31 なんだかんだ、怖いのは生きている人間。
旅の夜にはドキドキがいっぱい。
旅というのは、街や村を経由していくのが理想的だ。だが、実際はそういうことは叶わず空き地や川の近くなどで野宿をすることもある。雨などが降っている時は洞窟や大きな樹の下など屋根のある場所が取り合いになることもある。
馬車があるとはいえ、どこでもいいというわけではない。むしろ馬を休ませるためにも、静かで足場の落ち着いた場所なことが望ましい。川の近くなどでは、自然とそう言う場所には人が集まり、自然と拓けていくが、今回利用したのは、丘を越える直前にあるある湧き水の近くの広場だった。
「ここです。」
「うんうん、いいところですねー。」
こういう場所は旅や泊まり込みの仕事でよく利用される。そのため人が住み着くほどではないが、旅人が一晩の宿として使えるようにそれとなく整備されている。湧き水周辺の水を刈ったり、それとなく仕切りにしたり、竈用に置いた石などをそのままにしたりとした程度だが、0から始めるよりは幾分マシな程度であるが、そう言う積み重ねによって、知る人ぞしる場所として寄合所のような場所となるのだ。
「先客が一組だけですねー。」
「今はシーズンじゃないですから、多くても3組ぐらいじゃないかと。」
「なるほどー。」
場所取りは先着順で、奥から順番に少しずつ間をあけて利用するのがマナーだ。混雑しているときは別よして、、基本的にはお互いに適切な距離をとり、自分たちの使った場所で過ごす。物資のやり取りは原則なしだし、もちろんだが、馬の糞やゴミなどの処理については各自が責任を持って持ち帰る。たまにマナーの悪い旅行者がいるが、そう言う輩はおのずと評判が下がる。
「では、水汲みはお任せしますね。」
「はいはいー。」
馬車を止めて馬たちの世話をはじめるタチアナさんに言われて、俺はバケツを両手に湧き水へと歩く。途中で先客の商人グループと思われる集団とすれ違ったが、お互いに会釈をする程度で話しかけることはしない。
『なんともわびしいのー、旅先での人との交流なんて醍醐味じゃろうに。』
「ちゃんとした場所なら、それもいいかもねー。」
『ううむ、他人を見たら泥棒と思えか。世知辛いのー。』
ふわりとまとわりつくエミリーにやんわりと答えつつ水を汲み、俺は戻る。ここが酒場や村の宿屋なら多少は会話をすることもあるが、街から外れた場所である以上、それは悪手だ。差し入れに毒や睡眠薬なんてこともありうるし、旅の経路を聞いて先回りなんてこともあれば、魔物の襲撃の擦り付けなんてこもありうる。そんなことはエミリーもわかっていそうだけど。
「昔は平和だったってことー?」
『イヤーわっちの時代も盗賊や物取りはあったぞ。じゃが、それ以上にこういう場所は、情報交換の場であった。地理も国境も曖昧じゃったし、何より魔物の脅威があった、だからこそ、お互いに各地の情報を交換し、明日へと備えておったんじゃよ。』
「なるほど、それも一理あるねー。」
確かに、北部でも魔物の対処には協力するし、危険があれば知らせるという暗黙の了解があった。それはコミュニティが狭くて、傭兵は大体知り合いっていう前提条件があるから成立していた。今の時代にエミリーの言っているような振る舞いをするのは、旅慣れしていない素人か、何か企んでいる人間と思われるだろう。
そんな話をしながら水を汲んでいる間に反対方向から新しい旅の一団が訪れたが、俺たちから離れた場所で野営の準備をはじめ、挨拶にはこない。これがこの大陸の常識だ。
「汲んできましたよー。」
「ありがとうございます。すぐに夕飯の準備をしますねー。」
「お願いしまーす。」
水は馬たちの前に置く。その横には飼い葉が入った桶もある。後は勝手にやってくれるだろう。
その間にタチアナさんは、簡易竈で夕飯を作っている。といってもエミリーが収納していたスープを
温めなおすだけのお手軽なものだ。種火もエミリーの魔法によるものなので、ほとんど手間はかかっていない。エミリーさまさまである。
「旅先でこんな贅沢をしていいのでしょうか。」
「普通は干し肉とか適当スープですからねー。」
『なーに、使える者は使ってこそじゃ。わっちとしてもお主らが万全な状態で旅をしてくれると助かるからな。』
これもっと早く教えてほしかったなー。まあ、森を抜けてからロッド様の祓い仕事までそんなことを考えている余裕もなかったけど。
今はタチアナさんにもエミリーの存在はバレているし、隣の先客がこちらの様子をうかがっている様子もない。だからこそ気楽に話、気楽に頼ることができる。街や村に着いたときは気を付ける必要があるだろうが、今は別にいいだろう。
そんなこんなで夜になったら、俺は外で火の番をし、タチアナさんには馬車で休んでもらった。
「いや、こういうのは順番ですよね。」
「まーまー、最終的にはこいつに任せるんで。タチアナさんは休んでくださいなー。」
「で、でも。」
「これでも男女ですからねー。馬車に乗って鍵をかけていただかないと、俺がロッド様に怒られますからなー。」
「は、はあ。すいません。」
そんなやりとりがあったが、貴族のお嬢様に夜番をさせるのは流石に気が引けた。なにより移動中にダラダラとしていたのは夜の見張りを引きうけるためでもあった。
『なんじゃ、わっちに任せて、お主も休めばよかろう。』
「そういうわけにはいかんでしょ。」
焚火に薪を投げ込みながら、俺はエミリーの揶揄いに適当に答える。夜の眠気を誤魔化すために独り言が多い傭兵はそこそこいるので、この動作も怪しいものではない。ぼんやりと見える他のグループの灯りからも話し声が聞こえている。このなんとも言えない夜の空気は旅の特徴だろう。
『時代は流れても夜は変わらんな。星あかりの下で、ただただ話す。黙った方が良いと分かっていても人は口を閉じれん。』
「獣除けらしいからねー。」
『さよう、魔物が多い地域では引き寄せる危険があるが、たいていの獣は人の気配や音に覚えるからの。あえて音を出すことで、安全を確保するのじゃ。』
話すことで意識を保ちつつ、獣除けをする。これもまた傭兵や旅の知恵らしい。ちなみに魔物の領域では、遺跡などの限れた場所を覗いて、立ち止まることがタブーとなっている。
『ちなみに寝ても構わんぞ。』
「それはちょっとねー。」
森では捨て鉢になっていたので爆睡したが、流石に人目がある場所でそんな愚行は起こせない。
『そうか、そうか、ならば昔の旅や呪いについて話してやろう。』
「それは気になるねー。」
ぱちぱちと燃える火を見ながら、俺はエミリーの長話に耳を傾けながらゆっくりと時間が過ぎるに身を任せるのだった。
翌日には何事もなく俺たちは旅立ち、他の集団も去っていった。どこもマナーを分かっているので、俺たちの居た痕跡はどこにも残っていない。
スカル 「南部の中心地なので魔物襲撃はほぼありません。」
エミリー『なにかあってもわっちの魔法で事前に対処可能です。』
万全過ぎるセキュリティなエミリーさんでした。




