですかー?」
「はい。特にデニスさんのところは人懐っこいことでも有名でしたから。羊はすぐに群がってくるし、ヤギは人をおちょくるのを楽しむようないたずらっ子で。」
「へー。」
あの様子だととてもそうとは思わえない。あれは、まるで
『人型の何かに怯えてる感じじゃのー。』
「ああ、そんな感じー。」
「そうなんですか。」
タチアナさんはピンと来ていない様子だが、話を聞いていたときから俺とエミリーにはこの可能性に至っていたし、怯える家畜たちをみてほぼ確信していた。
「あの感じね、魔物が近くにいるときの家畜にそっくりなんですよー。」
『うむ、いざとなったら囮もとい生贄を差し出せる等に年かさの個体が輪の外におったから確かじゃ。』
「はい?」
『羊には羊、ヤギにはヤギの生存戦略があるのじゃ。わっちらが近づいても放牧地から逃げないことにしかり、あれは人型の何かが危険だとわかっての反応じゃと思うぞ。』
「なるほど。」
結論、悪さをしている人間がいる。
『まあ、他の傭兵たちもその可能性には至っておるじゃろうなー。」
「それで返り討ちにあっていると。」
『そう判断すべきじゃな。ことが霊関連と認識されているから、対人戦の想定がない、いやしておってもそれ以上の何かが街に住み着いているのかもしれんぞ。』
「こ、怖い事言わないでください。」
よくない何かを想像したのか、ぶるっと身体を震わせるタチアナさん。気持ちは俺だって同じだ。これは祓い屋の仕事じゃなくて、探偵や衛兵の仕事ではないだろうか。
荒事は得意じゃないんだけど・・・。
「ともあれ、もう少し調査をしてみるしかないですねー。」
「は、はい、目撃した場所は聞いているので回ってみましょう。」
「よろしくお願いしますー。」
さも当然と仕事を手伝うつもりのタチアナさんに内心苦笑しつつ、俺はそのあとに続いて街を探索した。
結果だけ言うと街中には霊の痕跡はなかった。被害者の元も訪ねたが霊障の名残は残っておらず、ただの体調不良だった。
『呪いではなさそうじゃのうー。』
「だねー。」
思った以上に厄介そうな問題に俺は頭が痛くなった。どうやら、真相を掴むためには夜を待たないといけないらしい。
スカル「まだなにもしてないぞー。」
エミリー『わっちもなー。』




