第7話 女
わたしの性別は女性だが、わたしは女ではない。
理由は様々ある。
1つ目は17歳の時、学校の男子数人から集団レイプを受けたこと。その時妊娠しなかったのは奇跡としかいいようがない。なぜなら男子たちはお構いなしに〝中〟で射精したからだ。
2つ目は21歳の時、乳がんで両方の乳房を失ったこと。
3つ目は27歳の時、子宮頸がんで子宮をすべて摘出し、子どもが産めなくなったこと。
4つ目は20代の時のふたつのガンに用いた抗がん剤の副作用で頭髪のほとんどを失ったこと。
5つ目は31歳の時、居酒屋の商売がうまくいかなくなった実父から暴力を振るわれ、上の前歯4本と下の前歯2本を失ったこと。
以上がわたしが女でなくなった理由だ。
そんな理由であなたが女でなくなることなんてない、といってくれる人は大勢いる。でもそれはきれいごとだ。実際わたしは男からまったく相手にされない。
わたしは生れついてはそれほど不細工ではなかった。ふつうの家庭でふつうに生かせてもらえたなら、ふつうに幸せになれたと思う。でも、ふつうなんてあり得ない、と今は思う。
母親はわたしが2歳の時に自殺したらしい。幼い頃、父親から、これがお前のお母さんだよ、といってよく写真を見せてくれた。
そう、父親は、本当はやさしいのだ。
母の自殺の理由もわたしだった。
わたしが産まれてすぐ、母は産婦人科の医者から、お子さんは10歳まで生きられえないと通告というか勧告というか、とにかく現実を説明され、そのショックから死を選んでしまったらしかった。
その話を、わたしは乳がんになった21歳の時に父から聞かされた。
そんなわたしにも恋愛経験はある。大学生だった頃の短い恋だった。その恋人は乳房を失ったわたしに、オレはお前のカラダに惚れたんだよ! お前いいカラダしてたからなあ!
一生涯で唯一交際した男との最悪な別離。
悲しかった。
でも仕方がない。20代の健康な男が性交を目的に女を欲しがるのは当然だ。
わたしは母と同じように死のうと考えている。でもどうすれば死ねるかわからない。
お母さんはどうやって死んだの? 父に訊いても無駄なことはわかり切っている。
わたしは大好きな太宰治と同じように自分の人生を小説にして、太宰の真似をして『晩年』というタイトルをつけた。
そうしてわたしはひとり切りじゃ怖いから、ネットで「自殺」「絶対」「仲間」というキーワードを打って検索した。信じられないことに自殺サークルは無限にあった。その中からわたしは故郷から最も離れた地方の田舎町にいる一人の女を選んだ。
『わたし、死にたいんです。絶対死ねる方法知っています。誰か一緒に死んでくれませんか』
わたしはスマートフォンで彼女と連絡を取り、顔の画像を送って、その3日後、彼女の住む町へ、飛んだ。
彼女と会い、わたしは、すぐさま、絶対死ねる方法って何? と訊いた。
彼女は、まあ、そう慌てなさんな、死ぬ前に食事でもしよう、奢ってやるけん、といった。
わたしは数秒で直感した。この女、死ぬ気なんてない。
しかしそれは、わたしの邪推だった。
軽食店で魚の定職を食べ終えると、彼女はそろそろ行こか、といってスマートフォンでタクシーを呼んだ。
タクシーはすぐに来た。彼女は、海まで、とドライバーに告げると、シートに深く座って、瞳を閉じた。
そうして海に辿り着くと、彼女は、身分のわかるものを残しちゃいけないよ、とわたしに忠告した。
それから彼女はわたしの手を引いて海に入った。海はなんだか黴臭かった
本当にこんなんで絶対に死ねるの?
嫌な予感がした。
わたしの予感は当たってしまった。
覚醒した病院で、わたしは女同士の心中に失敗したことを、ヤクザとなんら変わりのない風貌の刑事に知らされた。しかし生き残ったのはわたしだけ……。
わたしは死んだ彼女が羨ましかった。
もう生きなくていいんだという安堵感。
もう何もしなくていいんだという解放感。
そうしてわたしは、悟った。
わたしは、どんなことをしても、死ねないのだ、と。
わたしには生きていてもいいことなんかない。ずっとそう思ってきた。でもそれも今日で終わり。
恋人ができたのだ。73歳の老紳士。わたしは生まれて初めて「愛」というものを知った。
見た目なんてどうだっていい、中身なんてどうだっていい、ただ、生きてさえいてくれればそれでいい。
彼に愛されて、彼を愛することで、わたしは、女に戻ることができた。
そうしてこれからは、彼のために〝女として〟生きていくつもりだ。




