叫喚にて
まず異変に気付いたのは鉱夫たちだった。
地震にも似た地響きが彼らの足元を揺らす。
アンガナスでの地震は稀にあることだったが、これは一度きりの大波というより、水かさそのものが増したかのような振動の連続だった。
そして避難しようと動き始めた時、無数の坑道の地面を、壁面を突き破ってそれらは現れた。
人の形をした、鉄の塊。
鳴り響く駆動音はまるで猛獣のいななき。
体に走る光のラインは凶獣の威嚇模様。
坑道に収まり切らぬ巨躯が、むしろ坑道を押し広げながら自らをねじ込む。
鉱夫たちは大混乱と大恐慌を来し、押し合いながら我先にと逃げ出した。
叫び、怒鳴り、倒れた者を踏み殺しながら遮二無二走った。
最後尾は体を引きずりながら伸ばされた手に握り潰され、あるいは叩き潰される。
そして先頭は壁を突き破って現れた新たな鉄の化け物に逃げ道を塞がれる。
坑道いっぱいに押し込められた鉄に挟まれ、彼らは圧搾機にかけられるかのようにぶちぶちと奇妙な音を立てながら潰れた。
そのような光景が同時に、ほぼ全ての坑道で繰り広げられていた。
巣穴に湯を注がれたアリのように坑道から人々が逃げ散る。
その後を追って、鉄の巨怪が出入り口を炸裂させながら外まで溢れ出た。
外の作業員や職人たちは一瞬呆気に取られたが、鉄の化け物が手近な人間を握り潰すと悲鳴をあげて我先にと逃げ出した。
恐怖の表情で逃げ惑う人々の波は、新たに加わる人々によって混沌と化した。
衛兵たちですら事態を把握できず、抵抗などできなかった。
鉄の化け物は人間を、あるいは人間ではない物体を、見境などなく攻撃した。
しかし実際には見境はあった。怪人によって種を植えられた人間は、その種自体がマーカーとして機能し鉄ゴーレムどもの攻撃対象とはされなかった。
だが逃げ惑う人々の混雑と押し合い、恐怖と恐慌、そして崩れる建造物こそは完全に見境なくあらゆる人間に襲い掛かった。
化け物の群れは地の底より続々と湧き出でて、逃げる人々を追うようにあっという間に工業地区まで浸透。
あらゆる設備を、人間の文明的な叡智の結集をためらいなく単なる物質へと崩壊させていく。
無論、その使い手である人間ごとだ。
稼働中の炉にも容赦なく攻撃を加え、叩き壊し、あるいは引き倒し、最も単純な暴力で全てをなぎ倒していった。
工業地区のそこかしこで発生した火事はまたたく間に人々を巻き込み、炎に巻かれた者たちすら砕き、踏み潰しながらゴーレムは進軍した。
奴らのしていることは二つだけ。ただまっすぐ進んで、腕の届く範囲にあるものを手当たり次第破壊する。
泣き叫ぼうと、震えてすくんでも、一切の容赦なくひたすら実行していくのみ。
奴らに意思は無い。エレメンタルのような本能めいた自己保存の法則すらない。
術式に書き込まれたものをただ再現しているに過ぎない。
その点では、これは人工的な自然現象ともいえた。
災いはついに居住地区にまで波及した。
最も広く最も人口の多い密集地帯に最初になだれ込んだのは、そこへ逃げ込む人々の波。
恐怖と疲労に満ちた表情。目は見開かれ、呼吸は荒く、瞳は揺れ、汗と埃と血で全身が汚れている。
負傷している者も多く、工業地区と鉱山地区のただならぬ異変を遠巻きに眺めていた人々は、何か大きな事故を想像していた。
だが次に襲い来たのは、鈍色の光を放つ鉄の塊の軍団だった。
同じ歩調で歩み、同じ姿勢で進み、ついでのように周囲のものを破壊する。命であろうと命でなかろうと。
ほどなくして住民たちも逃げ惑う人々の波に加わることとなった。
だが居住地区の混沌は、他の地区のそれとは比にならなかった。
複雑に入り組んだ地形に人々は逃げ込み、ゴーレムはその地形そのものを破壊することもあれば同様に入り込むこともあった。
逃げる軌道と追う軌道がともに滅茶苦茶に入り乱れ、さらには出火によって町は大混乱に陥った。
殺戮と破壊、混乱と恐怖、泣き叫びながらさまよう子供の姿は人波に呑まれ、身を寄せて震える女たちに崩れた建物の瓦礫が降り注ぐ。
訳もわからず右往左往する腰の曲がった老人は、何も理解できぬままなぎ払われ顔に当惑を宿したまま倒れた。
何もなければ、ただ日常を送り、ただ一人の人間に受け入れられる程度の起伏を味わい、静かに見送られるはずだった人たち。
彼らが今さらされている理不尽の理由を、誰一人知らない。
ただ本能に従って逃げ、恐れ、混乱をさらなる混乱へ激化させる。
彼らにはそれしかできないのだ。
狩り立てられる子羊の群れ。それが今の人々だった。
その阿鼻叫喚の地獄を、モートは歩いていた。
ただ呆然と、あるいは陶然と、ある種の恍惚が彼に駆け巡っていた。
彼自身にとってもそれは意外だった。自分はもっと俗物なのだろうと思っていた。
だが滅びの只中にいて、彼は受け入れるかのように諸手を挙げて天を仰いだ。
その顔には笑みすら浮かんでいた。
「来たのだ! 滅びが!」
その目には天高く燃え立つ炎が映っていた。
鉄に踏みしだかれ、炎に巻かれ呑まれる命はそれらへの糧として捧げられたかのように、それらの勢いを増大させた。
炎は広く高く燃え上がり、天に届くほどの煙と火炎の形。ゆらめくそれはまるで赤い鳥の羽ばたき。
それを彼は見ていた。
「舞い降りたーーーーーッ!!」
それは宗教者が得られる快感の中で最大のものであったろう。
世界そのものに刻まれた亀裂であるかのように黒煙が天を走る。
ここから世界は滅ぶのだ。何も知らないモート、それだけは確信できた。
そして彼自身の小さな世界を終わらせるべく、背後に鉄ゴーレムが立った。
恐怖はない。存在しないのではなく、振り切ったのだ。
最早受け入れるのみ。ある種の諦観の安らぎすらあった。
終わらせるための拳が振り上げられ、男の姿が影に覆われる。
その直後、ゴーレムはひしゃげ潰れた。
絶大な破壊音と衝撃が走り、モートを吹き飛ばして気絶させる。
葉のように潰れ砕けたゴーレムの代わりにそこに立っているのは、ゴーレムだった。
だが、他の鉄ゴーレムとは明らかに異なっていた。
表面に鉄の装甲が張られているのは同じだが、その隙間から覗く地肌は岩石。
体躯も鉄ゴーレムより大柄で、胸で輝く水晶玉は赤い。
そして何より、そのゴーレムには中に人が乗り込んでいた。
「なぁぁによこれぇぇぇ!? あたしらのパクリで何やってんのよぉぉ!?」
ゴーレムの中で叫ぶのは長身の魔女、薬指に輝く結婚指輪もまぶしい"石の魔女"ガニツ・グ・スゥレイ。
一昨日に"兵の魔女"の連絡を受け、即日ゴーレムに乗り込み夜を徹して急いで参上したばかり。
だというのに町は酷い有様だ。しかも代々の"石の魔女"たちが組み上げてきたゴーレムをパクった連中の仕業で。
それじゃあまるで、それじゃあまるで……!
「腐れカスどもがあああ! 残らず捻り潰してくれる!」
目は血走り、拳に力が込もる。
一瞬のうちにここまでの怒りに達したのは初めてだった。
何よりも敬愛する先達の偉業を穢すような所業、許せるはずがない。
目に映る偽ゴーレム全てを粉みじんにすり潰したとしても、怒りは収まらないだろう。
「落ち着けレイ! 必要なことをするのだ!」
その背中に声が浴びせられる。
ゴーレムの背面に取り付けられた足場と柵、かつてクロスが押し込められた場所に今は屈強な男が一人立っていた。
「君は賢い、何をすべきかはわかるはずだ! 我らを導いてくれ!」
彼の名はアルネ・コギ・ドゥールン、程なくして姓がドゥールンからガニツへと変わる男だ。
大鉱山へ急行すると告げた直後、彼は何も訊かずに「俺も行こう」とついてきてくれたのだ。
その声に、意識を引き戻される。
怒りが冷めたわけではない。たぎる熱はいささかも衰えてはいない。
ただ、野放図にそれを撒き散らすような獣性に首輪をかけて乗りこなす。
ゴーレムを操るように己を操り、冷静さをなんとか繫ぎとめたのだ。
以前なら決して止めなかったであろう激情を踏みとどめたのだ。
一度、深呼吸。
「……そうねアル、あたしは"兵の魔女"と"屍の魔女"と共同して策を練る。あなたは衛兵たちに住民の避難誘導をさせて。ひとまず町を南西方面に抜ければ、少なくとも炎からは逃れられるはず」
「承知!」
颯爽と飛び降りるその手には衛兵仕様の槍が握られていた。
すね当てまでは無いが胸甲と兜はあり、これなら混乱した衛兵たちは言うことを聞くはず。
町のつくりは、ざっとではあるがゴーレムが跳躍中に上から見た。
ゴーレムに対して怯みも恐れもない彼ならば、可能な限り人々を助けられるだろう。
「アル!」
そのために駆け出そうとした背中を呼び止める。
長くはかからないことは知っていた。
故に、足を止める。
「絶対に、死なないで。こんな町の連中が何千何万死のうが知ったこっちゃないんだから」
愛妻の言葉につい顔がほころぶ。
そんな場合ではない時でも、むしろそんな場合ではない時だからこそ、その笑みは大きな力だった。
「お前の言った通りになったな」
「はぁ?」
槍を担ぎ、横顔だけを向ける。
自分は本当にこの女を心の底から愛しているのだなと実感しながら。
「『魔女の仕事に深入りすると痛い目見る』」
二人が初めて会った時に交わした言葉の一つ。
今では過去の思い出だが、大事な思い出の一つだった。
二人の心中の不安が氷解し、自然と笑ってしまう。
顔は見えずとも互いがそうに違いないと確信していた。
和らいだ心は不安や恐れよりも決意をこそより多く充填し、二人をそれぞれの方向へ駈け出させた。
「デュード、ゴーレム、戦闘態勢」
『音声認証完了、ディリツキオネス機関包括開放シマス』
「自動、自動、手動、手動」
『標的定義完了、戦闘機能管制ト平衡制御ヲ自動化シマス』
「っしゃ行くわよ!」
右足を踏み込むのと同時に両腕をひねりながら拳を握る。
ゴーレムは弾かれたように偽ゴーレムに突進し、子供を踏み潰そうとしていた巨体をバラバラに吹き飛ばした。
周囲の偽ゴーレムが一斉に振り向き、一秒程度停止。
その後、”石の魔女”のゴーレムに向かって歩き始める。
どうやら単なる破壊対象ではなく、敵として優先排除するよう術式が切り替わったのだろう。
好都合だ。
逃げ散るハエより、わらわら集ってくるアリの方がまとめて潰しやすいというもの。
しっしっと追い払うように子供を逃がしてやると偽ゴーレムの一体に突っ込み、胸部に指を突き立てて握り潰しながら持ち上げる。
それを投げつけて三体をまとめて鉄くずに加工してやる。
その背中に衝撃が走った。よろけながら振り向くと、別の個体に拳を叩き込まれていた。
肘をそいつの方に向けて”ディリキンの槍”の術式を文字玉から起動。
肘から伸び出た槍が偽ゴーレムを串刺しにして縫い止める。
左から新手が一体、火の玉のような勢いで突っ込んでくる。
実際、そいつは燃え移った火をまとったまま体当たりを仕掛けてきていた。
両肩を掴んで受け止めながら踏ん張ると、地面を数mえぐりながら後退した。
しかしそれで完全に受け止められた。踏ん張った後ろ足を振って蹴り上げると、ひしゃげた胴体からばらばらと部品を撒き散らしながら吹き飛ぶ。
だが間髪入れず今度は前方から三体が突進。
「射出!」
咄嗟に叫ぶとディリキンの槍が腕に沿うようにして前方に発射され、二体をまとめて串刺して建物の壁にはりつける。
残った一体は右拳で迎撃。事故のような衝撃音と共によろけてしまうが、敵の方はきりもみ回転しながら吹き飛んだ。
しかし次は四体、さらに次は六体、続々と敵は押し寄せる。
その全てを全力で対処しているところに、壁にかけておいていた相互紙がぶるぶると震えだした。
「あぁ!? 何よ!?」
片眼鏡のレンズを指で弾いて倍率を上げる。
戦闘は一時的に自動化し、目を凝らして文字に集中。
『アンガンドゥッツを追跡中、ゴーレム起動は奴が実行と思われる』
“兵の魔女”からの連絡だ。
「コミュニケーション機能TZ-18起動!」
『筆記を開始。入力は如何なさいますか?』
「音声! ノイズ消去度数85!」
『音声筆記を開始します』
相互紙の近くで小さな金属の腕のようなものがにゅっと現れる。
その先端は毛筆となっており、インクがしみ出る植物繊維チューブが寄り添っていた。
「現在居住区画でクソカスゴーレムどもと交戦中! 妙案乞う!」
『いけませんよスゥレイ、不適切な表現が用いられています。表現を規制して筆記いたしますか?』
「御師匠様音声コミュニケーション機能にそんなもん入れてたの!? あー んー えー 表現規制はひとまず全停! フィルターカット! 読み上げ確認も無し!」
『了解』
どんなに揺れていても、さらさらと自動で正確に相互紙へ文字を書き込んでいく。
“屍の魔女”と”兵の魔女”のそれぞれに繋がる二枚の相互紙両方に、一言一句一筆致にいたるまで、完全に同じ文字を。
ほどなくして、返事が現れた。
“屍の魔女”との相互紙に。
『ゴーレムは一斉に、同時に起動した?』
これは”兵の魔女”に対しても同時に送られているはずだ。
すぐに『左様でございます』との返事も浮かび上がって消えていく。
「ってことは、全部のゴミゴーレムを一括制御してる中央制御術式がどっかにあるはずよ! スタート用のエネルギーと一緒に起動のための術式を動かす命令も送らなきゃ起動なんてするわきゃない!」
『おそらくはアンガンドゥッツが所持しているかと思われます』
『それを手に入れたとして、停止命令をそこから送信できる?』
「バカパクリゴーレムは全部その一括制御術式と形式上は接続されてるはず! あたしが一体とっ捕まえてそこから中央制御に停止命令の術式を送るから、そっから全ゴーレムに停止命令を分配送信すりゃあ理論上は全滅するわ!」
『停止命令術式、作れるの?』
「あたしは”石の魔女”よ! こいつの術式の解読なんざとっくに全部済んでるわ!」
群がるゴーレムの一体をひっ掴み、胴体に手をぶち込む。
奥まで刺し入れるのではなく、ゴーレムの指が逆方向にキリキリと曲がって手全体が錨かカギのようになって外郭を内側から引っ掛けた。
そうして駆動系を破壊しつつ動力と魔力炉の中枢術式は破壊しないよう保持して、跳躍。
残った噴射用の水を全て使い切って大跳躍し、数10mは離れた建物の屋上に着地した。
ゴーレム二体が落下してきて耐えられる屋根などあるはずもなく、天井をぶち抜きながら屋内に落下。
捕えた敵を床に押し付け、指の形を元に戻す。
この家はどうやら無人のようだ。都合がいい。
住人がうまく逃げ延びてくれていることを祈る。
「生け捕り成功。今から接続して停止命令の術式を作る!」
魔力炉を掴み、配線ごと無理やり引きずり出す。
まるで心臓を引きずり出すかのように。
だが動力は殺していない。
魔力炉を掴んだままのゴーレムの前面が開き、そこからガニツが姿を現す。
籠手から両手を、固定された厚底ブーツから両足を引き抜きながら降りると、人差し指の指輪から文字玉を展開した。
紫色の球状の光が魔力炉に押し付けられると、炉そのものに刻まれた術式が転写されていく。
ゴーレムに炉を回転させながら必要なぶんだけの術式を選んで写すと、文字玉の中でそれらを改変する。
羅列された数式の数を書き換え、邪魔な防護数列や自己診断機能を丸ごと消し、停止機能術式に冗長性を付加して受信から送信に切り替える。
滑らかで素早い手つきでものの数十秒のうちにそれらを全て完遂すると、振り返って自らの手で相互紙に「できた、いつでも送信できる」と記した。
あとは、"兵の魔女"がアンガンドゥッツを捕えるのを待つばかり。
「さぁー急ぎなさいよ。全く新妻にやらせるこっちゃねーわよこんなこと」
愚痴をこぼしながらも文字玉に手を添えていつでも送信できる準備を整えている。
あとはアイランに託された。
"兵の魔女"に命運を任せる。頼もしいような、不安なような。
"石の魔女"は前者の比重が大きく、"屍の魔女"は後者の比重が大きかった。




