第5話 愛するってどういうこと
わたしはAV女優だ。撮影の時は台本があるので、どう感じればいいか、問題なく演じることができるが、どうしてだろう、世界一愛しているはずの夫との夜の営みの時は、感じ方がわからない。いや、感じていることには間違いないのだが、それを、どう、表現すればいいのか、それがわからないのだ。
わたしと夫は12歳の時に出会った。学区の関係で小学校の時はまったくの他人だったが、中学に進級する際、同じ中学校になり、わたしたちは出会った。
まさに運命の出会いだった。
夫の名は、まあ、信じてはもらえないだろうけど、鈴木一郎といった。つまりかつてメジャーリーグのシアトル・マリナーズで大活躍したITHIROと同姓同名ということだ。しかも1年生にして野球部のエースピッチャーの四番打者。わたしも野球部のマネージャーとして彼の支えになるよう努めた。ちなみに私の名は弓子。
夫はITHIROと同じように「いっくん」と呼ばれ、誰からも好かれていた。そうして同じクラスでキャッチャーとしてバッテリーを組む、でんちゃん、と呼ばれる男の子といつも野球の話ばかりしていた。
ああ、この人もまた将来メジャーリーグで大旋風を巻き起こすのだろうなあ、とわたしは想像をふくらませていた。
16歳、わたしたちは初めてくちづけをした。そして17歳で結ばれた。
わたしは少しずつ〝女〟になっていった。
それから3年後、わたしたちは20歳で結婚した。
彼は高校を卒業すると東大の文化Ⅰ類に進学した。彼は4年間、日本文学を専攻し、卒論には、太宰治はなぜ心中したのか、というテーマで執筆し、教授からたいへんな評価を受けた。
そうしてやっぱり野球に対する情熱は消えることはなかったのだろう、神宮球場で華々しく活躍し、大学を卒業すると、なぜかドラフト1位指名をを蹴って社会人リーグの選手になった。
そうして1年目で最多勝投手となりMVPにも選ばれた。
すべてがうまく運んでいた。唯一の欠落は子宝に恵まれなかったことだ。その原因はわたしだ。
夫は30歳まで野球を続け、社会人リーグを引退すると、今度は少年野球チームのコーチをボランティアとして務め、後進の育成に尽力した。
その、わたしと夫の人生は、子宝に恵まれなかったとはいえ、幸せそのものだ、と世間の人たちには思えたでしょう、でも違った。
夜、夫はわたしを、イカせてはくれない……。
わたしはインターネットでAV女優募集のホームページを探し、見つけ、そうして応募した。間髪入れずに。
自分でいうのもなんだが、わたしは美人だしスタイルもいい、年齢的にも若い女の子が持っていない魔性の魅力を備えている。売れるに決まっている。
わたしの予感は見事に的中し、人気AV女優になった。というのはウソで、わたしはごく一部のAVオタクにしかウケなかった。
でも、それでよかった。プロのテクニックとスキルでわたしは「イク」ことを知ったのだから。
もしわたしの人気に拍車がかかったならば、わたしたち夫婦は離婚してしまっていただろう。
わたしは綱渡りをするようにAV女優の仕事を続けた。
そうしてある日、わたしは夫に向かって言ってはならないことを口にしてしまった。
あなたじゃ感じないのよ!
翌朝、夫は自殺した。男にとっても女にとっても、また同性愛者にとっても、パートナーと一緒に昇天することは他の何にも代えがたい喜びだ。
AV女優になって快楽の頂点を知ってしまったわたし……。夫を失ってようやく、わたしは愛するということを知った。
AV男優はわたしをイカせてくれるが愛してはくれない。
夫はわたしをイカせてはくれなかったが愛してくれた。
人は、愛するとはどういうことかを知るために生まれてくるのだ。それなのにわたしは、わたしを愛してくれた夫を愛さなかった。最低の女だ。そんなわたしに生きる資格はない。
現在時刻午前0時15分。
わたしは線路の上に寝そべって、最終電車が通過するのを待っている。




