大牙岬の包囲戦
カン砦へ進発したハルバードじゃったが、到着した頃にはもぬけの殻じゃった。
クタラ会戦より既に一ヶ月が過ぎておったが、ゴン・ガンクが受けた損害は甚大かつ回復不能。
交戦のための陣地移動ではなく、本国へ向けた撤退であることは誰の目にも明らかじゃ。
本国への撤退路は、カン砦からならば湿地帯を迂回して北進し、それから東のセレミトン城を経由。
そこからミジック山の山道に入ればゴン・ガンクの領内となる。
移動距離はおよそ50km。山道に入られてしまえば、もう手出しは出来ぬ。
一日の行軍距離はおおよそ11km。しかし敗北した兵士の疲労は、戦闘中よりも、むしろ戦後に積み重なり頂点を迎えるからの。
精神的な落胆もそうじゃが、人数が減ったことで一人一人の負担が増え、予備兵力を回転させて休養させる余裕が無うなり、日頃の業務に加えて戦後処理や収拾の務めがかさむ。
大急ぎで脱落兵や負傷兵を捨て置き逃げ続けたとしても、四日はかかるじゃろう。
ハルバードはカン砦に駐留せず、すぐさま後を追った。
烏合じゃがマンマートの軍は精強で意気軒昂。編成にも余裕があり兵士の体力と装備も十分。
二日後には、タウミラン北部で先遣隊が敵を捕捉し、弓射で足止めしておる間に本隊も到着した。
ゴン・ガンク勢は3000をしんがりとして逃走を図ったが、予期しておったハルバードは投石散兵で足並みを崩したのちに騎兵隊の三点突撃であっさり突破してしもうた。
ゴン・ガンクの本軍2万3千は撤退戦を敢行したが、ハルバードは電撃戦にてこれを討った。
有利な兵数でありながらどっしりと陣容を整えず、あえて拙速策をとったことで、ゴン・ガンク軍は統制を失い散開した。
反転し、態勢を整えて迎撃する準備が完了する前に敵が突っ込んできたのじゃから、それはもうアリの巣に湯を注いだような大混乱じゃよ。
軍勢はバラバラにちぎれ飛び、総大将コードランが率いる本隊はほうほうの体で西へ逃げ、ユルガの双子山塞に立てこもった。
この時、双子山塞にまでたどり着けた者はわずかに5000名程度じゃったという。
ハルバードはというと、軍を分散して、逃げ散った敵を徹底して追撃させた。
敵の百人隊は百五十人で追わせ、五十人隊は七十人で追わせ、千人隊を千五百人で追わせたのじゃ。
しかし、己が率いる本隊はタウミラン北部にとどまり、双子山塞へは迫らなかった。
ユルガの双子山塞へ寄せる道は二つ。草エレメンタルの群生地である"マルコフの陥穽地帯"を抜けて南側から回り込むか、大牙岬を通って正面から攻撃するかじゃ。
"マルコフの陥穽地帯"は、かつてハン族が70万人ものムル・マル人を皆殺しにして地下洞窟へ投げ入れた場所じゃ。
それからは陥没孔がたびたび地面に開くようになり、大量の草エレメンタルが湧き出る場所となった。
孔に落ちない安全な道筋はあるが、エレメンタルの攻撃は避けられぬ。
軍を展開することも出来ぬし、行って通れぬわけではないが、確実に大きな損害を被るじゃろう。
大牙岬を通る道は確実に安全じゃが、北と北東が切り立った崖で塞がれておる。
単に通り抜けるだけの場所で、そこに陣地を置かねばならぬわけでは無いのじゃから、どうということもないのじゃが、ハルバードは妙な不安を覚えて足を止めたのじゃ。
ユルガの双子山塞は打ち捨てられた廃城じゃが、地の利を活かし山そのものを要塞とした砦じゃ。
山肌に点在する拠点は全て地下で繋がっており、二箇所の本丸からその全てを援護できる。
敵勢は山のどこにでも現れることが可能で、傾斜と起伏で鈍化し、寸断されたマンマートを好き放題に局地遊撃できるのじゃ。
しかも、それをするのはあのゴン・ガンク。山岳での局地戦では彼奴等の真骨頂が遺憾なく発揮されるじゃろう。
篭っておる兵力がたったの5000とはいえ、ハルバードが率いる本隊8000で落とすのは至難を極める。
つまり、この山塞を陥落せしむるには散開させて追撃を行わせておる軍を再結集し、大勢で一挙に攻撃を仕掛けねばならぬというわけじゃなあ。
謀を用いて山塞から引きずり出すことも出来ようが、時間がかかりすぎる。
この時、ハルバードには悠長に行動していられない事情があったのじゃ。
実はの、カガチで頑強に抵抗を続けていた守備隊4000あまりが、砦を捨てて囲みを突破し脱出した、との報せが届いておったのじゃ。
目指す先はタウミラン。明らかに、ハルバードの後背を突かんと迫っておった。
このままでは、散開させた追撃の軍を各個撃破されるか、本隊が挟撃されてしまう。
かと言って本隊が反転して迎え撃てば、その隙に山塞の敵を取り逃がしてしまうじゃろう。
指令は追撃と殲滅。ハルバードは既に多くの戦果を挙げておったが、ここで敵の王族をとり逃せば、確実に非難の嵐にさらされる。
マンマートは内部の権力闘争も激しゅうてな、少しでも落ち度があれば、ハルバードの失脚を目論む者まで現れかねなかったんじゃ。
ゆえに、追撃の指令は、なんとしても完遂せねばならんかった。
部下たちは皆、ただちに追撃部隊を呼び集め、山塞へ攻め寄せるべきだと言上した。
長年付き従ってきた宿将も、この遠征のため派遣されてきた寄騎も、全員が同じ意見だった。
当然じゃろうな。敵はバラバラに分解して逃げ惑い、山に篭って抵抗しておるのはわずかに5000。
脱出したカガチ守備隊に攻撃される前にすかさず押し潰し、それから反転してカガチ守備隊を撃破してしまえばよい。
これなら、砦で抵抗していたカガチ守備隊を、野戦で殲滅する好機ともなるからの。
じゃがハルバードは二の足を踏んだ。大牙岬の地形があまりにも不気味過ぎたのじゃ。
敵勢はカン砦で一ヶ月、敗戦の収拾につとめておった。
それは常識的な対応ではあったが、そのような冷静な対処を取れておること自体が、妙な話じゃ。
8万の軍が2万強にまで減り、主だった将もほぼ戦死。総大将の王族まで討たれるという大敗北。
ゴン・ガンクの戦いの歴史の中にあっても、類を見ないほどの大失態じゃろう。
めためたに打ちのめされて、軍も士気も維持できず、敗北の実感と共にボロボロのまま本国まで逃げ帰るのが普通じゃろう。
じゃが、コードランは散らばった兵を集め、再編し、物資の運用計画を見直し、募兵と徴兵まで行った。
軍として崩壊しながら逃げ帰るのではなく、まずは軍を立て直したのじゃ。
それは、戦意の表れじゃ。連中は、まだ戦う気なのだ。ハルバードはそう感じていたからこそ、嗅覚が働いたんじゃよ。
奴はせめて、逃げ散った敵勢への追撃が進み、敵戦力をもっと分断しもっと削り取るまで、待ちたかったのじゃ。
連携も統制もなく、無秩序に散らばって逃げていくような動きにしか見えなくても、もはや戦力とは呼べぬほどの無抵抗ぶりを示しておっても、警戒を払いたかったのじゃ。
とはいえ、躊躇していては大魚を逸する、と部下たちは焦れに焦れた。
彼らの目にはハルバードの姿勢は消極的で慎重に過ぎ、臆病であるとさえ映った。
倍以上のゴン・ガンク精鋭をクタラ会戦で打ち破ったというのに、その敗残兵の掃討に慎重になる意味が理解できんかったんじゃ。
まあ仕方のないことじゃろうなあ。部下たちは次第にハルバードに疑いを向けるようになってしもうた。
その疑心を肌で感じたハルバードは、これも仕方なく、軍の再結集と山塞への進軍をついに決意した。
ただちに伝令が飛び、追撃部隊は大急ぎで呼び戻され、本隊と合流したんじゃ。
コードランが山塞に籠城してから八日後、マンマート勢は再結集し、山塞へ向けて進軍した。
そうして、くだんの大牙岬に差し掛かった頃、突如山塞のゴン・ガンクが全員打って出てきた!
彼奴等はマンマート軍がすっぽり大牙岬に収まった瞬間に到着し、その頭を押さえたんじゃ!
マンマート勢はそれを打ち破るべく即座に応戦しようとしたが、その時、南や東からも敵軍が押し寄せた!
全ては、巧妙かつ奇跡のような罠じゃった。
逃げるようにカン砦から北上し、敵に追撃させ、散々に打ち破られて崩壊する。
全軍をバラバラに分解させ、個々の追撃にも対応せず、とにかく逃げ続けさせる。
その軌道や、分解する隊の規模はそれぞれの指揮官に任せられていたが、コードランは一つの指令を徹底させた。
それは「敵が追撃を諦め退き始めたら、距離を置いて密かにそれを追い、俺の狼煙が見えたら一挙に詰めて包囲しろ」というものじゃった。
コードランは情報を握っておった。マンマートの内情と権力闘争の激しさを捕虜から聞き出して知っておった。
ハルバードが敵を徹底的に叩きのめさねばならぬ立場にあるのを知っておった。
じゃから、カガチ守備隊と秘密裏に連絡を取り、カガチを救うためとして、己の作戦に協力させたのじゃ。
敵総大将がユルガの双子山塞に篭り、カガチ守備隊が背後を脅かせば、マンマートは軍をまとめて押し寄せざるを得なくなる。
散らばったゴン・ガンクを追うマンマートが、追撃をやめて本隊へ集合する。各々がその後を追うだけで、自然とそれは包囲網になる。それがコードランの作戦じゃった。
蛇の頭にフタを乗せれば、壺に引っ込むだけで壺は閉じる。
作戦を部下に説明するときコードランが使ったこのたとえから、作戦は蛇頭の甘壺と呼ばれた。
じゃが、これは不可能な作戦じゃった。
そりゃそうじゃろう。いくら事前に戦略を知っておったとして、実際に分解し、制御から離れた兵士たちがその通りに行動するはずが無かろうが。
しかも、ひたすら逃げ続けて反撃もせぬとあらば、演技はいつしか本気となる。
その上、実際には指揮官はともかく末端の兵士には何も知らされておらんかったはずじゃ。
捕虜に取られて、作戦を漏らされれば台無しなんじゃからな。
散開し、一度統制から離れた軍兵を、もとの作戦に従わせ続けることなど不可能なんじゃよ。
作戦への疑いが生まれ、本当は何もかもが壊滅してるんじゃないかという不安と戦いながら、ひたすら追ってくる敵から逃げる。
作戦を放棄し己の生存を優先されたところで、全く文句は言えぬわな。
この作戦を実現させるに必要なのは、二つ。
可能なかぎり早く終わらせること。そして、全ての隊の全ての現場指揮官が優秀であること。
な? 絶対無理じゃろ。そんな条件達成できるわけがない。
独自に高度な作戦判断を行い、兵士たちを督戦し心を繋ぎ止める能力を求められるのじゃ。ただ上の命令に従って、現場指揮を取っておる立場の者たちがじゃぞ?
ただ忠実に命令を部下に伝達し、従わせる人格さえあれば、能力など二の次でよいとされるような立場の者たちに、軍師がごとき能力を要求したのじゃ。
それを実現するにあたって、コードランはカン砦での軍再編時に、己の子飼いの兵士らを全員昇進させて、各隊の指揮官に割り当てた。
大胆な人事じゃが、彼らはコードランがまだ散兵隊を率いさせられていた頃からの部下たち。
その点で言えば、まず信用の面での問題は解決された。全ての指揮官が作戦を信じ、疑いなく兵士たちを激励し続けられなくては実現不可能じゃからの。
では、彼らの能力はどうか?
トーリンゲイン・スマウグル・モランガナーガは知っているな?
そうじゃ、後の五大将の一人で、コードランの副官の。あるじの構想をもとに、この作戦の細部を組み上げたのも彼じゃ。
彼がコードランと軍略についてたびたび衝突し、激しい議論とも喧嘩ともつかぬやり取りをしておったのは知ってるな?
時には互いに切り結ぶほどの激しさで、コードランは彼を三度も手討ちにしかけたらしい。
そのような姿、普通は誰にも見せまい。時に激しくののしり、暴力にまで及ぶほどの対立、兵士に見せたらば軍が分裂しかねん。士気にも大いに影響する。
じゃが二人は全くそういった口論や喧嘩を隠そうとせず、堂々と万座の前でぶちかましておったのじゃなあ。
実際には、お互い隠すような配慮も余裕も持ち合わせておらんかった、というのが正しいじゃろうけども。
それが、かえって兵士たちに対する戦略講義になっておったんじゃよ。
どこそこを攻撃するだのしないだの、行軍日程を詰めるだの詰めないだの、捕虜を取るだの取らないだの、略奪をするだのしないだの、何時に寝て何時に起きるべきだのどうだの、何もかもを互いに全力で議論し、その結論を実践する。
それから、その実践の結果を肌で感じる。戦略の発想点と、形成過程と、実行した結果、という全ての工程を兵士たちは目の当たりにし続けたわけじゃ。
そこはゴン・ガンクの美点の一つよな。彼らは一度ぶつかれば、必ず決着をつけねば気が済まない。どんな議論も、どんな形であれ必ず結論を出すから、ゴン・ガンクは軍としてなんとか成立しうるのじゃ。
しかも、この議論の結果は、常に一方が正しいというわけではなかった。
経験豊富なトーリンゲインが正しいこともあれば、攻撃的なコードランが正しかったこともあったのじゃ。
ん? ああ、そりゃ統王としての謙遜じゃよ。自分が正しい判断を下せたのも、部下たちの導きあってのことってな具合じゃろ。
実際に記録や証言を紐解けば、コードランの拙速が有効だった場面もあったし、トーリンゲインの策によって敗北した例もあったのじゃ。
だからこそ、兵士らは一方の言い分を盲信することなく、議論を客観的に判断し、解釈し、状況に合わせて決断する思考が養えたのじゃ。
そんな彼らが、各隊を率いた。偶然生まれた、現場指揮の熟練者たちがな。
末端の指揮官に至るまでが、兵士たちをどのように動かすべきかを知り、作戦完遂のために有効な軌道を計算できたという。
分裂した隊同士の連絡や連携無しで、各々がどのように動くべきかを理解し、兵士らの心情を理解し、作戦の進行度合いを理解しておった。
それは奇跡的な相互連携と信頼の輪じゃった。互いの行動が最大限噛み合い、友軍の軌道を予測した上で自らの役割を果たす。
世界を統べるほどの豪運とは、かくの如きものなのじゃろうな。
統王にとって最大の幸運は、まさしくこのような有能な人士たちの登場にあったのじゃろう。
この時に、はぐれた10人を指揮して作戦に復帰させたスレザー什長などは、後の五大将にまで出世しておるほどじゃ。
そして、奇跡は一つの結果を生んだ。
なんと一度完全に分解した軍勢が、たった一割の損耗率で大牙岬に再集結し包囲を完成させたのじゃ!
軍事の常識をはるかに超える出来事。ハルバードもここまでは予期しておらんかった。
しろ、という方が無体な話じゃがの。これは一度死んでガロウに食われた獣が、腹を割いて再び現れたような常識はずれに等しい。
軍略に通じ、名将と呼ばれる者にとって、まさに理不尽きわまる悪夢じみた出来事じゃ。
しかし、たとえ愚かな空想であれ、無理難題の空論であれ、実現してしまえば反論も常識も何もかもが虚しい。
甘壺は閉じられ、蛇は壺の中に取り込められたのじゃ。
マンマート勢はものの見事に岬に追い詰められ、転落死する者が続出した。
鬱憤を晴らすかのようなゴン・ガンクの猛攻は苛烈をきわめ、前線では戦意を失い恐慌に陥る者が数多くおった。
しかも、カガチ守備隊が後詰として到着したとあっては、歴戦の名将ハルバードを以ってしても逆転の目は万に一つもない。
血路を開いて突破しようにも、包囲の厚みは十分。烏合ゆえ士気崩壊も早く、督戦すらままならぬ有様じゃった。
もはやこれまで、全員討ち死には避けられぬ。
かくなる上はたとえ無謀であろうとも敵勢に突貫し、億分の一の可能性に賭けるのみ。
自害にも等しい決心を固めたその時、攻撃が止んだのじゃ。
包囲は緩まんかったが、ゴン・ガンクはただ睨み、マンマートはその睨みにすくんで後ずさるばかりじゃった。
そうして、降伏勧告が行われたのじゃ。
コードラン自らが歩み出て、両軍の間に椅子を置いて座ると、その対面にもう一つの椅子を置かせた。
それから、彼は大声で呼びかけたのじゃ。
「両者の奮戦をたたえ、ここに互いの命を拾わんと欲する。擲ちたくばそうせよ、ただちに憤怒を以って我が精兵が諸君らを水底の楽園へ送って進ぜる。勇将の返答や如何に」とな。
敵の総大将を討ち取る絶好の機じゃったが、彼の言葉はマンマート兵ひとりひとりにとって生き残りを賭けた最後の好機じゃった。
果たして、ハルバードは歩み出て、対面の椅子に座った。
二人はここで初めて互いの顔を見たのじゃ。
コードランの降伏勧告に、ハルバードは応えられないと即座に言い切った。
兵士らの落胆と懇願を背なに感じたじゃろうが、できぬ理由があった。
ハルバードの故郷はマンマート豪族連合に加盟しておる小国。
もし降伏したならば、連中はそれを裏切りと見なすじゃろう。
そうなれば、彼の故郷は他ならぬマンマート豪族らに滅ぼされ、切り取られ、人々は奴隷に落とされる。
祖国と人々を救うために、彼にできるのは討ち死にすることだけじゃった。
じゃが、コードランは別の道を示した。
案ずるなかれ、もし降伏したならば、祖国に報復するマンマートとやらは地上から消え失せるであろう。
そう申したのじゃ。
無論、「どういうことか」とハルバードがたずねるじゃろ。
そこにコードラン、応えて曰く、
「もし貴殿が降伏してくれたならば、我らはそのままマンマート豪族連合領に攻め入り、討ち滅ぼす心積もりだ。当然、今ここで我が精鋭に包囲されている軍勢は、そっくり貴殿にお返しする。貴殿はそれを率いてマンマート南部の故郷へ向かい、途上の敵を討ってくれればいい。北は我らが攻略するであろう」
ハルバードは驚いたというか、呆れた様子で思わず鼻で笑ってしもうたそうじゃ。
降将に降伏兵をそのまま与えて解き放つばかりでなく、作戦に協力せよ。しかもコードラン軍もハルバード軍もともに敗残の軍。カガチの防衛と治安回復ではなく、マンマートへ逆侵攻などと、兵道に反しておる。
ましてや、ハルバードがその申し出に唯々諾々と従い、翻意なく作戦に協力することをまるで疑っていないようじゃったらしいからの。場に似つかわしくない笑みがこぼれるのも仕方なかろうて。
しかし、コードランには自信があったんじゃ。
「マンマートが貴殿の将器を求むるからこそ、貴殿の故郷は生かされている。連中に交渉を挑むこともできよう。では名将ハルバードが失われればどうだ? 残ったわずかな利得を切り取り放題になるぞ。貴殿も承知しているはずだ、故郷を救うには、もはやマンマートを消さねばならん。ここで無駄死にしても、故郷を救えぬばかりか、3万将兵をことごとく道連れにするのみだ。それがまことの将帥の最期なのか?」
ハルバードはぐっと押し黙った。何もかもが図星だったからじゃ。
それでも、おいそれと首を縦には振れなんだ。
コードランが約束を守るかどうか、わからなかったからのう。
マンマートを滅ぼしたとして、その後についても不安が残った。
じゃから、コードランは"霧向こうの証人"に誓いを立てた。
ゴン・ガンクが信奉する神々のひとつで、もし誓いを破れば霧で道を惑わし、崖から転落死させられると信じられておる。
その言い伝えから転じて、"霧向こうの証人"に立てた誓いを破った場合、その者は崖から突き落とされて殺されるのがゴン・ガンクの掟じゃった。
それは誰にも侵せぬ神聖な誓いであり、実行しないというのはゴン・ガンクの文化では全くあり得ないというほどのものじゃ。
「貴殿の神ではないから、貴殿には知ったことではなかろうが、誓いは必ず守る。それは、ただひたすらに信じてもらうしかない。俺だってそうだ、初めて会った貴殿との間に、命まで張るに足るほどの信用は無い。だが、既にお互いこれしか道は無いのだ。ならば、信じて突き進むのみ」
ハルバードは、彼の言葉と姿に、王たる気概を見た。
そして、承知したのじゃ。
あとは知っておろう。
マンマートはその後十日間で滅び、コードランは多くの有能な人士を配下に収めた。
ハルバード・レイゲインもその一人じゃ。
彼はコードランに生涯仕え、いつしか五大将と呼ばれるようにまでなったのじゃ。
わしの夫か? この頃にはもうコードランの側仕えをしておったが、まだ将にはなっておらんかったよ。




