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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
軍の章
122/211

軍の魔女10

「一体何なんだありゃあ!」


顔の下半分がヒゲで、上半分が古めかしい鉄兜で埋まっている百人長が声を荒げる。


ダグナマンバ大要塞大三郭部第三会議室。

要塞の主立った者が集まり、卓を囲んで座っていたが、それ以外の者らが部屋の隅から隅まで詰めかけていた。

座っているのは総司令官のヘリルメリアと参謀のサイラス、それと各部門の責任者たちである。

しかし、それ以外の前線指揮官や将校らが隙間なく、彼らのつく卓を囲んで立っているのである。

クロスはヘリルメリアの後ろに立っており、この会議室が無駄に広かった理由を理解していた。


ダグナマンバがヘリルメリア体制となってから、駐留軍では千人長役職が廃止されている。

会議室を埋め尽くしているのは百人長と、各施設の管理責任者たちだ。

冬前に近隣から避難してきた村民らの代表者も加わっている。


この超大人数の軍議が、このダグナマンバでは既に名物となっていた。



「慌てるでない、まずは戦後報告からじゃ」



激昂するヒゲ鉄兜に手のひらを向けて制止すると、サイラスに視線を送る。

それを合図として、サイラスは木簡を卓の上に広げた。


「死者117名、内訳は壁上守備兵63、壁上擲弾兵12、前庭盾兵25、サティラッチャ射撃兵8、赤槍隊9。うちサレイザルツァーク什長、ベレネ・ファスク什長、フライタグ=モート・カンガ什長、エレッセ・ナリエンサル什長、スニガ・ヴ・オート什長、クンバ・グ・スゥレイ什長、コルガ・ヴァーニコーザ百人長の戦死が確認されました」


その場にいる全員が目をつぶり、少しの間黙祷が捧げられる。

手慣れた儀式であるかのように全員が一斉にそうしたので、クロスも慌てて追従することになった。

5秒ほども経つと、再び目は開かれ報告も再開される。何事もなかったかのように。


「重傷者は473名、内訳は壁上守備兵378、壁上擲弾兵27、前庭盾兵12、サティラッチャ射撃兵3。即日戦線復帰可能な軽傷者は1167名です」

「施設損害」

「東西の砦はともに損害軽微、大壁上は三番、五番、十二番、十三番、十七番城楼が大破、篝火台は15基が倒壊、サティラッチャ4基が故障し7基が再使用不可能です。大壁そのものに目立った損傷はありません」

「残った篝火台を攻撃の激しい中央へ寄せよ。逆に、サティラッチャは両端へ寄せるのじゃ。負傷者の治療と設備の補修・再建は従来通りに。それと、ヴァーニコーザの後任はミュルトルに」


一日の死者が117名。負傷者に至っては1500人を超える。

6万の軍勢といえど決して無視できない損害である。

冬至までの間は、今日のような大攻勢も無いと思えばこその平静であったが、今年は事情が違った。



「もういいか?」



ヒゲ鉄兜が苛立ちを隠そうともせず発言の許可を求めた。

彼は練兵担当の責任者であり、前庭のファランクス隊を指揮する百人長たちの中では代表者のような立場の者である。

ヘリルメリアは、言葉ではなく目で了承の意を示した。


「ここ200年、ダグナマンバより南に奴らが侵入を果たしたことはない。俺の親父は、30年間ずっとダグナマンバを守り抜いたのをしょっちゅう自慢してたもんだ。ここにいる連中皆が、大なり小なり似たような誇りを持っていたろう」


外野の者らが口々に「そうだ」と賛同する声を上げる。

兵士たちの結束と軍紀は、愛と誇りから生まれる。

共有される価値観と誇りは、お互いの人間性を確認し信頼し合うためには絶対に必要なものだった。


「だが、その誇りはもう消えた。兵士たちはひどく動揺している。とんでもなく恐ろしい間違いが、よりによって自分の代で起こっちまった。ダグナマンバの伝統を自分たちがぶっ壊しちまったんじゃないかってな」

「壁は守った。それが事実じゃ」

「奴らを南にやらねえための壁だろうが!」


クロスは内心、穏やかではなかった。

ヒゲ鉄兜の怒りはもっともであるし、クロスにすらヘリルメリアの言い分の方が詭弁であるように感じられたからだ。

それでも、ヘリルメリア本人は自若としている。苛立っている様子もない。


「それもまた事実じゃ。重要なのは常にそれのみよ。壁を守り、突破した"地走り"どもらには出来る限りの対処をしておる。それ以上に何をどうせよと? わしらはトッテンバットの報告を待つ以外にできることは無いんじゃぞ?」


眉をしかめながらも、ヒゲ鉄兜はむぐむぐと口をつぐんでしまった。




──大量の"地走り"が南側へ抜けてから、すぐにヘリルメリアはその場で指令を発した。


指揮官らにその場を任せ、自らは大要塞本丸にとんぼ返りし、大急ぎで1500の兵を編成。

それをトッテンバットに与えて、雪原に散らばっていった"地走り"どもの追撃を命じたのである。

北側の氷の軍勢はあの後すぐに攻撃をやめて姿を消し、グラヤ・ナガも胸を押さえてよろけながら吹雪の奥へと去っていった。

氷の紋様も、かき消えるように吹雪の中に溶け込んで消え、吹雪そのものもおさまった。

この軍議はそれから2時間後に召集されて開かれたものである。


そして、南へ送り出したトッテンバットからの報告は未だ無かった。




「増援を出したらどうです? 今の状況でもさらに1000人程度ならなんとか都合がつきますが……」


横から新たに発言したのは、物資管理部門の責任者。

アーゲルン人の男だが、左頬に木目の焼印が捺されていた。


「無用じゃ、追撃隊は既に計画的に散開して行動しておるはず。増援を送ったとてまともに機能すまい。かえって混乱させるだけじゃよ」

「ならばこちらが増援を請おう。非常時である旨を司令官から統王様に奏上してくだされば、援軍を送ってくださるに違いない」

「それも無用、というよりしたくても出来ぬ。近頃は何やら巷が不穏でな、コー・ナイルでもあのような騒ぎがあったばかりじゃ。いま下手に中央の軍を割いたり、北の火種を増やすような真似をして、取り返しのつかない事態を招けば大要塞の維持どころでは無うなってしまう」

「じゃあどうするってんだ? 明日もまたあんなことされちまった日にゃ今度こそお手上げだぞ!」


「それは無い」


きっぱりと、ヘリルメリアは断言した。

「おそらく」も「たぶん」もつけず、既にその未来を知っているかのように言い切った。

当然、ヒゲ鉄兜が「どういうこったよ」と噛みつく。

その悪態に対しても、彼女は淡々と言葉を連ねるだけだった。



「あれだけの数の"地走り"を再び用意するには、経験上あと6日はかかる。加えて、あの技はグラヤ・ナガの魔力核を一つ失のうて用いるものと見た。かの大巨人は四つの魔力核で成立する個体で、三つからまた一つ失えば体を保てぬじゃろう。おそらく、冬至をまるまる魔力核の再形成に使うはずじゃ」

「そりゃ例年の話だろう! 今年は明らかに異常だ。突破された件だけじゃねえ、戦いの方だって、初日とはいえ一日で100人以上死ぬなんざこれまで無かったんだぜ」

「気候変動の件は承知しておる。確かに大きな損害じゃが、それでも大壁の防衛に支障の無い範囲じゃよ」



ヘリルメリアは彼女なりに理を尽くして話しているのだろう。

だが、この場にいる者たちが納得している様子はなかった。


「"あの技"については、その、確証がありますか? 明日はしてこないという」


発言したのは、卓の周りに立つ百人長の一人だった。

卓についていない者でも、この部屋にいる者は誰でも自由に発言ができる。

さきほどのヒゲ鉄兜が見せた、許可を求めるような言動は、単なる嫌味であった。


「グラヤ・ナガは敵方の最大戦力の一つじゃ。そうそう無駄にはすまい」

「でも、連中はグラヤ・ナガすら使い捨てるかも。もしかしたら、そのために何百年間もあいつを育ててたんじゃ」


この発言には、うなる者も多かった。

今回のような使い方のために、数百年もかけて作り上げていった兵器。

全くあり得ない話ではあるが、相手はあの氷エレメンタル。常識もなければ法もない怪物なのである。

その、何をしてくるかわからないという不気味さと、今回の件の異常さが、かえってこの意見に信憑性をまとわせていた。


それを、ヘリルメリアはハッキリと「否」と切り捨てた。



「連中は組織的で、戦術があり、軍略を以って動く。あの氷の怪物どもはイナゴの群れが如き無思慮なけだものではない。ただ上から下へ流れるだけの水ではないのじゃ。連中は明らかに、戦略を抱く知恵ある意思に統制され、その意思のまま横へも上へも昇る水流、すなわち"軍"なのじゃよ」



大壁の上で見た光景をクロスは思い出していた。

歩兵を揃えて攻撃し、壁にはしごをかけ、投石機の代わりに"つぶて"を用い、"地走り"の散兵攻撃で防衛の足並みを乱す。

それから最強の兵器グラヤ・ナガを投入し、投炎機に阻まれれば最後の奇策を振り絞る。

そんなの、まるで──



「──まるで、人だ」



ぼそり、とクロスは思わずつぶやいた。


その場にいる誰もが呆気に取られたが、ヘリルメリアだけは顔を伏せて不敵な笑みを浮かべた。

直後には、卓に向き直って言葉を続けていたが。


「そう、人じゃ。これまでお主らには秘しておったが、わしは人を相手するつもりで連中と戦うておる。そやつの、というよりもそれの正体までは見当もつかぬが、なればこそ、戦略も戦術も知るようなまともな軍略家がグラヤ・ナガほどの戦力をみすみす投げ捨てるわけがない」


秘していたのは、部下たちから正気を疑われる危険があるからだろう。

だが、その部下たちとて、ただの愚か者ではない。

ヘリルメリアの言葉に驚きは示していたが、彼らとて内心で「気付き」はあったのだ。

ここのエレメンタルは普通じゃない。とんでもなく異常で、あろうことかずる賢いのだ、と。


「それにな、グラヤ・ナガを捨てるつもりで作ったのならば、投炎機の射程外に退避などさせずに大壁へ突っ込ませておるじゃろ。理由は知らぬが、連中には必要なんじゃろうな、あの大巨人が」


とはいえ、結局彼らを納得せしめたのはこの事実の方であったが。

グラヤ・ナガはまだ今ほど大きくなかった頃、直接大壁を攻撃していたと記録にある。

それが今のように遠くから攻撃するようになったのは、投炎機の直撃で魔力核をひとつ吹っ飛ばされてからであった。

そのような歴史を踏まえると、自然とヘリルメリアの言葉にも説得力が生まれていた。



「でも兵士たちが動揺してるのは確かですぜ。司令官の理屈は、その、皆にゃあ通じませんや……」



百人長の一人がやや遠慮がちに述べる。

その場にいる全員が、押し黙った。

声に出して同意するのは、あまりにも情けなかったからだ。

しかし全員が、現場の現実をよく知っていた。


彼らは、不安なのだ。

彼らは、求めているのだ。


それは正しさではない。

それは不安を取り除いてくれるもの。

心を預け、すがることができるもの。


すなわち、具体的な方針だった。


さすがに、ヘリルメリアも腕を組んで鼻を鳴らした。

人差し指と中指がトントンと腕を叩く様は、タバコを欲しているようにも見えた。


具体策と言っても、現状はトッテンバットの報告を待つしかないのが現実なのである。

だが、解決に向かって進んでいる、という希望も兵士らに示さなくてはならない。

この異常事態に、首脳部は手をこまねいてなす術無しか。兵士らにそう受け取られるような状況は、避けなくてはならない。

それも、ヘリルメリアは理解していた。だからこそ、タバコが欲しくなったのである。



「調査」



軍議が完全に行き詰まった、まさにその時、一つの声が上がった。

まさかと思ってヘリルメリアが振り向くと、そこにはやはりクロスの姿があった。


「その、調べに、行きませんか? 調査隊を編成して、原因を突き止めに行くんです。北で何が起きているのか、そしてどんなおぞましい秘密があるのか」


言葉の途中で、ヘリルメリアが手を握って止めようとした。

だがそれでも、彼は最後まで言い切った。


即座に、反論が飛んでくる。半ば以上、呆れた様子で。



「あのな、小僧、学者さんの弟子だかなんだか知らんが、お前さんが思いつくようなこたぁとっくの昔に何回もやってんだよ。調査なんてのは二度と帰って来ずに命を無駄遣いするか、あっという間に逃げ帰って物資を無駄遣いするかのどっちかだ」

「今年の冬は特に厳しい、生還は不可能だ」

「だいいち誰が行く? 志願する奴なんているわけない。命じたところで脱走されて柱街の肥やしを増やしてやるようなもんだ」



彼らの態度には、深い経験と確実な実感がこもっていた。

そのどれもが正しいのだろう。常識なのだろう。


だが、常識に屈して、現実に膝を折って、何の魔女協会か。

不可能や無駄なんていう言葉が、魔女に通用するはずはないのだ。



「僕が行きます」



この表明には、百人長たちの間で笑いすら巻き起こった。

昨日今日いきなり来た若造の、向こう見ずな大言壮語。

一笑に付されるのはあまりにも必然であった。

ただ一人だけ、笑顔を見せないのはヘリルメリア。

彼女は神妙な表情をクロスに向けた。


「クロス、司令官として、そしておぬしの安全を協会長殿から請け負うておる魔女として、無謀な調査を許可することはできん。最優先は要塞の守護、そして損害を抑えることじゃ」


クロスは、反論するつもりだった。

そうするつもりで調査を提案したのだ。

だが、ヘリルメリアの顔があまりにも真剣で、気圧されてしまった。

冷や汗をこめかみに感じながら、ぐっと歯を噛み締めてしまう。



「調査の是非はともかくとして、今は気を緩めず防衛に努めながらトッテンバットの報告を待つ」



向き直り、肘をついて体を傾ける。

小さな子供の動作にしては厳つすぎたが、妙な説得力もあった。


「もし、また"あの技"をされたら……今度はどうするんですかい?」

「ヘレドラック、ソーマン、グラァナァド、カイン、ズヴラ、メドラッセの隊を岩則兵とし、700m南の雪原地帯に配置する。野営陣地を築き、篝火で囲んで状況に応じて"地走り"を迎撃するんじゃ。全員に木盾も持たせよ」


「"腑の"がおればな」という呟きをクロスは聞き逃さなかった。

ダグナマンバにおいて最も重要な問題は医療である。

本丸と砦には豊富な医療物資と整った設備が置かれているが、野営陣地となるとそうはいかない。

物資を保管し管理する能力にも、用意できる設備にも限界が生じ、十全な救護所は設置できない。

だのに、敵と直接交戦したときの危険は、大壁の守備兵たちに降りかかるそれよりもはるかに高い。多くの負傷者が出ても、対応しきれないだろう。

トッテンバット隊に負傷者が出た場合も、まず運ばれる先が野営陣地となるのは想像に難くない。

処理しきれない負傷者はダグナマンバ要塞に送るしかないが、雪原の中、大量の負傷者をまとめて運ぶのはかなりの手間と時間がかかる。

結局は、野営陣地で処置しなくては助からぬ負傷者の多くが死ぬだろう。


そこに"腑の魔女"がいてくれたならば。

将帥としてのヘリルメリアの、歯がみするような思いは察するに余りあるものがあった。

つまりは、野営陣地の構築という対策では不十分であることを自覚しているのだ。

"地走り"を追っているトッテンバットたちの間で、もしくは再び"あの技"が放たれた後の野営陣地で、多くの死傷者が生ずるであろうことを予見しながら止められないのだ。


だが、それ以上にできることは何も無いのである。

ヘリルメリアはそれきり解散を宣言し、会議室に詰めかけた人々はぞろぞろと肩を落として退室していった。




最終的に、第三会議室にはヘリルメリアとクロスだけが取り残された。

クロスは司令官の従士。彼女がここに残り続ける限りは傍にいなくてはならないのである。


「どういうつもりじゃ?」


頭を抱え、ため息をついてから、ヘリルメリアは背中越しにたずねた。

何を指しているのかは、言葉にされずともすぐにわかった。


「ここのエレメンタルたちは、明らかに異常です。その異常さの原因を突き止めない限りは、あらゆる異常事態の抜本的な解決は望めません」

「で?」


彼女の声は冷ややかだった。

ハンターとしての無感情ではなく、突き放すような冷淡さだった。

しかし、すでにクロスもこの程度で屈するような人物ではなくなっている。

少なくとも、始めた言葉は最後まで言い切らねば。


「火術士は、その、ダグナマンバにとって重要な人的資源です。北の果てで、栄達とも富とも無関係な仕事に従事してくれる奇特な人などは、全世界を探してもここのお二方の他に見つかるかどうか。なので、火術士を調査隊に同行させたことはこれまで一度も無いはず」


ヘリルメリアが無言を貫くのは、おそらく肯定の表れだろう。

話を前に進めるためには、そう解釈せざるを得なかった。


「しかし、調査に成果を望むならば、火術士を同行させるのは最も合理的です。しかも私はダグナマンバ駐留軍外部の者。万一失ったとしても、致命的な損失にはなりません。今年の氷エレメンタルは例年より異常とのことですが、ダグナマンバにとっても今は火術士が三人もいるという異常な状態。この異常が解消されてしまう来年の春までに調査を実施するのが、危険も少なく、成功の確率も高いと考えます」


「今がチャンスだ」というクロスの主張は、部分的に事実だった。

ダグナマンバの火術士が2名のみで予備人員もいない理由はごく単純。誰も来たがらないからだ。

炎と熱の扱いに習熟し、火の魔法にも精通する火術士は、統王の御世以前からその技を民間に売って生計を立てていた。

魔女のような特定の拠点を定めず、魔道士のような同業者組合も作らない、独立した雇われ技術者。

故に彼らは個人的な感情や都合で仕事を選べるのだ。


そのような者らが、わざわざ極寒の地に足を運んでまで安い仕事を受けに来るはずがない。

だからこそ、火術士が一人余っているなどという状況は非常に稀だった。

この機を逃せば、またいつ同じ幸運が訪れるものかわからない。

それは確かな事実だった。



「何故じゃ?」



しかし、ヘリルメリアは揺らがなかった。

振り向きすらしていない。


「何だっておぬしが命を張ろうとする? おぬしにも帰らねばならぬ理由があろう」


クロスの表情が曇る。

浮かんだのはアイランとアッサルートの顔。

自分を送り出し、そして帰りを待つ女性たちの微笑みだった。


しかし、己の使命を曲げるわけにはいかない。

出会った全ての魔女を見届けてきた。

今更、それを変えることなどできはしない。


「僕の使命は、魔女の皆さんの行いを見届けることです。だから、メリアさんにも心のままに行動して欲しいんです」


クロスは見るためにここにいる。

魔女一人一人の生き様、その形を学ぶために。


「僕だって、死にたくはないです。調査が危険なのも知ってます。でも、メリアさんが調査を望んでるなら、僕はそれを見届けたい」


これは、直感だった。賭けと言ってもいい。

氷の秘密を語りながら吹雪の奥を見つめる、あの表情と言葉。

そこから、彼女の意思を推測しただけなのだ。


「行きたいんですよね、あの吹雪の奥に」


この言葉でも、彼女は振り向かなかった。

ただ、否定も叱責もしなかった。

キセルを取り出し、葉を詰め、指先の黒い突起をぶつけ合わせて火花を落とす。

咥えて息を深く吸い込み、火種に空気を送りながら煙を呑む。

それから、ため息のように紫煙を吐き出した。



「やはり、弟子は師に似るものじゃなあ」



どこか諦めたような、力の抜けた声だった。


「じゃが、今は良き機ではない。秘しておれよ」


この言葉には、クロスも素直に「はい」と答えた。

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