悪にて
昼前に一同は無明派寄宿舎の広間に集った。
一同、というのはここに最初に集った面々。
つまりはワウコ、モート、天核教の男と、彼らの部下たち。
シヤナ導師と"バケツのデイジー"もいたが、"兵の魔女"の姿だけがまだ見えなかった。
加えて、デイジーも何故か大荷物を背負っている。
「犯人がわかったのなら衛兵に告げるだけで済むだろう。何故こんな場所に呼びつけられねばならないのだ」
天核教の男は不愉快そうに腕を組み人差し指でとんとんと速いリズムを刻んでいる。
「誰が犯人かなど無意味なことだ。どうせこの町は炎に沈むというのに」
モートはヒゲをいじりながら余裕を見せつけるように鼻を鳴らす。その目はアイランがどこから現れるかを常に探していたが。
「はぁ……」
ワウコのうつむきながらのため息は呆れのためか緊張のためか。
「まぁ、いい加減いがみ合うのにもいささか疲れました。ここいらで幕が引けるならば、と考えたのだから我ら自身ここに来る気にもなったのでしょう?」
ただ、ひとつだけあの時から顔ぶれが増えていた。
アーゲルン人の男性で外見はシヤナ導師より一回りは老いている。
彼はカーギ・カリン原理主義派のアンガナス修学院院長。その名も"去りし蹄跡"。
カーギ・カリンには『厭世』という理念があり、実世界と一定以上の距離を置くことで事象に惑わされることなく純粋に魂を感じ取り、我欲と感情を制御し完全な調和を目指す教えを為している。
その方法が無明派は「目を塞ぐこと」であり、この男は名捨ての誓いにより「名前と血縁を捨てること」なのである。
もっとも、この理念は後年に於いてはいかにより重要なものを捨てられるか、を競って敬意や地位を求めるための方便または権力構造と化していったが。
モートがふっとわざとらしく鼻で笑ってみせる。
「何がおかしい」と咎められれば、萎縮するどころかますます不敵に笑った。
「あの"兵の魔女"は犯人をここで暴き立てるつもりなのでしょう。我らは一連の事件の関係者なのだからな。一番に知る権利があるというわけだ」
「だから何だ?」
「いや、なに、"異教殺し"は……脳眼野郎の得意技だと思いましてな」
表情が嫌悪に歪む。"去りし蹄跡"とシヤナ導師の両方の。
「……我らカーギ・カリンでは古より、疑いには根拠が求められます。預言には無用の智恵でしょうが、我らは魂同様、脳もよく発達しておりますゆえ、猿よりは賢きとの自負は持ち合わせております」
「ほっほっほ、さすが修学院の院長ともなれば達者な言葉遣いだ。しかし拙僧は疑いを抱いているわけではない、ただ歴史を語ったまで。それに犯罪というものの大部分は再犯によると言いますからな。こっちはただの一般論だがね」
この言葉には天核教の男も顔をしかめた。
皆が直接言及しなくとも知っていた。モートが言っているのは『ヨルフェルンの涙』のことだ。
アーゲルンの正規軍とカーギ・カリンが手を組んで、魔界領ザック=ボーンにて天核教徒を虐殺した事件。
近頃は濡れ衣だと判明し名誉が回復されたものの首謀者とされたエインスラック婦人は稀代の悪女と歴史に刻まれ、事実上アーゲルンの国家政体の崩壊が始まった大事件である。
動員された兵士4000名弱は29人のカーギ・カリン僧侶たちに率いられ、たった一日で死亡した天核教徒は5万以上、巻き込まれた一般市民は1万以上。さらに混乱によって一部市民や巡礼者が暴徒化、異民族とアーゲルンの民族間で長年堆積し続けていた対立まで噴出し、殺し合いは制御不能なほど拡大して都市を覆った。
最終的な犠牲者は10万以上とも20万以上とも言われ、その暗き影は現在にまで色濃く影響を残している。
何せ、この大虐殺からはまだ約70年程度しか経っていないのだから。
カーギ・カリンは消えぬ負債を負っていた。
それを自覚しなければ、存在を抹消されるだろう。
統王が抑え、制御していなければ、一瞬後にはあらゆるものが彼らを消そうとするだろう。
だからモートは強気に出られるのだ。カーギ・カリンは最終的には、引かざるを得ない。
だから彼らは事件に対しても消極的なのだ。
だから"去りし蹄跡"も、結局は押し黙ってしまったのだった。
「我ら天核教は、ハーバント家に助けられた」
腕を組み、目を閉じながら語る顔はいかめしく力が込もっていた。
「無論、アーゲルンを討つための大義として利用しようとの打算もあっただろう。だが今も、統王様はその時の責任を捨てずに我らを庇護し支え続けてくださっている。動機はどうあれ、立派な行いであり心意気だ」
開かれると、その目は既に"去りし蹄跡"を睨みつけていた。
蛇のようにではなく、獅子のように。
「その統王様が平和を望んでおられるから、我らとて恨みと憎しみよりも繁栄の道を選んだ。決して、許したわけではない」
天核教とカーギ・カリン。両者は本来同室することすらない。
"去りし蹄跡"も沈黙を守っている。
無明派は傍流であるがゆえに天核教からはほぼ無視されているが、本流たる原理主義派となれば話が全く異なる。
穏健になったとは言えかつての伝統的カーギ・カリンの直系、それのみを敵視すること。
少なくともそれが、彼らが為し得る精一杯の節操と言えた。
さりとて、この町では既に八人もの死者が出ている。
状況は爆発寸前であり、いつ信者たちが暴徒化し『ヨルフェルンの涙』が再び流されるかわからない。
だから彼らは緊張している。だから彼らはここに集った。
疑いと因縁と差異と良識のせめぎ合いこそ、決して信頼してはならない相手である"兵の魔女"の招集に彼らが応じた理由であった。
高まる緊張、疑心と警戒に満ちる部屋、嫌悪と憎悪で満たされた空気。
それらを裂くように、口笛とともに"兵の魔女"は姿を現した。
上階から、歩いて、わらべ歌など奏でながら。
そして右脇にオフスベクジラ用の特大のトラバサミを抱えながら。
全員の視線が一点に集中する。彼女の一挙手一投足に。
だが当人はどこ吹く風とばかりに上機嫌で広間の中央に立つと、ここに集った全員を見渡し、天井を見上げ、それから少し横へ移動する。
何かを測るように視線を滑らせ、やがて「ま、このあたりね」とつぶやきながら背を向けて屈み込むと、トラバサミを置いて開き、安全金具を取り外した。
そこでようやく天核教の男が「何やってるんだ?」と声をかけると、立ち上がって一同の方を振り向く。
その顔は、当然、笑っていた。わくわくと心を躍らせているかのように。
この緊張した空気の中で、何よりも不気味だった。
「八件の殺人、八人の死者」
彼女の声が明るく弾む。あまりにも場違いで豪胆で、それらを裏付ける薔薇の紋章を前に誰も口を挟めなかった。
「カーギ・カリン原理主義派、無明派、天核教原理主義派、ドライード、ヤザレの拝火教、お前たちは互いに疑い合い、犯人を想像し、報復に胸弾ませている。この私同様、お前たちが求めるものは血の決着」
それはまるで、彼女こそが彼らの指導者であるようだった。
今この空間で、彼女こそがたった一つの教義への先達であり教祖であり預言者であり神であった。
『血を求めよ』
たった一つの最も古き教義。まだ言葉も知らぬ時代から、棍棒とともに振り下ろされ続けてきた本能の発露そのものだった。
「結論から言うわねぇ? 犯人は三人いる」
だがこの言葉にはさすがに驚愕を隠せなかった。
先ほどまでとは異なった緊張が走り、それに押されるように詰め寄せかけるが、アイランは右手を突き出してそれらを制した。
「お前たちをここに呼んだのは、そのうちの一人を今、ここで、捕まえるためよぅ」
どよめきが走る。
彼女は今こう言ったのだ。
「ここに犯人がいる」と。
「詳しく──」
「詳しくお聞かせ願いたい」
天核教の男を遮って"去りし蹄跡"の声が響く。
一歩踏み出しながらの、切実な願いだった。
信徒のいじらしき願いには、慈愛で応えてやるのが女神の度量というものであろう。
微笑みを投げかけながら、愛でるように、愛を囁くように、言葉を紡ぎ始める。
「八つの事件には、仲間はずれが二件あった。残虐で、グロテスクで、素早く、力強く、そして計画的。そんな一連の事件の中で浮いてる事件。それが一件目と三件目よ」
一件目は左頬に木目の焼印を捺され、天核教の教会堂に打ち付けられていたヤザレの拝火教信者の事件。
三件目は工業地区の粉砕機に頭を叩きつけられて死んでいた天核教の慈師の事件。
「一件目は、あまりにもわざとらし過ぎた、あからさま過ぎた。宗教的なメッセージをありありと残し過ぎて、対立を煽りたい、もっと言えば対立を煽ることを隠れ蓑にしたいのが見え見え。しかも木目の焼印は道具ではなく素手の魔法でつけたもので、釘は大工である被害者のもの。さらに死因は出血多量。上半身と下半身を切り分けたこと以外はその場でとっさに行える程度の工作で、さほど力強さも感じない。つい殺してしまって、慌てて偽装に走ったってとこでしょうねぇ〜」
「何故下半身が未だに行方不明なのだ?」
「証拠隠滅のためでしょ。死因が出血多量だから……内腿の動脈あたりかしらねぇ、そこに証拠が残っちゃった。たとえば、凶器とか、魔法の痕跡とかが」
聴衆の疑問にも即座に答える。
デイジーがただぽかんと口を開けている以外は、全員が神妙な面持ちで聞いていた。
「三件目は、あまりにも犯行が通り魔的。殺し自体を慌てて急いで実行したって感じ。現場で殺して死体を移動もせずそのまんま放置してあるし、殺し方も分かり易すぎて、あまりにも人間業なのよ、他のに比べてね。タバコの灰とか血痕とか粉砕機とかの証拠も残ってるし死体の加工も全くしていない。全体として暗殺者の殺しの手口としては鮮やかだけど、殺し以外の部分に気が回ってないのよね。目的も"その他ぜんぶ"の事件と比較すると合致してないし」
「それだけで犯人が別だと断定できるのか? 頭が完全に粉々になって、粉砕機が凹んでいたのだぞ」
「回数さえかけりゃあ誰でもできる程度のことよ。まあこれはあんまし回数もかけてないでしょうけど、誰でもできる程度の事件に仕立ててる時点で、全く別の犯人だわぁ」
「それで」
ついに待ちかねたワウコが口を挟んだ。
「それで……ここにいる誰が犯人なんだ? ここにいるのは、どの事件の犯人なのだ!?」
それに対し、やはり彼女は、笑顔を返した。
「"その他ぜんぶ"の犯人──殺人鬼の方よ?」
戦慄が広間に走る。
「そりゃあそうでしょ? あんなことができるような奴と対決するんだもの、か弱い乙女一人じゃこわぁいもの♪」
今の所は、おどけて身をくねらせるこの女だけが、この広間に立っている中で唯一あんなことができそうな存在ではあるが。
モートが唾を飲み、ワウコは汗を袖で拭う。
この戦慄の中で、アイランだけが平常だった。
もっとも、その平常とやらがそもそも狂っているのだと指摘されれば反論も虚しいが。
「いーい? 犯人には目的があった。でも、この際重要なのはそこじゃない。二件目や七件目のようにごく短い間に人体を破壊できる力と計画性があり、五件目のように気道から肺に穴を開けて内臓を握り潰すことが出来て、二件目の時のように"ひとつだけ"大きな足跡を残しながら、周囲の一般人から『怪しい人物』と見なされないことができる者。つまり──」
視線が動く。
アイラン──否、"兵の魔女"の。
それはまっすぐに線を描き、
「──ドリアードよ」
ワウコの方を向いた。
「何ッ!?」
人々の視線が集中する。
ワウコの手は小さく震え、顔からは汗が吹き出し、表情にはありありと狼狽が浮き出ていた。
ドドラドも淡く光を発しながら根をざわつかせ、袖や襟、裾からその一部が伸び出ていた。
「貴様この未開人がッ!」
踏み出すモートの片手は懐の短刀を握っていた。
「ま、待て! 違う、私じゃない! 人殺しなんて……精霊様に誓う! 私じゃない!」
「この期に及んで〜〜〜見苦しいぞ!」
力強く踏みしめながら短刀を抜く。まるで演劇のワンシーンだ。
どの宗教者も、それを止められなかった。
「報いを受けぇぇええヤァァーーーッ!!」
白刃を振りかざし、目を剥いて叫ぶ。
かばうように両手を掲げ恐怖に顔を歪ませる老いたドリアード人へ向けて、モートの刃が振り下ろされ──
「デイジー」
「あいよぉぉぉおおお」
──ようとした瞬間、その体が宙に浮き上がった。
拘束されたのか吹き飛ばされたのか、振り上げた刃は振り下ろすことすらできない。
ただ単に「持ち上げられた」だけだと気付いたのは、下を向いた時にデイジーの指が自分を掴んでいるのが見えたからだった。
まるで母親が癇癪を起こした幼児をひょいと抱えてしまうように、あるいはその幼児が事もなさげにぬいぐるみを抱え上げるように、ただ持ち上げられたのだ。
「おっ、下ろせぃっ! 下ろさんかこのドン亀がァッ!」
「亀? 亀は好きだぞお、かわいいからなぁ〜〜〜」
無邪気に笑うデイジーの手の中でいくら暴れても、まさしく大人と子供。
その様を見て、アイランもくすくすと笑った。
「そう焦っちゃダメよぉ、犯人は確かにドリアードだけど、彼じゃないわぁ」
再びどよめきが起きる。
モートも暴れるのをやめ、目を丸くしながら「でッ、では誰なのだ!?」と問う。
「それは……あなたっ」
それを、アイランはいともたやすく指差した。
それが示したのはワウコ、の後ろにいるドリアード人たち──
──の端に立つ、一人の若い女性であった。
それは昨日、アイランたちを"箱の緑"の入り口で出迎え、手の荒れを癒してあげた、あの若いドリアード人であった。
「そ、その子が!?」
「そんなバカな!」
その場にいる全員の視線が集中する。
突然そのような立場に立たされ、彼女は明らかにおろおろとうろたえていた。
所在なさげに周囲を見回したり、身振り手振りを浮遊させたり、心細そうに手を握っていたりしていた。
儚く、弱々しく、線も細ければ色も白い。気性も大人しそうだ。
そのような女性が、六人を残虐な方法で殺めた。
にわかには信じられず、ワウコに至ってまでが信じられないという表情で彼女を見ていた。
「二件目、あなたは被害者が自室に入ったのを確認して窓から侵入し、一瞬のうちに殺害。死体を加工してそのまま窓から逃げた。四件目、あなたは夜のうちに仲間のドドラドを引き抜き殺め、坑道に埋めた。被害者が陵辱されていなかったのは、犯人も女性だったから。男だったら、普通はするわ。殺しって興奮するし、凶暴じゃないと殺しはしないし、ついでにってことでね。五件目は被害者を拉致し、安全な場所でドドラドの根を口に突っ込み肺まで伸ばして、そこから穴を開けて内臓を絞めつけ潰した。だから気道に細かい傷がびっしりついていた」
つらつらと並べ立てていくアイランの言葉を、誰もが聞いていた。驚きとともに。
「六件目、夜中のうちに仲間を殺し、加工して水路管理所の集積水路に投げ込んだ。七件目、これが決定的だったわ。娼館の関係者に不審がられず、被害者にも怪しまれずに寝室に入り、暴れられることも警戒されることもなく真正面から一瞬のうちにバカデカい風穴開けて殺せるのはドリアードの女だけ。大方、娼館からのサービスだとでも言って近づいて、ドドラドの根でひと突きってところでしょう。娼婦とヤる前なら、女が客の寝室に入っていくことも、客自身の視点からもまぁーったく怪しくないものね。あとは血のついた根を服の中なり体内なりに隠して、堂々と娼館の中を通ってどこかに隠れればいい」
「それで、彼女だと断定できるのかっ?」
疑いを述べたのはワウコだった。
確かに、アイランの言葉によると犯人は女性だろう。
だが、ドリアード人の女性なら他にもいる。
はっきりと、彼女が犯人であると断定するには、足りなかった。
それでも"兵の魔女"は笑みを崩さない。
むしろ、待ってましたと言わんばかりだった。
「八件目、夜のうちに被害者を殺め、加工して鉱石の山に埋めた。翌日、死体は発見され、人だかりができて、衛兵と私たちが来て、さらに現場に人が集まって……あなた、そこに居たわよね?」
女性の体がびくりと跳ねて固まった。
ワウコたちも息を呑んで彼女を見た。
「確かに居たわ。あなた選鉱婦よね? あの大鉱山で働いてる。足の指先が薄青色の魔鉱石の粉で汚れているし、手にも細かい傷がたくさん刻まれてて荒れていた。何より、私が一旦離れて現場周辺を見張っていた時に、あなたを見たわ。鉱山で働くドリアードは珍しいし、それをスカーフを巻いて隠そうとしているのはさらに珍しい。そんなものを首に巻いて精霊様を隠そうとしたら、大事な日光が届きづらくなっちゃうもの。だから、声をかけて確かめた、あなただって」
「まさか、そんな」
愕然としながらも、ワウコのその声には嘆きが混じっていた。
嘆いているということはつまり、受け入れているということ。
信じ始めているのだ。アイランの言葉を。
「あなたはあそこで人を集め、"何か"をしていた。他の現場でもそうだったかもしれないわ。むしろあなたはその"何か"をするために人を殺めていたのだから」
「本当に、本当にあの子が……? あの子は脆い、そんなこと出来たはずが」
「まっ、そうねぇー」
指差しをやめ、拳を軽く握り込む。
何かを考えるように目線を左上に動かし、うーんと軽くうなる。
そして、最後の推理を撃ち放った。
「正確には、あの子の『精霊様』がかなぁ?」
一瞬、その言葉の意味を誰も理解できなかった。
だが本人だけは、言われた本人だけは、ふっと体から力が抜けた。
抜けていく力に従い、ただゆだねるように「ふぅーーー」と長く息をつく。
その表情は諦めていて、罪悪を感じていて、どこか、安堵していた。
「ごめんなさい」
その声に誰もが息を飲む。
彼女の体に巣食うドドラドが赤く光り始めた。
血管の青色を押しやるように、彼女の肉体そのものに流れ込むかのように。
彼女の体を呑み込むように。
「私じゃ、止められない」
彼女のフードの縁から、木の根の束があふれ出した。
それは彼女の顔に巻きつき、重なりながら層を成す。
層は互いに組み合わさり、絡み合い、膨張して凹凸を作り上げる。
それは木で形作られた顔。誰も見たことのない顔だった。
二つの穴から覗く本来彼女のものであるはずの両目は、今や全くの別人のように赤く燃えている。
同様に、彼女の体も根に覆われていく。
肉体を完全に包み、数倍の太さ、厚さを作り出し、身長すらも増してゆく。
太い根の絡み合いと層はまるで筋肉のように服を押し上げ、一部を破り、はちきれさせるほどに膨張していた。
身長と体格に於いて、その大きさと厚みはデイジーにも匹敵するだろう。
そうして、細く儚いドリアードの女性はものの数秒で──
「使徒は降臨せり」
──力強い張りと若々しさを備えながらもしわがれた不思議な声を響かせる"怪人"へと変貌した。




