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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
腑の章
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腑の魔女7

外に出たクロスは、軍事区画に向けて坂を登るデザンの後ろ姿をなんとか見つけた。

暖炉の暖かさに慣れきった体を抱くようにさすり、白い息を破りながらその後に追いすがる。


「どうやら、お前に我が領を救ってもらわねばならぬようだ」


足音で気付いたのだろう、振り向きすらせずに話す。

表情を窺い知ることは出来ないが、少なくとも笑顔ではないだろう。


「ヘラシュ=ノグは誠実で実直な奴だが、魔女の頭領は相当の食わせ物と聞いている」

「デザンさん、ご期待に応えられるよう努力はしますが、私は未だ弱輩者です。あなたを騙せるほどの嘘はつけません」

「それでは困る」


やると決まったからには、やる。

徹底したその生き方は、今や悟りに近い。


「嘘は嫌いだ。だが、いずれ必要になるだろう。その時に向けて私の準備を済ませておかねば」


13歳の領主と17歳の助言者、しかも両者には信頼関係が無い。

先行き不安の組み合わせではあったが、どちらも役目には真摯であった。

少なくともスノウル女公には、自分を変える覚悟が備わっている。


だが、クロスには自信が無かった。


「でも、ディゴ荒野は初めてなもので、諸侯の名すら私は知りません。土地や、人々の暮らしぶりも。重要な局面で対応を誤るやも」


策略家が策を立てるには、条件や要素等の情報を入念に仕入れ、精査しなくては気が済まない。

それをいちから行うには、デルグンドラ諸侯はあまりにも多く、多様に過ぎた。

全ての情報を揃えるには膨大な時間を要するが、そんなことをしていては自分の役目に間に合わなくなる。

今年中に魔女たちに招待状を渡し切るためには、ここで足止めを食うわけにはいかないのだ。


「多少の無礼は互いにいつものことだ。土地のことも、一週間も過ごせば理解できるだろう」

「とは言っても──」

「女々しいぞ。既に進むと決まったのだ、歩き出してみねば分からんだろうが」


不安と弱音を年下の少女に一蹴され、口を噤む。

どちらの意見も正しいだけに、間には小さな溝のようなものが形作られていた。


デザンが初めて、ちらりとクロスの様子を見遣る。

クロスは足元に視線を送っていたため、それに気付かず、渋面を晒してしまった。


再び前方へ向き直ったデザンの顔に揺らぎは無く、ため息も無かった。


だが、彼女とて鉄ではないのである。



「スノウル騎兵を知っているか? クロス」



突然の問いに、頓狂な声を咄嗟に返してしまう。

だが視線を向けても、冗談めかしたような雰囲気は一切まとわぬ後ろ姿が見えるばかりだった。

であれば、出来うる限りの情報を思い出して答える以外には無い。


「デルグンドラ騎兵の中でも、スノウル領の騎兵は高角的な機動戦を得手としていて、三角連衡の乱では小身ながら遊撃に抜擢され活躍したと」


三角連衡の乱で、山間に潜む賊軍の後方に回り込んで補給を叩いた隊の中には、先代のスノウル女公率いる騎兵の姿もあった。

数多くのデルグンドラ騎兵の中でも、スノウル騎兵だけが山岳や森をものともせずに機動できたのである。


「その通りだ」


歩みを止めることなく、風に立ち向かう。

小さな体で砂塵を割り、砦へと進むのだ。


「我が騎兵は目鼻と口を覆って塞ぐ。常に吹き付ける砂塵に目や肺をやられぬようにな。そして風の音が鳴り止まぬ中で、音のみを頼りに戦う。我らは昔から守りの機動戦を繰り広げてきた。苔があるおかげか、こちらから奪いに行くことは稀で、戦は攻められた時に起きるものだった。この土地で戦うよう特化し、鍛えられ、研ぎ澄まされた感覚と不断の命知らずを持つ者が、騎兵としての栄誉を授かるのだ」


砦の中を進めば衛騎兵らとも行き違う。

その全員が顔に布を巻きつけて、目と鼻と口を塞いでいた。

お役目中は常にこうして、感覚が鈍らぬようにしているのだろう。

そして、目を持たぬ彼らの目となるのが彼女、スノウルの領主なのだ。



「この土地が我らを作った。ディゴ荒野随一の強風地帯と岩棚、風が運ぶ苔と、それを目当てに寄り来る虫どもや鳥どもに、それらを餌とする大トカゲだ。我らは全てを使って生き抜いてきた。その誇りはある」



強風のため窓は設けられておらず、燃料節約のためか照明も置かれていない。

昼過ぎでも薄暗く、歩いていれば夜のような闇に時折踏み込んだ。

そのような中でも、デザンや衛兵らは歩みの速度を緩めもしなかった。

クロスはそんな彼女の後をついて行くので精一杯だと言うのに。


「だが時代は変わった。我らが使えるものは更に増えた。致し方なく、この土地の全てで甘んじてきた我らにも、新しい扉は開かれるべきだ」


ドアの一つを開く。そこは文書の保管所だった。

乱雑に紙や木簡が詰め込まれた棚がいくつもあるが、歴史ある一家のものにしては少ない。

ごく最近から保管を始めたのだろう。



「私は戦いに備えてはいるが、戦いそのものは知らん。"最後の略奪"はもう20年以上も前のことだ。このまま、少しずつ衰え、牙が腐りゆく様を見せつけられるぐらいならば、いっそ自らへし折り食ろうてやろうと思う」



"最後の略奪"。デルグンドラ諸侯軍が、三角連衡の乱でモル・ニスに対して行った略奪を、彼らはそう呼ぶ。

元々は総督が就任時の宣誓に用いた言い回しだったが、彼らの誇りが、単なる言葉を歴史に変えたのだ。



「伝統を捨てるんですか?」

「捨てたくはない。だが、進んでみなくては分からん。必要になれば行う覚悟はあるが、まずは進まねば」



棚に囲まれている卓の前で、ようやく立ち止まる。

用意されている四つの椅子のうちの一つに、彼女は躊躇いなく腰を下ろした。



「統王に降ると決めた諸侯も、斯くの如く決断したのだろう」



クロスは、その横に立つ。

デルグンドラ人をまだ然程知らない彼だったが、少なくともデザンに対する見方は少しずつ変わってきていた。

厳しく、怯まず、頑固だが、他の全ての性質を遥かに上回るほどの恐れ知らず。

「嘘が通じない」と"腑の魔女"が言うのも尤もだ。

あらゆるしがらみを受け付けず、自分が向いている先へと脇目も振らずに進み続ける愚直さ。

そのためなら気に入らぬものまで用いる容赦のなさ。


デザン・スノウル女公。

13歳にして、間違いなくデルグンドラの傑人だ。


クロスは驚きと共に、好奇心がくすぐられるのを感じていた。

気付けば、不安はどこかへ消え失せていた。

この幼い少女の決意と頑固から、自分の力で何を引き出せるのか?

彼にも、それが気になり始めていた。




「戦いが始まるぞクロス。私にお前の戦法を教授してみせろ」

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