一過のあとに
町は薙ぎ払われた。
崩壊した建造物、未だ燃え盛る炎、片付く目処すら立たない散乱した死体。
統暦開始以降、戦というものを久しく味わっていなかったこの町にとって致命的な損害だった。
生存者たちも座り込んでうなだれ、皆すすり泣くか泣き叫んでいた。
栄華と繁栄を誇った町の見る影はどこにもなく、全ての機能は破壊し尽くされた。
それはまさしく滅びの光景。破壊し尽くされた瓦礫と血の間に、鉄の彫像たちだけが屹立していた。
ほんの十数分の暴風が、なにもかもを破壊したのだ。
だが、全てが薙ぎ倒されたわけではなかった。
「あっ、魔女様ぁ!」
デイジーが手を振りながら走り寄るのが見える。
今回はこの鈍重な死人もずいぶんと役に立ってくれた。
かわいいやつめ。
「ち、血まみれだぁ、だいじょぶなのお?」
「ン」
口の端から垂れる血を拭って、その横を通り抜ける。
凛とした歩みと後ろ姿で応えるのだ、大丈夫よ、と。
歩みの先にいるのは"石の魔女"ガニツ・グ・スゥレイ。
走り寄ってくる前のデイジーの足下で鉄ゴーレムの骸に腰掛け、こちらを見ていた。
鋭く睨むような視線は、彼女の前に立つと不機嫌そうに不均衡に歪む。
「ちょっとその首大丈夫なの?」
襟を掴み広げて首を見せる。
服の切れ端の繊維で縫い合わせた傷口からはまだ出血もしている。
「縫イ合わゼて、自然ヂ癒ジます」
「声キッモ、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「問題ありマせン」
致命傷は何度かあったが、首を切られたのは初めて。
それでも、母がこれと同じ傷を残して任務から帰ってきたのをよく憶えている。
その時はよくわからなかったけど、"兵の魔女"になってから自分の見たものを理解できた。
首を切り落とされても自分は死なないのだろう、と。
「そう、こっちは見ての通りよ」
ため息をつきながら崩壊した町に目を向けた。
彼女の視線に追随すると、その先にはうずくまって放心する子供。
そばには母親と思しき女性の死体。
私は何度も見た光景だけど、この人は過去に一度見たきりだろう。
生きて再び見ることになるとは思っていなかった光景に違いない。
「町は半壊、工業地区は燃えまくってて鎮火の気配ナシ。奴らが居住区の北側を壊し尽くしたおかげでこっちまで延焼はしないけど、こっちもこっちでそこら中まだ燃えてる。あたしらのゴーレムはそっちで消火と救助させてるわ。なりが似てるから住民と衛兵はクソビビってるでしょうけどね」
工業地区がいやに明るいのはそれかあ、夕日かと思ってた。
「夫が早馬と伝書鳥を出させたはずだから数日中に近隣から救援の部隊が来るでしょうけど、まぁー厳しいでしょうね消火と救助は。復興なんてもってのほか」
「ひヅような物資ハ?」
「統制庫がいっこだけ残ったから行政使府がこれを開放すれば救援用もあわせて食料はなんとかなる。集積水路はぶっ潰れたけど水源は残ってるから水も確保は不可能じゃない。住まいは宗教がらみの連中がいま頑張ってるわ」
宗教施設は南側に集中していた。
町の出入り口に構えることで新規の信者獲得に繋げるためだろうが、今回はそれが幸いした。
そこそこの規模の建造物が多く残ったことで、避難所として活用できる。
「問題は燃料ね。まだまだ寒いこの時期に、ほとんどの薪はいま工業地区でボーボー燃えてる真っ最中。周囲に森も林もないし救援物資程度じゃこの冬ぜっっったいにもたないでしょうね」
「精製済みノまゼギ」
「いくらかはあるけど大部分はパクリゴーレムどもの魔力の影響で触媒化してるわ。危険だからいま魔道士会の連中が必死こいて回収してるけど、そこかしこで火事がやまない理由の一つになってるでしょーね」
「協ガい長は?」
「領内の『死人の軍勢』は統王の許可がないと動かせないから、周囲にちょこちょこいる死人を応援に向かわせるそうよ。連中がバラ撒いたとかいう種については、一応サンプルっぽいものは採取したから死人に届けさせるわ」
液体で満ちた試験管を取り出して振ってみせてくれた。
その中にほんの小さな、植物の種子が漂っているのが見えた。
「こいつが何なのか、いちおー協会長から話は聞いたわ。遺伝子変異による強制的な進化と方向性の限定……ちと話がデカくなりすぎじゃないの?」
「忌みゴこそしんガだと」
「奴自身が”忌み子”だから? とんでもない自己陶酔ね、今頃この光景をどっかで想いながらナニでもシゴいてんでしょうよ」
クランツについてもすでに大体は知っているようだ。
彼を殺さず生かした私を責めないのだろうか?
「……この種、あんたの体にも入ってると思う?」
「おゾらグは」
「そう」
驚いた、彼女は私に同情している。
詳しく知っているわけではないけど、彼女はそのような人物ではなかったはず。
そうか、気遣ってくれているのか。だから私を責めないんだ。
「心配にはおよビまゼン」
「ん?」
「ズデに、妊娠しデますのデ」
あんぐりと口を開け、ずり落ちた片眼鏡を慌てながら受け止めている。
大方予想通りの反応だった。
「ダから、少なくドもこの子にヴァ、種の影響はなイはズです」
理論上は、妊娠した後にこの種を植えられてもすでに成長の始まった胎児への影響はないはず。
次の子はどうなるかわからないけれど、対策を立てる時間的猶予は得られるし、そもそも対策なんて必要ないかもしれない。
彼らの望むような子供が生まれたとて、彼らの望むような世界が作られるとは限らないのだから。
「そ、そう。差し支えなければ、誰との子なのかはわかってるの?」
「クロス・フォーリーズ様との」
「へぇっ!?」
あまりの驚きのせいか身を引いて両手をあげた。
着け直したはずの片眼鏡が今度は吹っ飛んでいった。
「デイジー、拾っデ差し上ゲて」
「あいよ」
「え、えぇー、そんなことになってたんだぁ……」
デイジーから片眼鏡を受け取りながらも、驚きと衝撃を隠せないようだ。
頭を抱え、深呼吸し、落ち着いてからまた眼鏡を装着する。
「まだお腹が大きくなってないってことは、あと半年以上はかかるのよね? 相手は知ってるの?」
「いエ」
「協会長は? あいつの法定後見人でしょ」
「まダデす」
「なんてこったって感じね」
ふぅー、とタバコの煙でも吐き出すかのような長いため息。
それからゴソゴソと相互紙を取り出すと、何事かをさらさらと書き送った。
「今知らせたわ」
そう言うが早いか、ポケットの相互紙が震え始めた。
まあ、ちょうどいい機会なのかもしれない。
取り出して広げてみると、ずらずらと新しい文字が次々と書き送られて来続けていた。
それら全てをひっくるめて要約してみると、ものすごく大きな「どういうことなの!?」だった。
『協会長様』
まずそう書くと、文字の洪水はぴたりと止んだ。
続いて書くべきことを書き入れる。横から明らかに”石の魔女”が覗き込んできていた。
『結婚を許可してください。貴女様が私に、そしてあの子にどう命令しようと私はこの命を産みます。だからせめて、結婚の許可を』
誰も”兵の魔女”を止められないというのなら。
誰もアイラン・ヘルゼンデルを遮ることはできないというのなら。
今だけはそれを自らのために利用したい。
誰のためでもなく、私の決意のために。
あの時、私は”箱の緑”で何もかもが理解できた。
理解していると思い込んでいたことを、真に目の当たりにできた。
魂の奥底、業火の中に鎮座する彼女たちの姿を見た。
その悲願を知った。それが私に受け継がれていることも。
私は、解き放たれる。
返答にはしばらくかかった。
数十秒、あるいは数分だったかもしれない。
だが必ず答えが出されるものと信じていた。
『ゆるすわ』
わずかに滲み歪んだその文字が現れた瞬間”石の魔女”が何故か「よしっ!」と拳を振り上げた。
アイランはガニツと別れ、デイジーを伴って町を歩いていた。
次の命令を待つ間、町の様子を見回っていたのだ。
町はどこもかしこも惨憺たる有様だが、全壊はしていなかった。
大変な未来が待ち受けているのは間違いなかろうが、それでもなんとかしがみつきへばりつきぶら下がって町に居続けられるギリギリの手掛かりは残されていた。
ふと横を見ると、そういった場所の一つである天核教寺院が見えた。
すでに多くの人が詰めかけ、身を寄せ合うように座ったり寝そべったりしている。
その全員が疲れ切った表情をしており、生気の抜けたデイジーよりも死人らしい表情だった。
外に溢れ出た人々がそんな具合なのだから、中はさらなる密集状態だろう。
だが今の瞬間だけは、その密集がありがたく感じているはずだ。
そんな人々の間を、天核教の聖職者たちは行き交っていた。
一人一人に毛布を手渡し、温かい飲み物を施し、粥やパンを差し入れていた。
「やはり、薪が足りないか……」
その中に、あの天核教の男もいた。
数人の僧侶と何かを話し合っている様子であり、誰もが深刻そうに顔をしかめていた。
「日中はまだ耐えられましょうが、夜となると」
「寒さで眠れぬとあらば老人や怪我人の体力はもちますまい」
「瓦礫から使えそうな木材を探してはおりますが、手も時も足りず……」
さしもの天核教の男も表情は沈痛だった。
彼とて本来ならば助けてもらう側の人間である。
ゴーレムに襲われ、逃げ惑いながら生活を破壊されたのは皆同じだ。
なればこそ悔しさも歯がゆさもあり、なればこそ──
「もし」
──新たな何かも起こる。
崩れた塀の一部から入ってきた一団はドライードたちだった。
先頭にいるのはもちろんワウコである。
天核教の僧侶たちがにわかに色めき立つ。
警戒心もむき出しに、来訪者の一団に集まって人垣を形作った。
町の崩壊は、考えようによっては一つのチャンスだ。
これを機に勢力図を塗り替えんとしてうごめくものがいても不思議ではない。
事実、通りではすでにヤザレの拝火教のイカれた預言者や信者どもが早くも騒ぎはやしたて始めている。
滅びが到来した世界で救われるため預言に耳を傾けよう、などと喧伝して信者を増やそうとしている。
こいつらも、そうしに来たのか?
そう考え警戒したところで、仕方のないことだった。
「お前たちの相手をしている暇はない。お引き取り願おう」
門前も門そのものすらもう存在しないが、手を突き出して門前払いの意を示す。
だがワウコは後ろにではなく横に身をどかした。
その奥から数人のドリアード人たちが進み出る。
彼らが抱えていたのは、薪だった。
それも拾い集めたようなものではなく、たった今刈ってきたかのような大量の薪だった。
しかもそれらを、彼らは置いたのである。
まるで差し出すかのように。
「これは……?」
さすがに天核教の男も敵愾心より困惑がまさった。
そこへすかさず、ワウコの言葉が放たれる。
「こちらでお使いくだされ、我らは精霊様のおかげで寒さや暑さにはそれなりに耐えられますゆえ」
「それは、その、助かる、が……こんなに、一体どうやって?」
「瓦礫から手分けして拾うたものもありますが、ほとんどは"箱の緑"の木々を伐採いたしました」
「何ィ!?」
困惑の次は驚愕、そしてその後にはまた困惑。
"箱の緑"が、その中の自然が彼らにとって如何に大事なものかは、よく知っていた。
彼らと対立する者だからこそ、彼らがそれを何より大事にしているのを知っていた。
驚き、混乱せざるを得ない。どうしてそんなことをして、自分たちを助けようとするのか?
「……町がこうなっては"箱の緑"ももう維持できますまい。水路による水の安定供給も、土壌を維持するだけの収入も、空気中の魔力を保つほどの魔石も、全て消えました。結局、あの緑もこの町がなければ一季節とて維持できぬのです」
「そんなことが……」
「町の中に森を作り、それを囲って自立を気取ってみても……我らはすでに町の一部。その町が死にかけているのならば、手を取り協力し合うのが精霊様のお導きなのです」
天核教の男の顔がぐっと潰れ、シワが寄る。何かをこらえているかのように、その何かをこらえ切れていないかのように。
そして彼はついに、頭を下げて「かたじけないっ……!」と絞り出した。
その目からは大粒の涙がこぼれ、握り締められた拳は感動に打ち震えていた。
「俺は、俺は恥ずかしいっ。この期に及んで……なにが聖なる職の徒か。いま、己の未熟さを痛感いたしました……」
「弱みにつけこむような卑しき真似をしました、顔を上げてくだされ。薪はまだまだございますから、まずは暖を取る準備を整えなくては」
「心から感謝いたす。天落つるその日まで、この恩は決して忘れますまい」
薪を抱えたドリアード人たちは奥から次々と歩み出てくる。
人垣が開き、彼らはその奥へ迎え入れられた。
天核教の男とワウコはともに並んで進み、むしろ後者が前者の手を取って支えながら歩いていた。
町の崩壊は、考えようによっては一つのチャンスなのだ。
長年の対立と不見識と傲慢さの壁を越えて、和解への道をともに歩むチャンスへと。
「命ってぇのは」
それを遠くから見届けて、アイランはつぶやいた。
「誰が思ってる以上にしぶといもんね」
誰がどんな計画を立てたとしても、決してほしいままになんてならない。
おそらくきっと、それが命というものなのだろう。
アイランも学び成長していた。だから『スゥガ・タムト写本』は愚かな書なのだ。
命の真理を定義しようとして、命の限界を定めようとした愚かな男が一人いたというだけなのだ。
それでも思想と理は継承されていく。愚かなものであれ、弱いものであれ、そのせいで滅びるとは限らない。
だから戦わねばならない。放っておけばどう転ぶかわからない愚かさと戦い、滅ぼさねばならないのだろう。
疫病と同じだ、抗わねば蔓延するのみ。
それが良いものか悪しきものかは歴史が進まねばわからないのかもしれないが、少なくとも──
「──私の幸福は、誰にも邪魔させやしないわ」
それが、彼女の新たな信念だった。
果てしなく絶望しただうなだれている人々もいれば、早くも立ち上がろうとしている人々もいる。
カーギ・カリン無明派寺院は意外にも後者に分類されていた。
なんと、そこでは早くもパンとシチューの炊き出しが行われていたのだ。
しかも紡錘形のパンを二つに割り、中に穴を開けてそこへほとんど固形に近いドロッドロのシチューを注いで渡すという工夫ぶりである。
これならパンが器となるので一人一人の容器が不要となり、異様に粘度の高いシチューは冷めにくい上に染み出てもこない。
シチューとパンを交互に食べればこぼすこともなく、人々が列をなして温かい食事にありついていた。
パンを切り、三つの大鍋からシチューを注ぎ、列を整理しているのは無明派だけでなくカーギ・カリンの僧侶たちである。
カーギ・カリンの中で無事な拠点が無明派の宿舎のみだったため、そこに他派閥の僧侶たちも集まってしぶとく迅速に炊き出しを始めたのだ。
その中に、シヤナ導師の姿もあった。
大鍋からシチューをすくってパンに注ぎながら、注ぎ足しぶんのシチュー作りをせわしなく指示している。
一心不乱に働き、尽くす。そんな彼は杖を持っておらず、四つの目も全てが開かれていた。
やがて、働く中で四つの目が一つの姿を見つける。
正確にはその姿の奥から感じる橙色の魂を、だが。
「ヘルゼンデルどの」
「ン」
二人は少し離れた町中の瓦礫の一つに座った。
いまだ天高くまで炎が上る工業地区を一望できる場所である。
平素であればこんな場所から工業地区を見渡すことなどできなかっただろう。
だが建物が破壊され、その瓦礫の奥で夕焼けと見まごうばかりの巨大な炎が上がっている。
その光景は破壊的で叙情的で退廃的で……危険な美しさがあった。
拝火教の信者たちが炎に魅せられてしまう、その心理もわかる気がした。
四つの目を久方ぶりに開いたシヤナ導師にとっては情緒もひとしおだろう。
「目、開イたのね」
アイランの声はまだ歪んでいたが、雑音が混じることは少なくなっていた。
治り始めているのである。
「はい」
導師の声の方には、静かな決意がこもっていた。
力はなく、前向きな印象でもなかったが、何かを自分で決めた人間の声をしていた。
「救援が来て、少し落ち着いたら、私は本名を明かし全ての罪を告白します。どんな刑も甘んじて受け入れましょう」
全ての罪。
対する罰がどれほどの重さになるかは、誰もわからないだろう。
そう、わからないのだ。先のことなど、誰も。
「恐怖は克服できた?」
「いえ、なんの……結局、ただ黙って逃げ隠れして怯え続ける人生を恐れたまでです。恐怖に対して恐怖しただけなのです。あなたに言われて、ようやく私という人間の本質が恐怖なのだと、向き合うことができました。今更立ち向かうことも変えることも出来ますまいが……」
静かな語り口には諦めの色もあり、清々しさもあり。
「しかし、少なくとも目を閉じ続けることはもうしたくありません。怯え恐れるのならば、小部屋の隅でうずくまって震えるのではなく、あらん限りの大声で叫びながら野原を駆け逃げ回るべきだと、そう思ったのです」
「決めたノね、そうスるって」
「残りも多くない命ではありますが……」
シヤナ導師も、そろそろ別の意味で杖が手放せなくなる年齢に差し掛かるだろう。
だが彼は己を知った。停滞していた自身の魂への探求の旅が、ようやく始まったのだ。
誰に寄りかかることもなく、自らの意思で歩み、その先で死ぬだろう。
「上等じゃない」
ごうごうと燃え盛る業火に向けて不敵に笑ってみせる。
「シヤナ、お前にはこれからも協力してもらうわ。モタグと繋がる貴重な線ですもの、何もかも全てを衛兵と私たちの前で話してもらうわよ」
「無論でございましょう」
「その後は……個人的に協力してもらうわよ」
はて? と不思議そうな表情を浮かべる。
個人的な協力。これまで任務に忠実だった彼女が、自分なんぞにそんなものを求める意味が理解しかねたのだ。
「と、申しますと?」
訊ねると、アイランは立ち上がった。
数歩前に歩き、そのせいで表情が見えなくなる。
そして振り向かぬまま、炎と夕日の光を浴びた後ろ姿の逆光だけが目に映る。
「“箱の緑”で、私は本来の自分の感情を取り戻したの。私自身の魂の根源。”兵の魔女”になる前の少女だった私の気持ち。そこに、彼女たちもいた」
「彼女、たち?」
「歴代の”兵の魔女”全員。魂の劫火に巻かれ焼かれながらも、瞑想しているかのように静かに座って理性を保っていた。犠牲者どもの魂のように荒れ狂わず、我を忘れず、溶け合わず、己を繋ぎ留めていた。何故だと思う?」
シヤナ導師には、彼女の話の内容と意味がよく理解できなかった。
“兵の魔女”の橙色の魂がただならぬ存在であることは感じ取っていたが、それの正体までは見透かせなかった。
「伝えたかったからよ。彼女たち、全員の悲願を」
だが彼女は思い出せる。
あの瞬間、鮮烈に味わった己のかつての記憶と、根原の隣にあった燃え盛る30人の情景を。
その中には──母の姿もあったのだ。
「いま、その先端に私はいる。剣の切っ先に。だったら、私がなんとかしなくっちゃあね」
「悲願とは?」
問いをひねり出した直後、彼女は振り返った。
逆光で顔はよく見えなかったが、その立ち姿は……
崩壊した町の中で業火を背負い、暗闇をまとって立つ姿は……
まさしく、”魔女”。
「終わらせること」
全て理解していた。
“兵の魔女”が存在するのは、終わらせるためなのだと。
目を開いてから初めて、シヤナは目に映ったものに戦慄した。




