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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
法の章
105/211

法の魔女11

仲間を裏切り投降したマードックを御前に引き出し、統王コードランたずねて曰く。

「何故あえて悪名を被るのか」と。

アーリー・マードック、応えて曰く。


「人に善悪なく、歴史なく、未来なく、常世なく、現世の利害のみある。悪名も功名も海底の金貨と同じ、埋もれ拾われず目に触れすらしない輝きに如何なる意味があろうか。己が名は名であり、名誉もなければ不仁もない、ただの音だ」


互いに、それ以上の言葉は尽くさず。

歴史の事実としてのみ、統王はマードックを咎めずに、魔道士会への復帰や入札への参加をゆるした。

しかし公私にわたってその名を口にすることはなく、気にかけるような素振りもなかった。

あえて言及を避けるのは、好ましく思っていないとの証。

彼の基本政策や人格を鑑みても、それは明らかだ。


しかし、マードックは優秀な男だった。

魔道士会優位の風潮が強く、かつ中央の評議会の影響が少ないコー・ナイルを選び、憎まれながら巧みに力を掴んでいった。

産業を興し、生産と加工と流通を繋げる経済線を構築。

これらは統王の食兌換制の定着に少なからず貢献し、共通語普及の一助にもなった。

傀儡による独裁的な体制は統王の方針に反していたが、実際的な活動は民衆を富ませ、統王の改革を援護していた。


それでも、マードックという男への警戒を疎かにする訳にはいかなかった。

故に魔女協会は"兵の魔女"を送り、統王はサイザルを送った。




この状況は、それが功を奏したと呼んでもよいものだろうか?

魔道士たちの怒号と喧騒に包まれながら、クロスは頭を抱えた。

マードックの裏切り、反統王連衡の跳梁、それらを察知し行動によって阻止した。

少なくとも、後ろでがなりたてるこの連中が丸ごと統王への叛逆に加わるような事態は避けたはずだ。

しかしそれによって、"兵の魔女"とクロスが糾弾されている。


もしマードックが、コー・ナイルが、反統王連衡に加わっていたならば、それは確実な破滅だ。

マードックとクランツが部下の魔道士や街の民衆を守ろうとするはずがない。

彼らは搾り取られ、攻撃に巻き込まれた挙句に、犠牲として罰を受けるだろう。

信頼するものに寄りかかった。それだけの罪に対し重すぎる罰によって、打ちのめされる未来が待っていただろう。


ある意味では、アイランの働きはその未来を回避させてくれたのだ。

マードックとクランツの利己から街を解き放ったのだ。

そんな恩人への仕打ちがこれとは。

憤りを越して呆れすらクロスは覚えていた。



「静粛に、静粛に!」



幾十と繰り返された言葉が性懲りも無く響き渡る。


乱痴気騒ぎの発端は物証の検証の際に、クロスがあえて被害者を逆告発するかのような発言を行ったことだ。

マードックが死亡した現場には彼が書いた術式が残されており、"兵の魔女"の攻撃に対し抵抗した証拠として原告側が取り上げていた。

非常に高度かつ大掛かりな術式と構造だったが、原告も衛兵も判事もあえてそれに触れず、単なる武器としてのみ言及した。

大掛かりな罠ではなく、即席の小規模な術式であり、護身用の構造物、魔道具を作動させるだけのものであるとされたのだ。


クロスは、そこに待ったをかけた。


突発的な襲撃に対し、護身のため即席の術式を用いたのではない。

大規模な術式と構造を用意し、計画的に被告をおびき出して待ち受けたのだ。

その証拠として現場の地下にあった魔力の蓄積構造と、廃棄物回収業者の取引明細を提示した。

魔力の元となった大量のヒョウガンマスは、その残骸をゴミ捨て業者が処理していた。

ゴミ捨て屋は成果物が残らない業種であり、料金のごまかしや踏み倒しを防ぐために取引明細を用意するのが慣例となっている。

そこにはっきりと、大量の炭粉を処理、と書いてあったのだ。再利用できない、魚を燃やし尽くした炭を。


更に、アイランとマードックの個人的な確執を取り上げ、計画的な陰謀であることを強調した。

これはアイランが隠れ家に残した記録を読むまでクロスも知らなかったことであるが、かつてアイランはマードックを殺そうとしていた。

魔界領イレド城址街で犯罪組織の地上げに抵抗していた魔女が強姦され、性奴として売り飛ばされた。

魔女はアイランが救出し、犯罪組織も壊滅させたが、売り手と買い手の仲介をしたのがマードックだった。

その落とし前をつけさせるため、アイランは爬虫類そのもの以下の鬼畜となった爬虫人を追った。

ならず者どもを締め上げ、刺客を返り討ちにし、時には魔道士や役人すら脅して、あと一歩、マードックの隠れ家の場所まで掴んだ。


だが、襲撃は実行されなかった。任務の中止命令が出たのである。

犯され、売り飛ばされた魔女がなんと買い手の男と相思相愛になってしまい、結婚までしてしまったからだ。

これによって、既にコー・ナイルの大物となっていたマードックを殺せるだけの名分がなくなってしまったのである。

そのことは、情報筋を通してマードックにも伝えられていた。

彼は大した反応を示さなかったが、即日隠れ家を引き払い、己が拠点に戻った。

それを目の当たりにしたアイランは「我が身をここに及ぼした11の車輪が『あな口惜しや』と寒風にすすり泣こう」と詠んだという。

11の車輪とは、ここに至るまでに殺した11人、その切り落とされ転げた首を指す。


このような因縁が、常にアイランとマードックを結びつけていた。

以降も二人は度々殺し合うが、常にアイランがあと一歩で仕遂げるという段で任務が中止となった。

マードックの持つ政治力と影響力のなせる業であり、戦いは常に引き分けだった。

だからと言って、互いに存在を良しとしていた訳ではない。毎度、全力で相手を葬ろうとぶつかり合ったのだ。

その対立と絶妙なバランスのもとで、コー・ナイルという街は回っていた。

アイランの振りまく暴力への恐怖、マードックが懐で光らせる権力への畏怖。

街にとってはどちらも重要であったが、どちらも街のために尽くしているのではなかった。


故に、マードックが"兵の魔女"に対して殺意のある罠や過剰な防衛構造を用意していたとて不思議ではない。

これはハロバ卿の独断専行に巻き込まれたマードックと"兵の魔女"という図式ではなく、二人の共謀にまんまとはまった"兵の魔女"という物語なのだ。


と、そのように主張したらこの有様である。

裁判の進行を妨害してくれるのは大いに結構であるし、それを狙っての発言でもあったのだが、実際にこのように馬鹿騒ぎをされると呆れの感情も出てきてしまう。

まだ20にも満たない少年の挑発に100人を超えようかという人数の大人がやすやすと乗ってしまう。

大人としての矜持は無いのか? 勝てるならなんでもいいのか? というよりそんなんで本当に勝てるつもりなのだろうか?

ため息をつきながら、視線を相互紙に落とす。背中に浴びせられる罵声の嵐など、クランツに刺し入れられた言葉の短刀に比べたら水滴をかけられているようなものだった。



『マードックを失ったコー・ナイルなどそんなものです。頭を失った蛇は無様に無意味にのたうちますが、胴や尻尾はそれが有効で大事だと思うからこそのたうつのです。全くの無意味であるというのに』



状況と心理を察してか、"法の魔女"の文面もいささか呆れ気味だった。

わかってはいたが、実際に目の当たりにすると見苦しくてたまらない。

ここにおらずして、彼女は今の光景がありありと思い描けているかのようだった。



『今日のところはこれで閉廷をもぎ取れるでしょう。大胆な主張を繰り返して、立会人を煽り立てていけば労せずして時は稼げます。判事とテイリノ・バルは立会人の人数を制限する特例で対応するでしょうが、それまではせいぜい逆撫でして無駄な時間を使わせましょう』



全てを一人で掌握し、誰とも共有しなかった大物アーリー・マードック。

彼の死は分裂と混乱を生み出し、宙吊りになった利権に群がる輩を生み出した。

彼らはその利権を欲してるのだ。故に集団の中で飛び出よう、抜きん出よう、前に出ようとして、過激な行動をとる。

少し知恵の回る者はテイリノ・バルのように有力者と手を組んで、その力を背景に利権を狙う。

どちらにせよ、マードックが生きていた頃とは比べられぬほどの惨憺たる有様だ。




──統王様やお師匠様がいなくなっても、こうなるのかな。




ふとよぎった不安。

絶大な力を持ち、それを存分にふるった者が倒れた後の世。

それに想いを馳せる時、明るい心持ちではいられない。

年齢的にも立場的にも、クロスはその時代を担う世代の一人となるだろう。

決意を固めながらここまで来たが、不安を感じる瞬間もあった。


クランツという男をごく一部だけ見て、その不安はより明確な具体像を持っていた。


何かを支配し、また、そのための策略を巡らせぶつけあわせる。

クロスはそれをある種の遊戯のように感じていた。

"鉄の魔女"の件でも"光の魔女"の件でも、彼は楽しんでいた。

何かを考えること自体が好きなのだ。


しかし、その行き着く先は?


自分が今しているこれは、遊戯ではない。


お師匠様や統王様がしていることも、遊戯ではない。


マードックの言葉が響く。


「人生は無意味だ」


彼らは無意味に踊る人形なのか?

まさしく後ろで叫び踊り狂う魔道士たちのように。

狂騒と混迷がままに、自分にだけ見えない踊りを舞う。


遊戯ではない。舞踏なのだ。

ぴくりとも己を感動させられない、恍惚なき哀れな踊りなのだ。




世界の実像に、霧がかかるような錯覚を覚えた。

ほんの一瞬だけ、何もかもが曖昧で、くぐもって、薄暗くなったように感じた。

魂の冷たさを感じ、心臓の寒気を感じた。何もかもが震えず、動じず、完璧な冷静だった。

その感覚には憶えがある。エルガンと死人たちに追われて感情が目覚める前の自分だ。

冷たい己と、何もかもが存在していない己以外の全てがある、あるのにない、そんな世界だった。


全ては影。霧の中の影。


冷たくも暖かくもない空気を吸い、異常にゆっくりに感じられる瞬きを一度。




そして再び目が開かれた時には、もう元の世界に戻っていた。

後ろで魔道士たちが罵声をあげ、前で判事が静粛を呼びかける喧騒。

色づき、輝き、熱を帯びた、見慣れた現実世界。

思わず目をこすって被告席のアイランの後ろ姿を見やるが、彼女は退屈そうにあくびをかみ殺すばかり。

しかしそれがかえって安堵を生んだ。暗い夜の海で灯台を見つけた感覚に似ていた。


幻覚のことは気になるが、今は裁判に注力しなければ。

気を取り直して、彼は相互紙にペンを走らせた。



『わかりました、第二被告弁論まではとにかく引き延ばします』



策の大詰めは近い。

そのままでは5日で終わるであろう裁判を、すでに14日も続けさせている。

だが、まだだ。


──このやかましい水鳥どもに、目にもの見せてやる。

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