軍の魔女24
合流するなりヘリルメリアはかまくらの中を掘り始めた。
スラマウズの手記を荷物から漁り、ページを探り当てると一心不乱に雪をかき分け、掘り始めたのだ。
眠りに落ちていたクロスも目覚めてしまうほどの騒がしさで、トッテンバットも心配そうに覗き込むのだった。
「司令官、何があったんで?」
異様な行動を追及するも、答えはない。
クロスが目をこすりながら体を起こしても、関心を寄せもしない。
普段の彼女ならばありえないことだ。
「大丈夫か?」
そんな彼女に代わり、トッテンバットが気遣った。
「ええ、ご迷惑をおかけしました」と答えながら二つの温石を返すクロスだったが、声色には覇気がなく手足にも力がこもっていない。
あと十数分は休んで気つけをする必要があるだろう。
「無理するなよ、魔力不足と酸欠症状だ。しばらくは休みながら血を補え」
「虚勢を張りたいところですが、そうします」
答えた直後に、かちん、と金属を叩く音がした。
それも、ヘリルメリアが掘り進んでいる穴の下から、である。
まさかと思い身を乗り出して覗き込むと、雪の隙間から鋼板のようなものが覗いているのが見えた。
固く、滑らかで、明らかに自然の産物ではない。
人工の、造形物だ。
「これは……?」
理解が及ばぬとばかりの呟きを、ようやくヘリルメリアは拾った。
「さっき、"地走り"どもと闘うとるうちに、大きな雪柱のたもとに辿り着いてな。無我夢中で、それを遮蔽に立ち回っておったら、彼奴らの一撃が柱を掠めて雪を払い落としたんじゃ。そこに何があったと思う?」
雪を掘っていた腕を擬皮に収め、鋼板を叩く。
響く音は、打ち鍛えたばかりの金属のように澄んでいた。
「巨大な、6mはあろうかという巨大な金属の腕じゃった。天へ突き出すように伸びた、腕じゃった」
二人は息を飲んだ。
彼女の言葉の何もかもが、ありえないからである。
だがそれ以上にありえないのは、彼女が嘘をつくことだ。二人とも理解していた。
「その腕の表面に、わしは見た。はっきりとな。焼き付けられた二重の円を割るイナヅマ型の亀裂。間違いない、あれは古代錬金術文明カシッド・イルの兵器紋じゃ」
「見よ」とスラマウズの手記の一ページを二人の眼前に差し出す。
同時に、ある一節を指し示しながら読み上げた。
『森の北は冷たい雪原だった。凍てついた鉄のように冷たく、固く、不思議と体が雪に沈まなかった。私を追っていたエレメンタルどもは撒けたようだ。雪を踏む感触も固い、これだけ寒いのに、何故だろうか?』
「雪の感触が固いのは、一度溶けかけて再び凍ったからじゃ。日の温かみなどない場所に、何らかの熱源があったということなのじゃよ。しかもその下には、見てみい、これじゃ」
こん、こん、と露出した鋼板を再び叩く。
ようやく、トッテンバットとクロスにも彼女の言いたいことがわかってきた。
「つまり、こういうことか? この雪原の下には、古のカシッド・イル文明の錬金術兵器が埋まっている、と」
「その上、熱源って、130年前にはまだ動力が生きていた可能性もあるって、ことですよね?」
「埋まっておるというより、層じゃろうな。山のように積み重なったカシッド・イルの古代兵器の上に、この雪原が降り積もったんじゃろう」
「なんのために?」
短い疑問をぶつけたのはクロスだった。
視線を向けられると、責められているような心持ちになってしまいあわてて弁解するように言葉を続ける。
「いや、だって、カシッド・イル地方は遥か南ですよね? どうしてこんな場所に大量の兵器が埋まっているんですか?」
かつてカシッド・イルがあったカシィ地方へは、この場所からならば地形を考慮しても歩いて10ヶ月といった距離だろう。
街道を整備した上で馬車や駅馬を乗り継いでようやく3ヶ月。一軍を以っての行軍ならば1年以上は要するはずだ。
そこまで離れた場所に、何故遺物が保存されているのだろうか?
「兵器が存在する理由は一つじゃ」
「戦うためか」
「そう! 以前からずっと奇妙に思っておった。かつてのスロヴの流浪王家が建造したダグナマンバ大要塞じゃが、果たして彼らにそんな力があったのか? 大量の建材を切り出し、加工し、あれだけの巨大建築物を置けるだけの余力が、スロヴの勢力争いに負けて逃れてきた者らにあったというのか? それに彼らが来る以前、どうやって原住民らはエレメンタルの脅威を前に生き延びてきたのじゃ?」
「要塞は、カシッド・イルが最初に建てたってことか?」
「本丸はおそらくスロヴ人たちが建てたものじゃろう。記録もあるし様式も合致する。じゃが大壁は、それより遥かに古いものじゃ。非常に高い技術力と工業力の賜物であれば、あれほど大きく、頑丈なのも頷ける」
「とにかくがじゃ!」と強調して立ち上がる。
天井の低いかまくらでも、ヘリルメリアの身長ならば頭を擦らせる程度で済んだ。
「雪の下で空気にも触れず、温度も変わらず、掘り荒らされもせずにおる、完璧な状態のカシッド・イル文明の遺物! それがわしらの足元にゴロゴロしとるんじゃよ!」
「もし使えたら、要塞の防衛に使えますな」
「それだけではない! この下にあるのは鉱脈じゃ! 膨大な技術資源であり、鉱物資源であり、歴史的価値も計り知れない! 氷エレメンタルどものねぐらではなく、人間の領土として大いに征服の価値ある土地なんじゃよ!」
ここにきて、ようやくクロスは事の重大さに思い至り口に手を当てた。
万年単位の過去と言われるカシッド・イル古代錬金術文明。
魔力のみならず、この世に存在するありとあらゆる力を意のままに操り、発展を遂げたとされる古代の文明社会。
雷すら手に取るように用い、空飛ぶ船や布に映る光の幻影が当たり前のように存在し、空気を肥料に変えることすら出来たという。
半永久的に動く炉を搭載した金属の巨人に守られた都市を脅かせるものはなく、自然や天までもがひれ伏し、人々に蹂躙されるがままであった。
そんな文明も、一人の愚かな王と、一人の錬金術師の裏切りによって崩壊した。全ての被造物と人々が互いを破壊し合い、一日で文明は塵の山と化した。
現代に残されている遺物は数少なく、ただの錆びの塊をそうだと言われて披露されても、誰も真贋を見定められないだろう。
その存在すら、魔女王国が300年もの時を費やしてようやく実証に至ったものであり、発表された物的証拠である二本の巻物と握り拳程度の出土品一つは現在国宝として統王が所有している。
魔道士会はこれを喉から手が出るほど欲しており、各地に散らばり支配者然とした君臨ぶりを示していた魔道士会評議らが統王の命に伏して従い、王都に縛り付けられているのを良しとするのも、カシッド・イルの遺物をいずれ手中に収めんと望んでいるからに他ならない。
カシッド・イルとはまさしく「実在したおとぎ話」であり、その実在を示す遺物には誰も正確な価値を見出しえないのである。
天までの高さを誰も測れないように、大きすぎる価値の天辺を誰も覗けないのだ。
そんな遺物がぎっしりと、一国の領土に匹敵する広さに敷き詰められ、山積みされている。
本格的な掘削調査が行われれば……まさしく世界が変わるはずだ。
きっと、とんでもないことになる。
「隠しましょう」
クロスの口をついたのは、耳を疑うような言葉だった。
思わずトッテンバットが「はぁ?」と訊き返す。
「隠すって……大発見だぞこりゃあ! これを統王様に報せれば、確保のために大軍を送ってくださる! 今季は何とも言えんが、来季からは大要塞の防衛の心配すら要らなくなるんだぞ!?」
火薬庫と化したトグナイア連峰周辺を刺激できぬ故に、統王は大々的に軍を送れない。
だが、これはそんな事情など軽く吹っ飛ぶほどの大事件である。
何が何でも、大軍を送り込み、氷エレメンタルを北の彼方へ押し込んでくれるだろう。
だが──
「今は時機がまずいんです。せめて2年前か、1年後に発見していればよかった」
話しながら、ヘリルメリアの方を向く。
彼女は神妙に、クロスの話を聞いていた。
「この力が暴かれれば、確実に、その一部が反統王連衡の連中の手にも渡ります。そうなれば、恐ろしいことになる。三角連衡の乱とは比較にならないほどの、統王様が現れる以前の戦乱の時代全てを足しても届かないほどの、恐ろしいことに」
クランツを思い出していた。
あの男ならば、必ずこの遺物の力を手にするだろう。
統王がどれだけ厳重に、どれだけ入念に大軍を送り込んで監視しても、奴ならば確実にかい潜り、掠め取るだろう。
それだけは、絶対にあってはいけない。
そう確信していた。
「隠しましょう。ここにいる三人だけの秘密にして、脅威が去った後にお報せするんです」
そんな彼の意思が余すところなくこもった眼差しを、ヘリルメリアは真正面から受け止めていた。
「クロス、おぬし」
重々しく、声が響く。
「世界でも、護るつもりかえ?」
逡巡はなかった。
迷いも。
ただ力強く、ただ青く、クロスは当然のように頷いた。
若々しい振る舞いと恥じらいも無き確信に、ヘリルメリアは、ふっ、と緩んだような笑みをつい浮かべるだろう。
「わかった」
すとん、と雪の上にあぐらを落とす。
その様はやはり、幼き少女ではなく歴戦の老将を思わせた。
「今日より1年、このことは伏す。誰にも話してはならぬし、何にも記してはならぬ。それでよいな?」
二人に送られる目配せに、クロスは鼻息とともに頷き、トッテンバットはため息の後にも、しっかと司令官を見据えて頷いた。
その様を見て再び、老いた幼き司令官は笑った。
ただし、今度は「かっかっか」と声をあげて。
「まったく、生きて帰らねばならぬ理由がどんどん増えるのう!」
「さ、出発するぞ!」と続けると、露出した鋼板に雪を覆い被せた。




