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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
光の章
34/211

光の魔女11

「まずは、だ」


さしものキルデンザックも言葉が堅い。

敵意を以って睨みつける"光の魔女"の眼光を、己の弁舌のみで変えねばならないのだ。

如何な豪傑であれ、先を案じてしまう事態であろう。


「魔道士会の代表者として、非礼を詫びさせていただきたい」


両膝に手をついて頭を下げても、彼女の眼差しは敵意から不審へ変わるのみ。

事前の見立て通り、かなり難しい説得となるのは明白だった。


「……一体何のつもりよ」


案の定、全く信用されていない。

彼女は両足を机に乗せ、眼鏡越しに明らかな警戒の視線を注いでいた。


とはいえ、キルデンザックも怯んではいられない。

肩には力を入れたまま、頭を上げ、言葉を浴びせようと息を吸った。




まさにその時、魔力昇降機の隠し扉が開け放たれた。




「!?」

「んなっ」


びくりと体を震わせる"光の魔女"と、吸った息そのままに驚愕の声を上げかける魔道士。

扉を開け放ったクロスの右腕はそのままキルデンザックへと向けられており、その中指と親指が摘んでいるのは暗黒の小石。



"ガル・プリズム"である。



瞬間、光がキルデンザックの頭部で弾けた。

それはまるで小さな太陽の爆発であり、眩い閃光が全員に顔を背けさせる。


隕石の炸裂よりも遥かに激しい光は、しかし単なる光であるが故にまた一瞬で四散した。

眩しさに目を細めたまま光源に視線を移すと、そこには気絶して倒れている高位魔道士が一人。


"ガル・プリズム"は光をキルデンザックの脳に直接、それも大量に送り込んだのだ。

それは脳が塗り潰されるほどの衝撃であり、意識は一瞬のうちに漂白されたのである。

神経は機能不全を起こし、脳は負荷に対して緊急停止を選択。復旧には、しばらくかかるだろう。

常人ならば死に至るほどの熱量も生まれたが、ゴン・ガンク族の冷却角が正常に働けば、後遺症も瀬戸際で免れているはずだ。


「えっ、な、なに!?」


当然、"光の魔女"が困惑の声をあげる。

それには構わず、クロスはプリズムを握り込むと、つかつかと部屋に歩み行った。

そして、気絶しているキルデンザックの首根っこを掴んで引き上げる。

膂力のみでは無理があったので、魔漏法で相手の体全体を軽く浮かせつつ持ち上げた。


「"光の魔女"様、魔道士会の狙いがわかりました。明日プリズムを盗む予定だったんです。それでこいつは今日、保管場所を探りに来たんですよ」

「なんですって!?」


椅子から立ち、颯爽と机を飛び越えて、気を失った魔道士に詰め寄る。

その表情には、かつての怒りと新たな怒りが共に宿っていた。


「場合によっては今日盗まれていたかもしれません。なのでプリズムは今までお預かりさせていただいていました」


拳を開き、握り込んでいた"ガル・プリズム"を差し出す。

"光の魔女"は「でかしたわ!」と叫びながら、ひったくるようにそれを手に取った。


どうやらクロスの話を信じたようである。

疑おうと思えばいくらでも疑える話なのだが、魔道士会への敵愾心と集中的な思考が、それを妨げているようだ。


「そうだ、クリンは? 無事なの?」


せいぜいが、クリンの身を案じる程度であろう。

とはいえ、それは二人の絆の強さの証左でもあるのだが。


「ご安心を、この策はクリンさんが私に授けたものです。こいつが動きやすい状況をあえて作って、馬脚を現したところを押さえる。当然、彼女の安全は確保してあります」


本当は、全ての作戦を考えたのはクロスである。

師とエルガンの知略から学び、経験の中で培った策略であった。


「とはいえ、魔女協会に所属する私が魔道士会の高位魔道士を手にかけたというのは、どのような事情であれ厄介な事態を引き起こしましょう。こいつは解放せざるを得ませんが、"光の魔女"様には口裏合わせをお願いしたく……」

「わかったわ!」


張った胸をどんと叩く"光の魔女"。

実際にはキルデンザックがこの件を公にすることは、まず無いと思われた。

この面談自体が監査の規則に反したものである上に、魔道士会の意向からも外れている。


だが、重要なのは、この犯行に"光の魔女"を巻き込むことだ。


「ではまず、"光の魔女"様はずっと執務室にいらっしゃいましたが、こいつは来ていない。来たのは私で、用件はこいつの伝言をあなたに伝えに来た、というもの。伝言はこうです。『検吏より帰宅を命ぜられたが、己の職務を全うしたい。そこで隣の寝所を貸して欲しい』。これです」

「ふむふむふむふむ、絶対貸さないけどね」

「気絶したこいつを隣の寝所に放置しておくための方便ですよ」

「わかってるわよ。普段だったら絶対貸さないってのを、念押ししたかっただけだから」


共犯者として、クロスは"光の魔女"の信頼を勝ち取ろうというのだ。

魔道士会を、キルデンザックを生贄として、それらに対する不信感と敵愾を利用する。

彼女の心に取り入り、それからプリズムに関してクリンと共に説得を始める。

それが、この策略の骨子であった。


「あとはとにかく知らぬ存ぜぬで通してください。この部屋で起こったのは、私が伝言を伝えに来た。ただそれだけです。大丈夫ですか?」

「ばっちしよ! 久々にスカッとしたわ!」


作戦は順調に進んでいる。"光の魔女"は実に楽しそうな笑顔を見せ、言葉も弾んでいた。


「あ、プリズムを戻さないと」


かと思えば、唐突にもう一つの隠し扉へと向かう。


信頼の掴みは確保した。時間をかけて、説得していく準備は始められた。

だが、問題はその時間が無いという事実である。

明日か明後日になれば、検吏の視察によって"ガル・プリズム"は発見されてしまうだろう。

いくら隠し扉で隠していても、プリズムを置く広間は、設計図と突き合わせればあまりにも不自然な空白だ。

魔道士会もプリズムを発見しない限りは必ず食い下がるであろうし、隠し通すのは無理がある。



では、どうするか?



クロスは意地の悪い笑みを密かに浮かべた。



隠し扉の先の広間では"光の魔女"が疑いもせず、黒石を中央の台座に置いた。


そう、"ただの黒石"を、である。


クロスはキルデンザックに向けてプリズムを使用した後、握り込んだ手の中と袖を通じて、プリズムを精巧な偽物とすり替えたのだ。

彼はそれを今、袖から取り出して懐へ仕舞い込む。

偽物は昨日クリンが作ったものである。"ガル・プリズム"開発の過程で生じた失敗作の一つを、正確に成形し着色したのだ。

無論、魔力を流せば欠陥品だとバレてしまうだろう。だが"光の魔女"は魔法の使用を禁じられている。

キルデンザックに向けて"ガル・プリズム"の力を使って見せたおかげで、疑いも抱いていない。


目的は、このプリズムが「欠陥である」とバレるタイミングを最高のものにしておくことにある。

魔道士会と検吏が見守る中で、プリズムが不完全で僅かな力しか見せなかったら?

ウンともスンとも言わない小汚い石に大騒ぎしていたのだ、と彼らが自覚してしまったなら?


それは、もう魔道士会からも行政使府からも無視されるだろう。

魔道士会は赤っ恥をかかされ、暫くの間大人しくなるだろう。

"光の魔女"を真の狂人だと断じ、今後手出しを控えるだろう。

商売には影響するかもしれないが、これで確実に監査をやり過ごせる。


「ねーえクーロースー?」


隠し扉の廊下から間延びした問いが響く。

執務室に向かって歩きながら"光の魔女"が叫んだのだ。

クロスは慌てて笑みを消しつつ「はいはい」と振り向いた。


「明日か明後日に連中にプリズム見せんのよねー? だったらあたしも立ち会った方がいいんじゃない? 魔道士会の連中がその場で盗むかもしれないしさあ。絶対いた方がいいよ。クルーラーだからそう思うよ?」

「いえ、いえ、それには及びません。私がしっかりと責任持って立ち会いますから。それより"光の魔女"様には、クリンさんと一緒に魔道士会の動向を見張っててもらいたいです。最悪プリズムは盗まれても、魔女様の頭脳があればまた作れます。プリズムと魔女様をこいつがいる部屋で一緒にさせる方が危険ですよ」

「そーゆーもん?」

「そうです」


"光の魔女"の前でプリズムが偽物であるとバレるような事態は避けなくてはならない。

彼女は「問題なし」という結果の通知を、行政使府から受け取るだけで良いのだ。


「それより、こいつを隣の寝所に運びましょう。手伝ってくれませんか?」

「え〜。重そうだし汚そうだし、やだ。やだってのは、つまり、嫌なのよ」

「誰にも見られてないか、廊下を見張ってくれるだけでいいですから」

「そんなら大丈夫」


軽快な足取りでドアへと向かう"光の魔女"と、ゴン・ガンク族の重い体を引きずりながらえっちらおっちらと向かうクロス。


作戦は順調だ。この額から流れ落ちる汗すらも。


力を振り絞って巨体の男を引きずりながらも、クロスは笑みを浮かべていた。













キルデンザックが寝所で目を覚ましたのは夕方ごろだった。

寝台の上で意識を取り戻し、素早く上体を起こして周囲を見回す。


(ここは?)


見覚えのない部屋。だが、華美な装飾や純白の建材から、光陽社の内部であるのは見て取れた。


彼は記憶を遡る。意識を失う前、自分は"光の魔女"と面談を始めようとしていたはずだ。

なのに、いきなり壁の中からクロス・フォーリーズが現れて、視界が白一色に染まって頭に衝撃を感じた。

そこで記憶も意識も途切れたのだ。


一体、何があったのか? どんなに考えを巡らせたところで、答えは出なかった。


しかし、枕元に置かれた一本の木の棒は見つけられた。

木の棒は壁の中から伸びている紐が括り付けられており、字の書かれた木片が添えられていた。


『目が覚めたら、これを引いてください』


キルデンザックはまるで逡巡せず、その通りにした。

木の棒を引くと、壁の中を何かが滑り落ちていくような音が、下階へと吸い込まれていく。


それから間も無く、微かな音を立てて出入り口のドアが隙間を作った。


「お目覚めですか?」


隙間から顔を出したのはクロスだった。

彼はそのまま素早く体を滑り込ませると、ドアを静かに閉める。


「先ほどは失礼を。あなたのやり方では、かえって事態を悪化させかねなかったので」


椅子に腰掛けることなく、立ったままキルデンザックを見下ろす。

彼は向きを変え、寝台の上に座るような形でクロスに向き合った。


「一体、何のつもりかな?」


それは、あらゆる状況に対する問いであった。

気を失う直前に"光の魔女"から浴びせられたのと全く同じ言葉でもある。

なんだかそれがおかしくて、クロスは口を真一文字に結んで笑みを堪えた。


「いえ、ね、少々心変わりしまして。あなたは信用出来そうな方だな、と」


堪えた笑みを飲み込み、平然を整え言い放つ。

キルデンザックは鼻でため息をついた。


「どういう計画なんだ?」

「話が早くて助かります」


クロスがキルデンザックを信用する気になったのは、彼が一人で執務室に現れた時だった。

あの時、魔道士会の人員は既に帰宅を命じられていたはず。

にも関わらず一人で執務室に現れるというのは、行政使府に対しても魔道士会に対しても、彼の立場を危うくしかねない行為である。

だが、彼は来たのだ。クロスからしてみればその時点で一つ目の賭けには勝っていた。

信用してはいないが、来るかどうかを試し、その想定で策を立てた。

すると、本当に彼はやってきたのである。クロスは内心で「マジかよ」と呟いたほどだった。


「説得には、時間がかかります。明日明後日には間に合いません。私とクリンさんで、後々時間をかけて思い留まらせたいと思います。今回は魔道士会と行政使府からプリズムを守るのを優先します」

「それで、どうやる?」

「それは申し上げられません。あなたが個人でプリズムを狙っている可能性も、まだ捨て切れませんので」


キルデンザックは片眉を吊り上げた。

大げさな動作ではあったが、意図は十分に伝わる。


「じゃ、なんで来たんだ?」

「あなたにやって欲しいことがあるからです」


預かっていたストールを差し出す。

刺繍された魔道士会の紋章が、男の眼下に迫った。


「『何もしない』。それがあなたにやって欲しいことです。検吏の問いに答え、設備を解説し、器具の状態を記録する。あなたには、ただ淡々と、監査の助言者としての務めのみに終始していただきたいのです」


再び、鼻でため息をつく。

突きつけられたのは提案というよりも命令に近い。

遥か年下の若造に指図されるのは、ゴン・ガンク族の男として屈辱も覚える。

何より、自分を信用すると言っておきながら、不信を基に計画を明らかにせず、それでいて従わせようとするは不遜も極まりない。


だが、既に機は逸した。彼の時間は終わったのである。

クロスとクリンの計略は彼の頭上を超えて進んでいる。


言われずとも、どの道彼に打つ手はもう無いのだ。


「わかった」


顔をしかめながらも、ストールを受け取る。

自らが及ばなかったのを認めるのは、学者として、魔法使いとして激しい苦悩を伴う。

だが、目的のためにあらゆる手段を講じるのもまた、魔道士としての矜持だ。

一人の屈辱より、一つの成果を。それが学術に対する真摯な態度というものであろう。


「よろしく、お願いしますね」


若い魔法使いが微笑みを投げかけ、それから踵を返す。

だが熟練の魔道士は、ストールを寝台の枠に乗せながら、その背を呼び止めた。

クロスは振り向かなかったが、構わずその背中に語る。


「"光の魔女"、クルーラー・グーニィは、お前やあの従者が考えている以上に、制御不能だぞ。あいつは学者だ。あの執着ぶりは、単に怒りや憎悪のみによるものではない。それを忘れんようにな」


だが、そこまで言うと、自嘲気味に鼻を鳴らして首を振った。


「なんだ、負け惜しみそのものだな。まあ、とにかく、武運を祈ってるよ」


気の抜けた声に、小さく「ええ」とのみ応えてクロスは退室した。




ゴン・ガンク族は武門の誉れ高き戦闘民族であり、その威名は"武"という言葉と共に轟いている。

何せあの統王もゴン・ガンク族の出身なのだ。キルデンザックもその覇道と無関係では無い。

しかし、彼は武に背を向け学問の世界へ飛び入った。

同族からは軟弱者と謗られ、学者からは愚かな蛮族と軽んじられる。

彼は彼なりに、その現実と戦って来たのだ。


人が人を嫌いになろうとする時、あるいは優位に立とうとする時、差別を道具として使う。

差別は理由や動機ではなく、無意識を意識が補強しようとする働きに過ぎない。

その程度でしかないものに、彼も彼女も、全力で立ち向かわなくてはならなかった。


幸い、キルデンザックには頑健な肉体と精神、そして恵まれた出会いがあった。

しかし"光の魔女"の狂奔的な偏執も、彼は理解できる気がしたのだ。


(今更、詮無きこと、か)


寝台に倒れ込む。ひとまずは、この寝所からは追い出されないようだ。


で、あれば、祈るのみだろう。

どうか、あの若者たちが正しき人でありますように、と。

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