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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
光の章
28/211

光の魔女5

「ご挨拶が遅れまして、大変失礼をいたしました。私、魔女協会学会取次役のクロス・フォーリーズと申す者です」


礼を尽くすクロスに対し、キルデンザックはまず、布巾で己の口を拭った。


「君が"シリネディークの弟子"か。先ほどは見苦しいところを見せてしまったな、掛けなさい」


それから、席に着くよう直接促すと共に、部下の一人に「席を用意して差し上げろ」と指示した。

指示は速やかに実行され、立ち塞がっていた二名も己の席へ戻る。

そしてクロスは、用意された席に躊躇いも不安もなく座った。


「中々肝が据わっているじゃないか。君の噂は色々と聞いているが、どうやら事実のようだな」


少し体を傾けながら背もたれに背を預け、両手を腹の上で組む姿は学者とは思えぬほど堂々として、威厳に満ちていた。

体格の良さも合わさり、その余裕と貫禄は実に堂に入っていた。

口調にも刺々しさはなく、王か、はたまた犯罪組織の長が如き風格があった。


「私をご存知でしたか」


しかし感心はしていられない。

それとなく、途切れぬような会話を続けていく。


「ああ、君のことは我々の間でも話題に上る時がある。屍術に革命をもたらし、人と生の関わりに大変な影響を及ぼした天才、9代目"屍の魔女"の一番弟子が男とあれば、嫌でも噂になる」


口調と言葉選びの端々には、皮肉が込められているように感じた。


「それだけではない。タルギンの件では、上手くあのドワアフを丸め込んだようだな。おかげで我々は、君らに対する優位を得る貴重な機会を逃してしまったよ。コギ谷の件でも、魔女協会はますます株を上げたな」

「しかし元々はナッグの件で魔女協会とタルギンが共に犯した失敗が発端です。結局は、収まるべきところに収まった、というだけでしょう」

「私が言ってるのはタルギン太守の婚姻のことだ。魔道士会にとっては大打撃だよ。今後暫くは、南東部での影響力は放棄せざるを得ないだろう」


だが、声色に怒りは無い。

淡々とした余裕と自信は、決して崩れも揺らぎもしていなかった。


「まあ、世間話はこのぐらいにしておこうか。一体なんの用かね?」


キルデンザックは背伸びをするように座り直し、両肘を肘掛けに置いた。

対するクロスは、体勢を変えずに、そのまま応える。


「ひとまずは、ご挨拶に伺おうと思いまして。無論それだけではありませんが」

「話が早くて助かるね。我々も仕事があるんだ」

「その仕事のことですが、行政使府はどのような判断に基づいて、今回の監査を承認したのでしょうか?」


問いに対し、立てた人差し指に頭を預けて僅かに逡巡する素振りを見せる。

それが単なる見せかけか、本当に逡巡をしているがための動作なのかは、見極め切れなかった。


「いいだろう、どのみち明らかになる事実だ」


彼はそう前置きした上で、語り始める。


「我々は以前から『クルーラー・グーニィ光陽社』で行われている危険行為について、学術集団の立場から警告を続けていた。公益を著しく毀損する研究が行われている、とね。その主張が今回行政使府の目に留まり、協議を重ねた結果、監査の実施という結論で合意に至った」

「魔女協会には事前通告が無かったようですけど……」

「当然だ。我々は光陽社に訴えを起こしているのだからな。光陽社は、偶然にもその長が魔女協会会員であるに過ぎない。魔女協会が業務の内容に干渉していないのは誰の目にも明らかだしな」


行政使府の中立性については、疑うべくも無い。全ての行政使府の直接的な責任者は統王なのである。

統王が両者に対して分け隔てない態度を維持する限り、行政使府も一方に過剰に肩入れすることはない。


だが、今回行政使府は魔道士会の要請を受け入れて監査を実行した。

しかも、監査に魔道士会の人間を数多く組み込んで。


おそらく、今回の魔道士会は行政使府に対し、一貫して"厄介な苦情者"という立場を意図的に取ったのだろう。

光陽社で危険な研究が行われていると主張し続けるのと同時に、行政使府に対してあえて有効ではない形で働きかけ続ける。

そのうち、行政使府は厄介者に応対する労力を割き続けられなくなり、根本的に魔道士会を黙らせつつ波風を立てない妥協的判断を下さざるを得なくなる。

それが今回の監査だ。「そこまで言うなら、自分で見てきてくれ」。それが今回の行政使府の立ち位置だ。

監査に魔道士会の者が多く参加しているのも、それが理由だろう。


魔女協会と光陽社が事態を把握できなかった理由はこれだ。

今回の決定はあくまで、魔道士会の誘導はあったものの行政使府内部での判断に基づくものであったのだ。


「それで、危険行為というのは何なんでしょうか?」


ともあれ、会話を続けねばならない。クロスは質問を投げかけた。

本来ならば答えづらい問いであるはずだが、キルデンザックは即答した。


「"ガル・プリズム"だ」


こう答えるだろう、との予想は当たっていた。


「あれは非常に危険な研究だ。流通によって巷を混乱に叩き込むのみならず、いち事業者がそれを完全に掌握してしまう。あの"光の魔女"が占有するのであれば、尚更な。だから中止させ、我々の管理下に置く」


一瞬、賛同しかけている己をクロスは自覚した。

"光の魔女"の様子では、危険を感じてしまうのは無理からぬこと。

本人の障害を加味したとしても、その感覚は覆せない。


しかし、その感覚は彼女の境遇と心情、魔女という特殊な文化背景に寄り添わないものでもある。


クロス・フォーリーズも、この魔道士会の者たち同様の、男に過ぎないのだろうか?

そう思うと、彼は己のうちに生じた賛同を速やかに振り払いたくなった。

それに、魔女にプリズムを渡せないというならば、魔道士に対しても同様ではないか。

魔道士会は公益や安全ではなく、ただ単に世紀の大発見を横取りしたいだけなのだ。


「監査の結果、その危険性が認められたとして、統王様がそれをお許しになるでしょうか」


クロスは、反撃に出た。

キルデンザックは、自若さを揺るがしはしなかった。


「プリズムは最終的には、我々の手によって統王様に献上仕る予定だ。分析や検証を済ませた上で献上したいが、そこまでの時は与えてくれぬだろう。統王様とて知恵者であらせられるからな」


言葉遣いこそ畏まっているものの、口調に敬意は感じられない。

周囲の部下たちも身じろぎひとつ見せないことから、魔道士会内部では通常の認識なのだろう。


その事実に、クロスは非常に単純な嫌悪を覚えた。


「結局は、学術的興味ですら無いというわけですか。手柄を立てて、魔女協会に後れを取り続けている状況をどうにかしたい、と。協会には独自の所領と自由がありますが、魔道士会評議のお歴々はお膝元に縛り付けられていますものね」


嫌悪の想いそのままに、少し露骨にすぎる挑発をしてみたが、物の見事に反応を見せた。

部下の魔法使いたちはクロスを睨みつけ、幾名かは腰を浮かせかける。

肩と二の腕の緊張から、膝の上で拳を握った者も多かったと察せられる。

彼らが何を重視し、何に誇りを持つか。これで明確になった。


「落ち着けお前たち。魔道士は常に冷静たれ、だ」


しかしキルデンザックは、その風格で以って部下たちをたしなめる。

その上で、話し合いには邪魔な存在でしか無いと結論付けたのか、「先に見回りに行ってこい」と命じた。

集団の威圧が通用するような相手ではないと悟ったのだろう。


死人たちに囲まれて育ったクロスにとって、人間などは既に恐れの対象ではない。

しかも、ここは光陽社。魔女の領域内であるのだ。

少し冷静になるだけで、恐れる理由など何処にもないと容易く気付けた。


部下たちが席を立ち、クロスを睨みつけながらぞろぞろと立ち去って行く。

キルデンザックはその行列を目で追い、食堂から出るまで見送ると、鼻でため息をついた。



そして、やにわに笑みをクロスへと投げかけた。



「いや、気に入ったよ。流石は"屍の魔女"の弟子なだけはあるじゃないか」


口調も、先ほどとはまるで違っていた。

余裕は残しつつも、見下した印象は無くなり、実に優しげで親しげである。


「懐柔するつもりですか?」


当然、クロスは突然の変化を訝しんだ。

眉をひそめ、むしろ警戒を強める。

だがキルデンザックは前傾しながら右手のひらを突き出し、打ち消すように「いやいやいや」と始めた。


「初めからこうしておけば良かったな。これまでの言葉は、魔道士会という組織での責任ある役職からのものだ。これからは私個人の意思によって話そう」


クロスは腕を組んだ。直後には足も組む。

必然、上体が退がり、相手から距離を置くような形となる。


「どういうことなんですか? 以後は信用しろとでも?」


疑うのは当然であったが、キルデンザックは意に介さぬとばかりに調子を崩さない。

己の肩を揉み、首を鳴らして力を抜きながら話す。


「知っているとは思うが、魔道士会は魔女協会のように自由な気風ではなくてな。責任ある立場となると、組織全体の意向に沿わねばならん。俺のような男には、実に肩の凝る話だ」


その態度は、むしろ先ほどよりはゴン・ガンク族らしい振る舞いではあった。

魔界由来の種族は、多くが自立心に富んでおり、組織より個人の尊厳を重んじる傾向が強い。

依存傾向が弱く、自力主義で、良く言えば自信家、悪く言えば互助意識を欠く。

そのような文化で育った者が、魔道士会のような排他的保守組織に属していれば、やり辛さを感じるのも無理からぬことだろう。


と、一応納得のいく道理は用意可能であったが、だからといって即座に信用する訳ではない。

とはいえ、警戒から注意へと、意識の硬度を少し下げておく分には問題ないだろう。

腕組みと足組みは解かなかったが、ひとまず心の内でのみ、対話に応じる心算を乗せておいた。


「それで、どういう話をしてくれるのでしょうか?」


切り替えた、というのならば相応の話をするつもりなのだろう。

ひとまずは直接的に訊ねてみると、キルデンザックはストールを引き抜いて襟を開いた。


「『魔道士会は"ガル・プリズム"を奪い取ろうとしている』と思っているだろう? それは正解だ。連中は"光の魔女"が"忌み子"であるにかこつけて、危険性を訴えて成果を奪い、政治利用するつもりだ。統王に献上する予定とは言っているが、それも怪しいものだな」


ローブを着崩し、砕けた口調で話す初老の魔法使い、というのはどこかちぐはぐだった。

しかし、まさしく文字通り胸襟を開いて話しているような印象は抱かせた。

少なくともクロスが抱いているような注意は、全く抱いていないように見えた。


「監査の目的も、最終的には"ガル・プリズム"の押収だ。そのために手間暇かけて、監査の現場に魔道士会の者が多数入れるようにしたんだからな。指揮は俺だが、評議の密命がもし部下の誰かに発されていれば盗みまで起きかねんだろう。それだけ、事態は深刻だ」


クロスは思わず呻った。

即座に信用は出来ないが、筋は通っている。

統王治世下での魔女協会の躍進に焦った魔道士会が、なりふりを構わない行動に出る。それ自体に奇妙さは無い。

だが、魔道士会の評議は全て統王によって王都に留め置かれているのだ。


「統王様は、その動きに気付いておられないのですか?」


僅かな材料からバンギン・タルギンⅧ世の愚かな夢想を看破した統王が、その程度の謀りごとを見落とすとは思えなかった。


「恐らく気付いてはいる。しかし中立を貫くならば、プリズムが魔道士会に押さえられ、更なる行動に移るまでは手出し出来んだろう」

「それなら良いではないですか。その時まで待てば、統王様が存分に喝破した上で上手く計らってくれるでしょう」

「それが問題なんだ」


キルデンザックは身を乗り出し、声を潜める。

周囲に視線を巡らせ、こちらを見ている者がいれば視線で追い払った。

そうして、誰も周囲で聞き耳を立てていないのを確認してから、用心深く口元を手で隠した。


「"ガル・プリズム"にどれ程の力があるのか、統王にはまだ知られていない。だが魔道士会の手に渡れば、早晩、統王もその力を知るだろう。俺はそれを避けたいのだ」


この言葉を受け、クロスはぎょっとして自らの周囲を見回した。

それから、腕組みと足組みを解き、相手と同じように身を乗り出して声を潜めた。


「それって、つまり、反逆行為を働くってことですか?」


意図的に、統王に情報が渡らないようにする。

法に触れる行為では無いが、良い印象は持たれないだろう。

最悪の場合、あの統王に"敵"と見なされてもおかしくはない。


「反逆には当たらん、俺は混乱を未然に防ぎたいだけだ。考えてもみろ、あの発明が世に出たらどうなる? 統王があの力を少しでも利用してしまえば、最早隠すことなど出来ん。あっという間に世界は乱世に逆戻りだ」


反論はできなかった。

"ガル・プリズム"は画期的な発明だ。世界を改革する技術だろう。

だが、画期的な発明すぎるのだ。あれを使えば、ごく簡単な魔術のみで、凄まじい力を誰でも操れるようになってしまう。


クロスが思い出していたのは"眼の魔女"の言葉であった。


『偉大なものを偉大な目的に使う時、多くの悲劇が生まれる』


三角連衡の乱の時、あの石があったならばどうなっていただろう。

死者の数は増え、土地は破壊され、統王に背く勢力は更に多かっただろう。

戦乱は続き、拡大し、分不相応な力を得た者たちによる分裂が今も続いていたに違いない。


技術の発展は魔女協会の命題であり宿命だ。

発明そのものに責任はなく、活用に責任は生じる。

我らは生み出すのみ。どう使われるのかは巷間に問う。


だが、通用するだろうか? 歴史とは、史学者が考えている以上に無感情で非倫理的だ。

人間の心の甘えを許さず、情け容赦の無い結果だけを淡々と突きつけてくる。

それの前では、論理など単なる後付けの言い訳に過ぎない。

責任は必ず生じる。だからこそ"眼の魔女"は身を捧げ続けているのだ。

それこそが、歴史に相対する人間の矜持なのであろう。

賢しいフリの浅知恵を振りかざせば、死者たちの応報が待っている。


「あの石は段階をあまりにも飛ばし過ぎている。まさしく規格外の天才から零れ落ちた、理外の技術。天から盗んだ火と同じだ。贖えもしない負債を背負うことになるぞ」

「統王様が、プリズムを使おうとするとは限らないのでは。危険性に気付いて、封印してくれるかも」

「統王の気まぐれに頼ってどうする。そんなのは都合の良い逃げ口上だ。それに統王が封印しようとしても"光の魔女"は返還を望むぞ。そうなればやはり、プリズムは世に出てしまう。発明者である"光の魔女"本人の意思によって、プリズムは封じられなければならん」


互いに、乗り出していた身を戻す。

おおよその話は済んだようだ。


クロスは頭の中で、これまでの話をまとめた。

魔道士会は政治的な復権を目論んでプリズムを狙っている。この時点で、魔道士会も隙あらばプリズムを活用する目論見があると推察できる。

統王は中立性を保つために、プリズムが魔道士会に確保されてから謀りごとをたしなめるつもりでいる。

そうすると統王がプリズムの力を知ってしまうこととなり、活用される危険が増大する。

そしてキルデンザックは、表向きは魔道士会の方針に従いつつ、プリズムが世に出てしまうのを阻止したい。


そこで、疑問が一つ生まれる。


何故、それをクロスに話すのか?


「何故それを、初対面の私なんかに話すんですか?」


キルデンザックは一呼吸置いた。


「協力してもらうためだ。"光の魔女"と一対一で話して、説得を試みたい。そのための場を用意するのを手伝ってもらいたいのだ」


プリズムを封印するためには、魔道士会にも行政使府にも魔女協会にも気付かれないようにしつつ、"光の魔女"を説得しなくてはならない。

邪魔も入らず、聞き耳も立っていない、二人だけの対話が必要となるのだ。


キルデンザックは初め、それを監査に伴う尋問という形で実現させる予定だったが、この方法にはいくつかの不安要素があった。

公式な尋問の形をとって密室を用意せねばならないため、説得の場の位置を部下たちや行政使府に報せない訳にはいかない。そうなると、密命を受けた者による盗み聞きの危険が出てくる。

"光の魔女"にかなりの警戒心を抱かせてしまうのも問題だった。監査の尋問という形から始まれば、信用を得るだけで相当な時間を浪費してしまう。


「だから、何故私なんですか?」

「君は中々話せる男だからだ。噂通り頭の回転も良く、思考も論理的だ。道理を尽くし、胸襟を開けば応じてくれるだろう。しかも光陽社にも魔道士会にも属しておらず、魔女でもない、最も自由に動ける立場だ。それでいて、魔女協会関係者として"光の魔女"の警戒を和らげられる」

「私はただの配達人ですよ。一存で、魔女協会の意を代弁するような名前の使い方はできません」

「そこを、なんとか頼む」


「この通りだ」と卓に手をついて懇願する。

齢も百を数えるであろうゴン・ガンク族が、自分の十分の一程度しか生きていない人間の若者に手をついて頼むとは、余程の決意と見えた。

恐らくは、正直に全てを明らかにしているのだろう。魔道士としては珍しく。

"ガル・プリズム"も世界にとって危険な発明なのだろう。


しかし──




「お引き受けいたしかねます」




──それらは全て、この男と手を組むべき理由にはなり得なかった。


キルデンザックは眉をしかめ、僅かに下唇を噛む。

だが怒りも失望も覚えることはなく、小さく何度も頷いた。

望み通りではないが、納得はしているのだろう。

会ったばかりの敵対組織の高位者に信を置かぬは、魔女協会で育った者として当然の反応であった。


「わかった。だが、プリズムの危険性は承知したはずだ」

「検討してみます」


あえて素っ気ない態度を取るクロス。

そのような状況にも、彼は腹を立てることなく、ただストールを襟に巻き直した。


「残念だよ。だがやはり、君は流石に魔女の弟子だな」


そして席を立ち、青い帯を曳きながら食堂を後にした。


残されたクロスは背もたれに体を預け、天井を仰ぎながら大きくため息をつく。

どこへ行っても、必ずそこで複雑な事件が起きる。

そのような我が身の運命を儚みながらも、立ち上がった。


残しておいた昼食を、食べ切るために。

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