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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
鋤の章
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鋤の魔女4

サキュバス族が発見されたのは、つい100年ほど前のことである。

ハーバント家の支配下に入ったコルヴァ領は、所替えによってキューバス卿という人物の所領となった。

彼は几帳面かつ学者肌の人物で、自ら領内を隅々まで巡って調査を重ねながら、政を執り行った。

自らの足と目で土地を見極め、問題を洗い出し、細やかに経営する。

それが彼のやり方だった。


ある時、彼は西の岩山の麓に住む現地民から、奇妙な言い伝えを聞いた。

50年に一度、女の姿をした化け物が男を3人攫っていくという話だ。

山の穴倉に住む怪物は男の肉と魂を喰らい、50年眠り、そしてまた姿を現す。

単なる迷信とも思えたが、語り口には現実味があり、また証人も存在した。


それでも、見えぬものを見たと心から信じてしまうのが、迷信というものである。

世迷言とは百も承知であったが、どのみち西の山は調査する予定でもあった。

念のため供回りの兵を引き連れ、彼は西の山に踏み込んだ。


岩だらけの山を五日、調査しながら進んで行くと、彼は隠された谷を発見した。

切り立った岩山に囲まれ、風が吹き降りる一帯は小さいながらも豊かな動植物が息づいており、岩山からの湧き水が木々を青く潤していた。

しかし最大の驚きは、例の女怪を発見したことだった。


彼女たちは穴倉ではなく木と葉の小屋で蹲り、動物の皮を着て暮らす、美しい女たちだった。

これまで谷に隠れ続け、繁殖の時のみ男を誘惑し、攫ってまぐわう。

精を受けるのではなく、自らの卵を育む糧とし、己が分身を産む。

男の精は少量でも多くの魔力を含んでおり、卵への栄養分としては理想的。

そのために彼女らは男と交わるのだ。吸い涸らしてしまうまで。


キューバス卿はこの発見に大いに胸を躍らせ、研究と交流を始めた。

生活様式や文化、言語を学びながら、彼女たちに良質な食料や生活用品を提供し、より住み良い家を建ててやった。

始めは警戒していた彼女らも、これらの施しとキューバス卿のひたむきな情熱に絆されていった。


キューバス卿は、彼女らにサキュバスという種族名を与えた。

彼女らも、それを喜んで受け入れた。外の世界から隠れ続けていた理由は、長い時の彼方へと忘れ去られていた。


女性のみの、単為生殖の種族であるため、300人近くいるサキュバスは主に二つの家系に分けられる。

かつて両性生殖だった頃に分化した遺伝子が、単為生殖の繰り返しで最終的に二つの系統に統合されたのだ。

うち片方の家系の全個体はサキュバス姓を名乗り、もう片方の家系はトゥーナ姓を名乗ることとなった。

キューバス卿がサキュバスの妻を娶り、自らの姓もサキュバスに改めたため、彼の統治する土地は後に魔界領サキュバスと名付けられる。

トゥーナとは、それ以前に彼が持っていた姓だ。


彼の働きかけで、サキュバス族は統王によって民族認定され、世界の一員、王の国民として数多の知的種族に名を連ねられた。

その後は統王とサキュバス卿の施策の下で、教育や制度普及が進み、生活様式も採集から農耕へ推移した。

卿はサキュバスたちを愛し、彼女らを保護しながら外の世界へ誘ったのである。

今やその数は三万とも十万とも言われており、誘惑の技と美貌、病への耐性で知られている。


だが、天核教の大多数の派閥は、彼女らの存在を認めなかった。


男と交わりながら己のみを産み、肉体をただ写し取る彼女たちの存在は、天より賜った姿を盗み取る冒涜であった。

生まれながらにして天の核たる普遍的魔力から切り離され、穢れているサキュバスの身は触れるだけで魂の悪徳とされたのである。

それはサキュバスに対する排斥や虐殺事件にまで発展するほどの激しさであった。

過激化した信徒は、他の様々な抑圧やストレスの捌け口として、身近な権威である天核教が承認した冒涜者サキュバスを利用したのだ。


この動きは天核教を半国教化した統王によって制圧されたものの、教団内部に於ける排除意識は残った。

今でも、サキュバスは多くの派閥に於いて、所属が拒否されている。

教会堂へ入ることを許されず、天核教式の葬儀を挙げることを拒まれ、熱心な信徒たちからは無視された。




マーレィ・トゥーナはそういった状況の中で、イェザリ派の修道女となった。

しかも彼女は、アッサルートの代の魔女協会にも所属している。

今の協会長が見出した新しい屍術を、天核教の主流派は邪法だと非難しているのだ。


だが、それらも全て、彼女を止める理由にはならなかった。

自分がサキュバスであることも、サキュバスという種族の成り立ちも、それを何者がどう受け止めようとも。


彼女には、止まらぬ愛があった。









「あそこが糠堂、発酵食の開発と製造を行っていますわ。あの研究室は肥料用の魔力液を開発していて、いつでも魔法使いが詰めていますの。エレメンタル化しないよう、見張っていないといけませんから」

「あれは何ですか? 記録保管庫にしては人が多いような」

「植物再生計画に加わっている学者たちの作業場です。緑化に適した植物を探したり作ったりするだけではなく、再生能力の高い作物の研究も行なっています。わたくしの研究にも協力してくださっていますのよ」


廊下を歩きながら、設備や研究の説明が途切れることなくクロスに聞かされる。

だが、修道院だというのに宗教に関する学びは殆ど見受けられず、農学院のような有様を見せつけられるばかりであった。

イェザリ派の使命は"イェザリの試練"の素晴らしさを教え広め、可能な限り命が奪われずに済むよう農を発展させること。

狩猟採集民であるデルグンドラ人たちに農業を根付かせるという使命も、ここの支部は負っている。

教え説くだけではなく、理想実現のために自らにも試練を課しより良きを目指す。

天核教の支部としては異端だったが、クロスは何故か神秘性の欠片も纏わぬこの場所が気に入り始めていた。



「次は農場をご案内しましょう。実際に作物を環境中で栽培する実験をする畑ですわ」

「それって、この建物の裏に広がっていた、あの農地ですか?」

「ええ、芋の試作品も栽培していますのよ」



話しながら扉を開け、農具置き場を抜けると、目の前に広大な農地が現れた。

ディゴの不毛な地を埋め尽くさんばかりの作物の群れは、整然と並び、青々とした葉を揺らしている。

その様はまるで練兵中の大軍勢さながら。曇り空に向けて懸命に伸びる、生命力の海原でもあった。


「カバリアワ、御子豆、テンゼンマキ、フレバトウモロコシ、そして芋、どれも痩せた地でよく育つ作物ですわ。肥料や治水、街道整備と併せてこれらをデルグンドラの人々に普及させられれば、ディゴ荒野は一変します。この荒れた大地を緑で埋め尽くすことすら可能なのです」


うっとりと語られる大言にも説得力があった。

不殺、農業普及、緑化、喫菜、そして愛。イェザリ派の全てがこの農場に詰まっている。

動物を殺したくない。植物であれど殺さずに済むようにしたい。

その努力が、この地を育んでいた。


「間近で見ると、壮観ですね」

「農地は初めてご覧になりましたの?」

「ナッグのルーライ畑は見ましたが、同じぐらいの規模の農地をここで見られるとは思いませんでした」


と、ここまで言ってクロスはもう一つの使命を思い出した。



「そう言えば"胞の魔女"さんが近々こちらに移るそうですよ」



それを伝えると、"鋤の魔女"は細い目を輝かせた。


「まあ! そうなるといいなと思っていたところですわ!」

「なるべく人目につかないような、郊外の拠点がいいんですが」

「それなら農場の外れに家を用意できますわ。改良したオガカシの家です、コネを使えば三日で建てられます!」


話がとんとん拍子に進むのはありがたかったが、想像以上の歓迎ぶりには驚きを覚えた。

確かに"胞の魔女"は優秀な小生物学者で、人格者だ。

しかしここまでの食いつきを見せるというのが、ただ意外に思えたのだ。


「ええと、その、大丈夫ですか? 修道院長や総督にも話しておいた方が……」

「大丈夫! あの方はイェザリ派の間では伝説的なお方です。ご教授をいただけるなら、招聘という形でお世話させていただきますわ」

「そうなんですか?」

「たった一人でナッグの地を丸ごと作り変えたお方です。そのナッグの人々に拒絶されたというのは悲しいことですが、あの方をお迎えできるという奇縁には感謝しかございません。それにわたくしどもは育種を奨励しておりますゆえ、主流派が禁術と定める魔導生物にも寛容ですわ」


なるほど、それを予期して"胞の魔女"さんをここに送ろうと決めたのか。

そのように納得したクロスであったが、実際には少し違っていた。

ディゴ荒野に"胞の魔女"クルギャを送るのは、以前からの計画であった。

だが本人がナッグを離れたがらないだろうとの配慮から、これまで秘していたのである。


大移動というものは、常に世界を大きく変化させてきた。

"胞の魔女"にはそれだけの影響力があるのである。



「それなら、私も安心です。具体的な日程については──」



詳細について、とりあえず師に報告できるような形まで詰めておこうとした、まさにその時であった。

割鐘の、けたたましいまでの連打音が農地に響き渡ったのだ。

震えの少ない乾いた音の連打は、礼拝堂に掲げられた鐘の音ではない。

それが告げるのは、緊急事態。警報だ。


その事実を裏付けるが如く、続いて人の声が響く。



「火事だ! 二番交雑室で火事だ!」



瞬間、"鋤の魔女"がクロスの脇を走り抜けて建物に駆け込んだ。

あまりの瞬発力と素早さに、表情を見ることすら出来なかった。

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