戦いし者たちよ
まずは先手を取る。
跳ぶのではなく走るのではなく、地面を蹴って滑るように距離を詰め、体勢を維持したまま突きを繰り出す。
正面からではまともに視認することすら難しい一撃だったが、難なく薙刀の柄で払うように受けた。
同時にそこを支点にして剣を抑えつけながら刃を振るう。
体重は乗っていないが、薙刀そのものの重さと遠心力と腕力で十分な速度があった。
剣を引きながら屈んで避けたが、その顔面に蹴り上げが飛んでくる。
もうほんの少しこの蹴りの動きが遅ければ、もう片手の剣で両断してやれたものを。
少々口惜しかったが、屈んだまま身を引いて回避。
そこに、今度は十二分以上の威力を持った横薙ぎが襲来した。
狙いは正確に、アイランの足。
だが、屈んだ体勢ということは跳躍の溜めが完了している体勢ということでもある。
大きく飛び退いて薙刀の射程外に逃れると、標的を失った刃は横にいるゴーレムの胴体を半ばまで叩き切った。
アイランも空中でゴーレムの一体を蹴り、獣のようにスル・ヤグの頭目掛けて飛びかかる。
薙刀はいまゴーレムの体に刺さって捉われている。
頭を割ってもよし、潰してもよしの絶好の機会。
ここはひとまず、叩き斬るのを選択。
まっすぐに、閃くように振り下ろす。
甲高い金属音が鳴り響く。
結果から言って、スル・ヤグの頭は割れた。
ただ、剣によってではなかった。
自ずから頭の皮膚が割れ、そこから伸び出た黒い刃がアイランの剣を防いだのである。
直後、アイランは相手の肩を蹴って再び飛び退いた。
そこへちょうど、黒い刃が躍り掛かる。
一瞬退くのが遅れていたら、胴を両断されていただろう。
「なるほどねぇ」
着地し、立ち上がる。
そして”それ”と向き合った。
スル・ヤグの頭と胴の皮膚は隙間ができたかのように割れ、そこから黒い刃にも似た突起が伸びていた。
薙刀をゴーレムから引き抜き、数歩歩み出ながらその皮膚はさらに裂け、果物の皮が如く剥げ取れる。
その下からさらに無数の黒い突起が伸び出て、そのうちの二つが脱いだ皮膚を後方でまとめた。
尻尾の位置から長くてしなやかな突起が薙刀の柄を掴み、鞭か特大の鎖鎌かのようにしならせる。
伸び出た突起の塊は頑丈かつしなやかで、それは足にもなり手にもなり、その集合の奥から真の頭部が覗き出た。
まぶたもない二つの真円なる黄金の目、それが張り付いたかのようについているだけの頭部。
それはゴーレム以上に生物らしさを感じさせなかった。
だが、アイランは知っている。目の前の生物がなんであるのかを。
「ハンターとはね、合点がいったわ」
スル・ヤグがいつからハンターに入れ替わっていたのか?
それは後世の歴史家たちの間で時折議論されることがあった。
家族と暮らしていた頃はおそらく本人だっただろう。
その家族と戦火によって離れ離れになった時期か?
それとも修道院で生活していた時期か?
はたまた還俗する際に入れ替わって、実際にはハンターが還俗していたのか?
あるいは生活のどこかで入れ替わって、それゆえにクランツに見出されたのか?
はたまたはたまた、最初からスル・ヤグなど存在しておらず家族はハンターと知りつつ娘として育てていたのか?
ともあれ、時期的に見てもスル・ヤグは明らかに世界で3例目の「人間化したハンター」であることは間違いない。
今現在対峙しているアイランにとっても、それは重要な事実だった。
何せ、初めての相手だったからだ。
「スル・ヤグだったかしら」
人間化したハンター、ヘリルメリアのことは知っている。彼女の夫だったヴォロイスのことも。
だがあの二人は、生来の高い身体能力と磨かれた判断能力に基づいた戦闘力を持ってはいても、あくまで専門は軍事と指揮。
将軍としての、指揮官としての訓練と学問を積んだ個体であり、兵士ではない。
しかし目の前にいるこのハンター、さきほどの動きは明らかに訓練され、経験を積んだ戦士のそれであった。
体捌き、重心移動、武器と連動した体術、そして状況判断。
ただ獣のように力任せに暴れるのではない、兵士のように、戦士のように戦い目的のために集中して洗練する。
ただのハンターではなく人間化した者にしか不可能な業であり、戦士として一級品の研ぎ澄まされた個体など、世界で──歴史の上でただ一人だけに違いない。
肌が粟立つ。
未知の体験を前に心が弾む。
世界に一つしか存在しない極上の珍味が突然、目の前に現れたのだ。
他の全てを忘れ去るのも無理からぬことと言えた。
「絶対に忘れないわ、その名前」
ただ立ってなどいられない。
これ以上話してなどいられない。
おあずけなんて、そんなの我慢できない。
アイランが飛び出すのと同時に、スル・ヤグも駆け出した。
両者が激突する寸前、まずはスル・ヤグが背中の突起を伸ばして雨あられのように降り注がせる。
それら全てを、アイランの双剣はあるいは弾きあるいはいなして防ぎ切った。
だが読んでいる。その間に、死角から尻尾の薙刀が振るわれているのを。
体をたたみながら小さく跳躍して飛び越え、同時に突起をまとめて蹴り上げる。
そうして開いた道に、着地と同時に剣を叩き込む。
その一撃は交差させた短い突起に防がれたが、強く地面を踏み込むのと同時に体重と力を一気に剣にかけて押し込んだ。
スル・ヤグの体は後方に弾かれゴーレムにぶつかる。
それを追ってアイランが飛びかかりながら鉄をも貫く突きを繰り出した。
突起を二本両肩から上へ伸ばし、ゴーレムに引っ掛けると自分の体を巻き取るように引き上げる。
アイランの突きはそのまま鉄の胴を貫き、突き立った。
もう片手の剣を上へ振るう。
攻撃のためではない、ゴーレムの肩に乗ったスル・ヤグが振るう突起を防ぐためだ。
胴を刺し貫かれたゴーレムが倒れるまでの間に、一撃、二撃、三撃、互いの刃が打ち交わされる。
ついに鉄の巨体が倒れ地に着くと、その命なき命を殺めた剣がアイランの目の前に墓のように突き立っていた。
それを抜くのではなく、蹴り飛ばす。
刃は回転しながらスル・ヤグの顔面に迫ったが、二本の突起で上下から挟んで掴み止めた。
その柄を掴み、強く踏み込みながら強引にねじ込む。
火花を散らしながら直進する切っ先を、顔を逸らし、頬で受け流した。
黒い硬質な皮膚に切れ込みが入り、頬から血のしずくが飛び散る。
だが、即座に尻尾の薙刀を脳天めがけて振り下ろした。
アイランは剣を掴んでいた手を離さざるを得ず、帽子のつば先をかすらせながらも刃先の間合いから逃れた。
直後にスル・ヤグはコマかはたまた竜巻のように回転。
遠心力で胴への横薙ぎを放つのと同時に、掴み止めていた剣を投げつけた。
横薙ぎは、さらに後退することで回避。
だが飛来する剣は回避しきれない。
剣で受けるのも間に合わない。体勢的にも無理がある。
甲高いながらも、どこか鈍さのある金属音が響く。
剣は避けなかった。ただ、歯で噛み付いて止めていた。
そのまま後ろに倒れ込む。無論即座に立ち上がりはしたが。
なんという、強敵。
こんな相手は初めて。
ここまで防ぎ、ここまで攻め、ここまで精緻な技を繰り出しても、なお倒せない。
技術と身体能力、知覚力、戦いのカンと読み、すべてが拮抗している。
この相手は──刃では倒せない。
アイランとスル・ヤグ、ともに使う言葉に差異はあれど同じ見解を抱いていた。
目の前に対峙する存在との決着が困難であること、決着するまで戦えばともに斃れる可能性が大であること、予測ではなく確信めいた実感があった。
だがそれでも、二人は闘争を求めた。
動機はまるで異なるが、どちらも戦うために生み出され、自らをそうあるべきだと定義したのだ。
目的を成し遂げるためならば、どちらも命尽きるまで戦い続けるだろう。
無益な決着が待っていると知りながら。
片方はそれに快楽すら感じ、もう片方はそれを己が使命として魂に固着させているのだから。
どちらともなく、あるいはどちらも示し合わせたかのように突進する。
刃を振るい、体を捌き、五体にこれ以上無いというほどの力をたぎらせる。
一合、二合、三合、もはや数えることすら不可能なほど二人は剣戟を高速で回転させながら打ち合った。
たったの数秒で百を超える技が放たれ、百を超える技で応える。
交錯する刃のきらめきと風圧は輝く竜巻のように周囲にあるもの全てを散らし、ゴーレムどもでさえ巻き込んだ。
近づくもの全て切断され、弾き飛ばされ、ひしゃげ折られる。
それほどの激しさだった。
その打ち合いは──ほんの僅かに、スル・ヤグが優った。
手数の差は圧倒的で、遂にアイランの体を薙刀の柄で弾き飛ばす。
吹き飛ばされた細い体は空中でくるりと回転すると、滑り込むようにしてゴーレムの波間に吸い込まれて消えた。
スル・ヤグは即座に悟る。暗殺するつもりだ。
突起を周囲に伸ばして警戒範囲を広げ、どこから襲い来るか見渡しながら感覚に集中した。
ゴーレムどもがせわしなく動き回り、地上に向けて歩く中で”兵の魔女”の気配だけを感じ取らなくてはならない。
いかに訓練されたハンターと言えど、無理難題というものだろう。
だがやらねば負けるのだ。
この振動と音の嵐の中で、針一本落ちるのよりもかすかな足音を、砂粒一つ転がるよりも小さな振動を感知するのだ。
それは、一つの風切り音を感じ取った。
素早く、可能な限りの速度で振り向きながら同時に突起も振るう。
そこからは、ゴーレム同士の隙間から体を伸ばすようにしてアイランが剣を突き出していた。
それは一瞬の差。攻撃が確実に命中する間合いに来るのよりも、気付くのが一瞬だけスル・ヤグの方が速かった。
囲むようにして全方位から突起が襲いかかる。
これは絶対に避けられない。
暗殺を企む者は、確実に殺すために防御の体勢を完全に捨てざるを得ないのだ。
確実に、倒した!
そう確信したのとほぼ同時だった。
アイランの表情が、ぐにゃりと歪んだ。
彼女にとって見覚えがある形に。
それは笑顔。クランツが時折見せるような、歪みきった悪の笑みだった。
直後、背中に大きな衝撃を感じる。
全ての突起が止まるほどの凄まじい衝撃で、彼女はつい前のめりに倒れ伏してしまった。
一体なにが起きたのか、すぐにはわからなかった。
背中に走る熱さと濡れた感覚と奇妙な重さ。
それでようやく、何か大きなものが背中に刺さったのだと気付いた。
血を吐き、震えながらも振り返る。
そこには、ギロチンの刃が突き刺さっていた。
一瞬、何が起こったのかを理解できなかった。
分厚く大きく、傷つき荒れた地金の表面。お世辞にも綺麗とは言えないにぶい反射光。
だが紛れもなくついているのは自分の血で、刺さっているのは自分の背中だ。
鎖の音とともに引き抜かれ、スル・ヤグの後方──すなわちギロチンが飛んできた方向──へとすっ飛んでいく。
刃の背に取り付けられた鎖を引き、片手でそれを掴んだのは異様な巨躯。
ゴーレムほどではないにしろ、洗練された二人の鋭さに比べるとその姿はあまりに無造作で大雑把だった。
しかしだからこそ、その存在を感知し損なったのだ。
バケツのデイジー。あまりに大きな気配はゴーレムが立てるそれと同様のものとして切り捨ててしまっていた。
小さな気配を拾うために、小さなものに集中し過ぎて、かえって大きな気配がゴーレムに紛れてしまったのだ。
「ふぬおおおぉぉ!」
当然、一撃のみで済むはずがない。
体を大きく反らせ、片足を上げ、刃を持つ手を振り上げる。
まるで投げるタイミングも軌道もあらかじめ報せてあげようとしているかのようだ。
しかしだからこそ、それは恐るべき勢いで射出された。
途上に割り込んだ二体のゴーレムを吹き飛ばしながら直進する刃。
喰らえば──確実に死ぬ!
全ての力を振り絞って跳躍。
刃を避けつつゴーレムの上に乗る。
「おおおおおおおおお!」
だがデイジーは鎖を引き、全身の力を技も効率も読みもなくひたすら力任せに振り回した。
刃は弧を描いてハンマーとなり襲い来る。
すんでのところで回避はしたが、まともに食らったゴーレムは上半身が潰れて両足の付け根からもげ落ち叩きつけられた。
手に負えない。
まさにそう呼ぶのが正確だろう。
深手を負った状態で、こんなやつと"兵の魔女"を同時に相手するなど不可能極まる。
もはや撤退するしかなかった。
ゴーレムからゴーレムへと飛び移り、逃げるしかなかった。
どのみち、ここでの役目は既に果たしている。
計画が発動するまでこことアンガンドゥッツを守れれば、それでいい。
戦ったのはあくまで……ハンターとしての闘争心のせいだ。
相手があまりに強くて、見事で、酔いしれてしまった。
戒めないと。
「ふおおおおおおおお!」
鎖ギロチンを振り回しながらスル・ヤグの後を追おうとするデイジーだったが「もういい、放っときなさい」との言葉に制止された。
ギロチンを引き戻して鎖を己の体に巻きつけると、ちょうど分厚い刃を背負うような形で背中に垂れ下がる。
このギロチンは彼女が処刑人時代に実際に使っていたものだ。
ゆえによく使い込まれ、彼女の手にも馴染んでいた。
「デイジー、よくやったわ。上手くいった」
「ほんとぉ? よかったあ」
にへら、と溶けるような笑みを向ける。
だが"兵の魔女"の表情は固かった。
「こいつらは地上に向かってる。町をめちゃめちゃにするつもりよ」
「ええっ、じゃあみんなぶっ壊さねえと!」
「そうね。でも一体ずつ潰してったんじゃ時間がかかりすぎるわ」
「どうすんだあ!?」
「方法はある! そのためにはアンガンドゥッツを追わないといけないわ。奴の臭いは憶えた。案内するから、私を運びなさい」
「ほいきた!」
アイランをひょいと持ち上げて、広く安定した己の肩に座らせた。
細身の女性一人なら楽々座れるほどの肩幅と体幹である。
乗せたままでゴーレムどもを押しのけながら進むことなどわけもなかった。
その間にアイランは相互紙を取り出し、インクを絞って己の指先に付けると、大いに揺られながらも器用に書き始める。
まず最初に送った文字は、こうだ。
『状況開始、ただちの来援乞う。
ゴーレム 突入せよ』




