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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
腑の章
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腑の魔女8

「やはり基本は手紙です。いきなり呼びつけたり、こちらから訪ねても効果は薄い。相手の興味を手紙で掻き立て、それでいて焦らしながら、直接話したくなるように誘導していくのです。取り込んでおくべき相手は?」

「ガン、モリグウェット、ゼネッカン、カーボーン、最低限この四人だ」


卓の上にいくつもの資料を広げて、二人は戦略を話し合っていた。

どれも乏しい情報だが、ここにあるだけでやり繰りしていくしかない。


「モリグウェットはガン総督の血縁で、ゼネッカンは……大トカゲ車の製造元ですか。運用計画も彼が仕切っているんですか?」

「ゼネッカンは食料や服ではなく、木の種や苗を略奪し林業で最大勢力にまで上り詰めた知恵者の一族だ。当然、そうしていると見るべきだろう」


断片的な資料や記録から事実関係を推し量っていく。

危うい情報ではあったが、論理的には妥当な判断を互いに探るのみだった。


「カーボーンは?」

「競合相手だ。北東部の隅、干潟地帯を領有しているが、干物作りのための薪が欲しいらしい。街道を整備して、ゼネッカンから買い付けるのだろう」

「その街道整備はいつ頃の予定でしょうか?」

「ガンが言うには3年後だそうだ」

「横入りさせてもらわないといけない、ということですか」


救いなのは、"腑の魔女"と2年間過ごしていたおかげか、思っていた以上にデザンが各諸侯の事情に明るかったことだろう。


「となると具体的な計画を草案だけでも先に用意しておかないといけませんね。説得する順番は総督、モリグウェット、カーボーン、ゼネッカンでいいでしょう」

「他の諸侯も味方につけたい。ボノハウロ、トリリア、トーヴァレク、ガートグ……」


デザンが挙げる諸侯の数々を聞きながら、クロスは頭を抱えそうになるのを必死に堪えた。

スノウルが孤立した立地であるというのは、非常に大きな不利点だった。

密接な交流が無かったために周辺勢力との繋がりが薄く、協力のためには関係の構築からしていかなければならないのだ。


やはり、二人では手も頭も足りないのかもしれない。



「デザンさん、相談役とか、読み書きの達者な方はいらっしゃいませんか? 私たち二人だけでは間に合いませんよ」

「その通りだな、増援は早い方がいい。書記一人と、教堂の講師二人、達筆者も民から募ってみよう」

「助かります。取り敢えず今日は、街道整備の計画草案を進めましょう」



コートのポケットに押し込んでいた地図を広げる。

周辺の微量な魔力を探知して地形を表し、現在位置を小石で示す魔法の地図。

インクが浮き出る原理は相互紙と同様だが、ずっと高度な道具である。


実はこの地図、作ったのではなくかつての魔女王国が見出した由来不明の道具であり、未解明の魔法だった。

つまり世界でこれ一つだけの宝なのだが、アッサルートは旅の餞別として気前よくくれたのだ。


クロスはそれの横に、更に二つの地図を広げる。


「スノウル領の地図がこれで、そしてこっちが現在の街道図、これがディゴ荒野全域の地図です。一番近いのは、ここ、タボネ領手前の街道を分岐させることですが」

「この道順だと勾配が激しい。騎兵なら通行可能だが、大トカゲ車を通すのは至難だろう」

「では北のボノハウロ領街道を延伸してみてはどうでしょう。利に敏いボノハウロなら味方にもつけやすい」

「遠すぎる。連中はスノウルの風を避けるために自領を減らしたのだからな。ここまで道を引くには、何kmもの岩山を穿つか均して道とせねばならない」

「岩山を切り開くのはスノウルの十八番でしょう。要するに問題は、工事にかかる金銭や労力、資源の確保ですよね? 公共事業なわけですから、その程度の問題なら解決可能です」

「そういうものなのか?」

「必要性さえ証明できれば、ですが」


豪語するクロスであったが、自信はあまりなかった。

だが、選択肢が限られているのも事実である。



「可能な限り岩山を避けるとして、経路はこんな感じで、だいたい120kmぐらいでしょうか? 途中こことここで岩山を抜けて、休憩小屋は8つ、岩山の手前に街道宿を設ける必要も出てくるかもしれません」



地図に羽ペンであたりをつけていく。

街道筋を線で表し、休憩小屋の設置地点に丸を書き込む。


「いくらかかりそうだ?」


デザンは顔をしかめた。かなりの大工事が予想されたからだ。


「今すぐ正確な見積もりを出すことは出来ませんが、一年以内に終わらせるなら街道整備の工人が交代要員と予備含めて130人くらいで、岩山での作業が二ヶ月として100人増員して……」


隅で埃を被っていた算術盤を動かしながら計算していく。


「石やセメントは1m分が定価200幣だから、それが120km分。資材運搬用の大トカゲ車は、まあ15台ぐらいで想定すると御者代に集積所の仮設置と管理費、工人たちの仮拠点も用意しないと。人員の移動、特に怪我人運搬用の車を最低8台常備させて、必要な大トカゲの飼料代は一頭が月で大体6000幣だから……」


統王の定めた紙幣通貨は一から八等級のものであり、通常の値段表示や支払いに於いては「七を5枚、六を2枚」といった形で運用される。

だがそれだと複数の支払いを一括化したり、大金を記帳して後から参照する場合、非常に煩雑で使いづらい。

そこで、各紙幣にはそれぞれ潜在的に価格の数字が割り振られており、その単位を「幣」と定めている。

「三を2枚と二を7枚」なら「5900幣」といった具合だ。

これにより、換勘場での目利きに於いても一定の基準が設けられ、物々交換を基本とした前提を維持しつつ経済を円滑化しているのである。



「だいたい1億2920万幣かかりますね」



荷役労働者の年収が、およそ2万1000幣である。

パン一つは高めのもので5幣、つまりは八等級紙幣5枚だ。

1億3千万という数字は、全スノウル領民の年収の100倍を超えている。


「新事業というのは、大変なものだな」


その数字を聞かされた上で、このように返す彼女は豪傑か愚者のどちらかだろう。

どうか前者であることを祈りながら、クロスは続けて口を開いた。



「悪条件での工事になりますからね、備えを多くしておく分、お金もかかります。ただ、これは全工程の総経費であって、この内のいくらをスノウルが負担するのかは、ガン総督や行政使府との協議が必要となるでしょう。交渉次第ではゼネッカンや他の諸侯、商家等から投資を引き出せるかもしれません」

「借金はやむを得ん。局地的な敗北は潔く受け入れるべきだろう」

「ただ、実地調査の結果から、この想定経路が変更になるかもしれません。その場合は当然、費用や負担割合も変わるでしょう」

「現場の検分か。それは行政使府が行うのだろう?」

「業者との合同で行うでしょうね。これについてはスノウルが支出する必要は無いと思います」



おおまかな見積もりをもとに、具体的な計画を詰めていく。

工人や人足をどこで雇うか? スノウル領民をどういった形で出動させるか?

他の諸侯らをどのような形で協力させるのが最善か? どのような手紙を誰に送るのが効果的か?

資材はどうやって用意するのが最適か? 工程日数をどう割り振るべきか?


クロスはデルグンドラの気風や文化に慣れておらず、デザンは策略や法を積極的に用いる方法に慣れていなかった。

事業の中枢を担い、立案を重ねながらも、全てが初体験の手探り状態なのである。




「そういえばデザンさん」




その最中、議論を断ち切って問いが挟まれた。

デザンはガン総督宛ての手紙を懸命に書きながら「なんだ」と応じる。



「街道を整備して、その後のことは何か考えてますか? 街道を使った、利益を出せる新事業をまた別に興さないといけませんよね」



至極もっともな問いであったが、デザンは「癇に障る言い方だな」と前置きしてから答えた。


「大トカゲを販(ひさ)ぐつもりだ。ボノハウロのような、ただ捕まえた野良に急造の調教と鞍だけを載せた粗末なものではない。穴蔵でじっくり調教し、繁殖させ、サソリや苔や蛆や鶏肉に砕いた骨までたっぷり与えた、スノウルの大トカゲだ。戦に使うも足に使うも思いのまま。120kmがごとき街道など、車を曳いても二晩で踏破してみせるだろう。他にも干しサソリや苔を車に満載して売りに行かせようと思っている」


大トカゲを語る口調には誇らしさが現われていた。

品質によほどの自信があるのだろう。その自信で市場の競争に勝てるかどうかは、また別の話だが。


(まあ、俺には関係ないか)


クロスが出した結論は結局それだった。

街道整備を手伝えば、後はスノウル女公の手腕次第。

クロスは魔女協会の人間であって、デルグンドラ人では無いのだから。




この日は結局、夜まで書類の作成や手紙の校閲を手伝った。

本意の仕事では無かったが「今日はもういいぞ」と言われた時には、それなりの充足感があった。

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