ハロバの偽証
ハロバ。ハロバ・ヴ・セネイレです。
はい、証人として、真実のみを証言することを誓います。
後見者ハロバ・ヴ・ティラン、ソーロンゲン・フィビルイースト。
"薬屋"と俗に言われております組織の者に監禁されていました。
はい、事件のあった日から、そこに……
いえ、最初に失踪したのは私の意思です。柱街で、浮浪者の真似事をして姿を隠していました。
最初は、その、どこから話したものでしょうか。
ある日"兵の魔女"が、いえ、被告人が私を自宅から誘拐し、路地裏で尋問しました。
ならず者というか、その、"流木団"を街に引き入れたかどうかを訊かれて、そうした、と。
命令されて北門から、ヴェシュトという男に依頼して、殺し屋たちを引き入れたんです。
はい、ヴェシュト・ナラガッハIII世です。彼に頼みました。
依頼したのは私ですが、私はマードックさんの使い走りとしか見られていませんでしたから、怪しまれませんでした。
そう……です。はい、横領を働いていました。それをマードックさんにバラすぞと脅されたので、被告人に全て話したんです。
だから、その、怖くなって、身を隠しました。
はい、私はスロヴ共同体の一員です。仲間に助けを呼んで、その助けが来るまで浮浪者に紛れて……
もちろん知っています。スロヴ共同体は違法組織です。
"流木団"に頼んだのは、仲間たちにマードックさんを殺させるのが、忍びなかったので……
はい、最初はマードックさんを、その、殺させるために"流木団"を呼びました。
本当に、私には他にどうしようもなかったんです。
こんなことになるなら、あの時三角連衡の乱に加わって、死ねばよかった。
戦場で一息に虫けらのように殺された方が良かった。汚名を被ってでも、何か、何でもいいから力一杯にやり遂げて刑死した方が良かった。
怖い思いをして、生き続けて、そして、マードックなんかにいいようにこき使われて、ゴミのように扱われて、だから。
だから、私だって出来るんだぞ、やれるんだぞ、上手く立ち回れるんだと証明したくて、横領を。
なのに結局怖がって、自分のことながらなんて情けない。
マードックにも"兵の魔女"にも殺されたくなかった。それで、あんなことを。
はい、そうです。スロヴ共同体の仲間たちと"流木団"の力を借りて、クロス・フォーリーズさんを誘拐しました。
井戸城の第三地下倉庫です。間違いありません。
そこにフォーリーズさんを誘拐して、マードックさんを脅迫しました。
"兵の魔女"が殺す気で襲いかかって来るんです。条件を呑んでくれるだろうと思いました。
彼に求めたのは、毛皮と材木の利権と、私の土地の権利書と、身の安全の保証でした。
ハヴナ森林帯は、あの土地は私のものです。あいつは統王様へのコネがあったから、開拓の許可を賜っただけです。
すいません。
マードックさんは条件を呑みませんでした。私がどれだけ脅しても、首を縦に振らなかった。
それどころかその場で私を捕らえさせ、連れて行って監禁したのです。
はい、その監禁場所が"薬屋"の拠点で、奴らが私を見張っていました。
気まぐれみたいに私を殴ったり、唾を吐きかけたり、虫の湧いた食事を投げつけたりして、楽しんでいました。
ある時は「お薬の時間だ」なんて言って、得体の知れない薬を飲まされました。
そのせいで私は二晩ずっと吐き気が止まらなくて、寒気がして、こんな場所で死ぬんだと思いました。
自分が吐いたものの臭いと、惨めな寒さ、ひどい震え、それだけだったんです。あの部屋にあったのは。
時間の感覚なんて全くありませんでした。
マードックさんの死は、少し回復し始めた頃に知りました。"兵の魔女"が捕まったという話も。
部屋の外で、私を見張っていた者たちが話しているのを聞いたんです。
正直に言って、とても嬉しかった。ざまあみろと思った。
もしかしたら、それがあったから私は生き延びられたのかもしれません。
それから、何日も経って、衛兵の皆さんが私を助けてくれました。
奴らを摘発して、毛布と着るものをくれて、生き返った心地がした。
手錠の重さも鎖の煩わしさも、何てことはない。
ドアの外に出た瞬間の解放感を考えたら、もう何だって差し出せると思った。
死んで生き返ったのだから、もう何が起きたって構わない。
だから、証言を申し出たんです。
はい、解放されたのはつい1時間ほど前です。
医者なんか後でいい。いま話したかったんです。
これを始まりとした一連の証言は後に"ハロバの偽証"と呼ばれ、法律家らに多くの学びを残した。
歴史家たちはこれを「歴史上最も巧みな嘘のひとつ」と評し、証言に頼る法制度の脆弱性を強く戒める実例として挙げている。
非の打ち所のない動機、事実と真実を土台とした虚偽、そして朗々と読み上げるようにではなく、時に取り乱し、感情を吐露するその塩梅。
その内容はクロスのでっち上げと、クランツによる補強に完璧に沿う形で進められた。
魔道士たちは大いにざわめき、混乱し、物事の整理が追いつかずにいた。
ハロバの証言によって、事態はマードックの仕打ちに対するハロバの反骨心と私怨が引き起こしたものであり、その結果であろうとも"兵の魔女"が自らの意思でマードックを殺害したのは疑いない事実とされた。
同時に、それはアイランにかけられたマードック殺害以外の嫌疑をも補強しており、有罪判決の根拠として十二分に言い訳の効く証言でもあった。
司法妨害の件を判事権限で保留にし、これらの判決を優先された場合、もはや手の打ちようがない。
クロスは大いに歯噛みしながら、状況を見守る他なかったのである。
まさか、ハロバ卿本人が降って湧いたように現れるとは思っていなかった。
恐らくはクランツによって早期に確保され、監禁され、嘘を吹き込まれたのだろう。
下手をすると、これらの証言全てをハロバ卿本人が真実であると思い込んでいる可能性すらある。
もしそうだった場合、アーゲルンの"魂感応"を必要とするのは判事側ではなく被告陣営側だ。
だが、そのような時間は無い。要請しても却下されるだろう。なにせ、他の証言との整合が取れている証言なのだ。ハロバの言葉の信憑性を現時点で疑うべき材料が無いのである。
一手で全てがひっくり返された。
ハロバに利用価値はなかったはずだったのに、クロスは自らの嘘によってその価値を生じさせてしまったのである。
事態が裁判に及ぶことを見越し、魔女協会がどう対応するかを予見した上で、ハロバを確保していたのだろう。
もしかしたら役に立つかもしれないが、立たないかもしれない切り札として。
一体いつからその目論見が始まり、計画が動き出したのか、クロスには皆目見当もつかなかった。
クランツの計略なのは間違いない。
だが、一体どこからどこまでが、あいつの計画の範疇なのか?
クロスは顔を覆って俯いた。
打ちのめされた気分だ。裁判が始まってからの頑張り全てが粉砕されたような思いだった。
事実、そうなのだろう。ハロバの証言が済み、退廷が命じられる。
ハロバの証言によって事実関係が確定されたと見なせる場合、量刑判断が決定する。
被告と原告の双方から妥当な見解を抽出し、人間の納得を優先させる「妥協的判決」ではなく、明快な事実に則って、納得ではなく法が力を振るう「決然的判決」となる。
推測や判断といった主観的な余地がなくなり、全てを客観的事実として、機械的に法律を当てはめた有罪判決が下せるのだ。
法廷は真実を明らかにする場であり、そうあるべきところであるのが理想である。
だが現実的に、証明が不可能な真実も数多くある。真実を暴くことそのものが不可能な案件はいくつもある。
その場合、しばしば法廷は真実を旨とする神聖な場ではなく、被告と原告が互いの落とし所を探り合い、法の体面と判例と民衆の反応を慮る人間臭い交渉の場となる。
クロスと"法の魔女"の働きによって後者に持ち込みつつあった裁判を、偽証によって一挙に前者へと引き戻された。
有罪判決が下る。間違いなく。
それも、今すぐに。
最終陳述も省略されてしまう。
これが正式な、被告欠席の裁判だからである。
ハロバ卿の足音と鎖の音がゆっくりと遠ざかる。
ソルチェンタイウスは既に口を閉じ、視線を伏せて木簡を丸め始めていた。
判決を下すつもりだ。有罪、そして死刑として。
ハロバ卿の退室と同時に訴状の木簡で判事席を叩き、木簡に括られた札に判決印を押す。
そして高らかに宣言するのだ。「有罪」と。
そのための木簡が鷲掴まれ、幾度も繰り返されてきたように持ち上げられた。
「そこまでじゃ!」
だが、その時、聞き慣れぬ快活な声と共に扉が勢い良く開け放たれた。
同時に、武装した男たちが整然とした隊列を組んで法廷に押し入る。
その兵装は要路の警護と治安維持を旨とする衛兵がごとき軽装とは全く異なる、実戦に臨みうる歩兵の装備であった。
編み目の細かいトルク綿の隙間を重黒草の熟成染料で塞いだ気密性の高い服に、寒さや氷にへこたれないヘラゴラの革鎧。
槍や手斧ではなく、氷を叩き割る斧槍を携え、握りこぶしほどもある鉄球が括り付けられたフレイルを腰に差している。
全員がここにいる魔道士らより頭一つ大きく、飾りではない防寒と防風用のマントが堂々たる威容を示していた。
顔つきは厳しく、化粧の代わりは無精髭や古傷だった。
彼らはさも当然であるかのように判事の前まで進むと、それぞれが立会人席の方を向くように体の向きを変え、斧槍を横に持ってお互いの穂先と石突きを触れ合わせた。
すると、仕掛けによって穂先が石突きの金具に固定され、十数本の斧槍は二本の柵の横木となった。
そうして、歩兵たちの背中と斧槍によって舗装された、入口から判事の前まで繋がる道が現れた。
そこを、軽い靴音が進む。人々は大男の体の隙間からその正体を一目見ようとし、それを成し遂げられた者から順に息を呑んで顔を歪めた。
クロスがその姿を見たのは、大男の歩兵らの半分程度しかない小さな乱入者が、彼の真横を通った瞬間だった。
彼は魔道士らのような反応は示さなかったが、いささか驚いたような表情で「あれが」とつぶやいた。
「御役目まっこと大儀である! まずは職務を中断する無礼を容赦せい!」
判事の前に歩み出て大声を放ち、堂々と非礼を重ねる。
その背は10歳前後の女児がごとく小さく、面構えや肌つやのあどけなさには全く不釣り合いな、力の通る声と威風を放つ。
兵装こそ歩兵らのそれを子供用に小さくしたようなものを身に着けているが、マントには赤い三日月が染め付けられ、何より頭には、つばの広い三角帽子を被っていた。
愛らしき少女の外見に、やまびこのようによく通る大人の声と、堂々たる豪傑の振る舞い。
そして何より特徴的な、黄金色に輝く、大きく、丸い二つの瞳。
間違いない、彼女は──
「し、司令官殿」
ダグナマンバ大要塞総司令官兼北塹将軍、魔界領フラヤゴッサ領主、ファバリナ侯爵夫人、シェトリリエ・コードラン・ハーバントの庇護者、"峰守り"、そして──
「ヘリルメリアである!」
──現17代目"軍の魔女"、ヘリルメリアその人である。




