腑の魔女4
デルグンドラ人の大半は、ほぼ毎日なんらかの無茶をやらかす。
極限環境下での生活がそうさせるのか、生まれ持った性分なのか、そういう文化なのか。
通常人であればリスクを恐れて控えるであろう行為を平然と行い、当たり前のように死ぬ。
統王はそれを勇猛さと解釈し、総督はそれを愛着と解釈し、魔女協会長はそれを無知と解釈した。
そして"腑の魔女"は、それを泥酔と解釈していた。
「急患だぁ!」
叫びながら、二人の男が戸板を担いで駆け込んだ。
戸板の上で呻く男の左ふくらはぎには、靴ほどもある大きな木切れが突き刺さっていた。
溢れ出る血は既に戸板の3割ほどを覆っている。
「まぁたエラいことになってるわね。手術台に運びな!」
頭で隣の部屋を指すと、男たちがいそいそと患者を運ぶ。
それを見届けながら、彼女はポケットから細いガラス管と革製の小袋を取り出した。
慣れた手つきでガラス管を小指と薬指で挟み、小袋から紫色の粒を二個取り出す。
それらを一息で飲み下すと、今度はガラス管の栓を開けた。
管の底には白い粉が積もっており、体を反らして、大きく肩を引き上げながら、それを鼻から一気に吸引する。
大きく息を吐きながら一旦脱力する彼女の目に、さきほどまでの怠けた印象は無い。
妙に据わった目つきが怖いぐらいである。
「来なさい」
そして、ガラス管と小袋を後ろに投げ捨てると、力強い足取りで隣の部屋へと消えた。
何故だか嫌な予感を覚えながらも、後を追う。
予想はしていたが、隣の部屋は完全に医療のための施設だった。
中央に置かれた緊急手術台と、それを囲むように置かれた様々な医療器具。
よく磨かれた石製の床。壁にも棚の上にも埃一つなく、窓には二重の鎧戸がはめ込まれている。
赤々と燃え盛る暖炉には奇妙な質感の布のようなものが張られ、その隙間から焼き鏝が差し入れられていた。
間仕切りされた奥の部屋には寝台が並び、うち一つに先ほどの寄生虫男が寝かされているのが見えた。
その視界が、戸板を運ぶ男たちに遮られる。
供儀台にもよく似た、一枚岩を四角に削り出して布を敷いただけの手術台。
そこに慣れた様子で呼吸を合わせて、患者を移した。
患者の呻きが一際大きくなるが、誰も気にかけている者はいなかった。
「で、どしたのコレ」
立て襟と顔に巻いた布で口と鼻を覆った"腑の魔女"が、患部に目線を合わせながら訊ねる。
「天井を高くしようと思って脚立の上に木箱乗せて、そこに3人で立って作業してたんですがね、ハンスがうっかりケツを突き出した拍子にぶっ倒れちまって。俺とハンスは何ともなかったんすけど従兄弟のガラングがやっちまいまして。先生に言われた通り、今度は引っこ抜かずにそのまま連れて来たんです」
「大きな進歩ね、よく出来たわネライズ。それじゃあハンス、ガラングを気絶させといてもらえる?」
「わかったよ先生!」
朗らかに答えるや否や、男の一人が患者の顔をぶん殴った。
たった一発で患者は失神し、呻き声は途切れる。
男たちは、何故か楽しそうだった。
その間に、"腑の魔女"は患者の左腿をきつく革帯で縛る。
更に色の濃い軟膏を取り出し、傷に塗るのではなく盛り付けていく。
治療というより、まるで建築か何かのようだ。
だが、それでも確実に、出血は抑えられつつあった。
「じゃ、手伝いなさいフォーリーズ君。木を引っこ抜くの」
手元すら見ず針に糸を通して結び目を作る。
クロスは「はあ」と気の無い返事を送りながらも、逆らわずに歩み寄って、刺さっている木を掴む。
ただの木切れであるのに、掴んだ瞬間に人の足まで一緒に動くのは、何とも言えない気持ち悪さを覚えさせた。
人の体が、肉体ではなく単なる物体の一部になってしまったようで、思わず顔をしかめてしまった。
「あの、もし中で引っかかってたらどうすれば」
その不安を、違った形で表す。
今や質問は彼の十八番だ。
「だから力を込めて思いっきり引っ張るのよ。触った感じじゃ大してガッチリ食い込んでなかったし、まあ大丈夫でしょ」
針を左手に握り込み、右手で焼き鏝を引き抜く。
「じゃ、いくわよ」
どうやら今すぐ始めるらしい。
クロスは質問もそこそこに、慌てて木切れに向き直って手に力を込めた。
ちらりと横目で見遣ると、男二人は患者の上半身を押さえつけていた。
「引っこ抜いて!」
「はっ!」
思わず声を張りながら、木切れを引き抜く。
めりめりと何かを裂くような、一瞬の感覚に背筋が震えた。
止血のおかげで血は噴き出さなかったが、それでも傷口に濁った血が溢れる。
患者の体も痙攣し始めた。
「あっちの薬品棚の白い壺! 中身を5滴患者に飲ませて!」
「はい!」
だが固まってはいられない。
木切れを放り捨て、指示通りに白い壺の中に入っていた緑色の液体を5滴、口の中に垂らした。
すると、程なくして痙攣は収まり、患者は白目を剥いて引き続き昏倒する。
"腑の魔女"はまず魔力を傷口に叩き込み、小さな衝撃波で溜まった血を飛び散らせて除去。
盛り付けていた軟膏を匙で傷口に広げ、その上から焼き鏝を当てる。
すると、軟膏は僅かに膨らんで膜のようなものを形成した。
木切れの残した破片や繊維も、ピンセットで丹念に取り除いていく。
血だまりを掘り当てた時は、その都度「血ィ!」と叫んで、クロスに血を除去させていた。
「ハイ! これで全部ってことにする!」
破片を取り除いた後は、損傷した筋肉を可能な限り軟膏で繋ぎ合わせておく。
完璧ではないが、接着剤の代わりにはなるのだろう。
あとは手早く傷口を縫合し、消毒用の酒をかけてから拭い、清潔な織り布を宛てがった。
包帯巻きまで自らの手で済ませると、二人の男に奥の寝台まで運ばせる。
「はーい、一丁上がり♪」
上機嫌で針を針筒に放り込む。
あれほどの怪我だったのに、処置は30分程度で全て終わってしまった。
「お疲れ様です」
労いの言葉は彼女に向けたものか、それとも自分に向けたものか。
さきほどの寄生虫除去と合わせて、短時間で精神的な衝撃をいくつも受けた気がする。
だが、休むことなど、どうやら出来そうもなかった。
「何言ってんの、疲れるのは今からよ」
ドアを叩く音と「先生!」と叫ぶ声が、玄関の方から響いてきた。
"腑の魔女"は新しいガラス管を懐から出し、またもや一息でせせり上げた。




