第4話 社長の椅子
オレは今48歳で無職だ。しかし特別生活に困っているといわけではない。
その理由は、オレが精神病患者で障害年金を潤沢に支給されているからではなく、アニキが金属加工会社を経営していて、その仕事・会社が順調に運んでいて、オレに小遣いを恵んでくれるからだ。へへへ。
アニキの役員報酬はきっと数千万から億単位であろう。それに、アニキはやさしい。働かないオレを責めたりしない。
ちなみに両親は共に他界している。オレとアニキは大豪邸で家政婦を13人雇って暮らしている。
この48年の人生で、オレは3度死のうとして、しくじっている。
いずれも服薬自殺だ。それが最も簡単な死に方に思えたから。でも生き延びた。
つまるところ、オレはマジで死ぬ気なんかハナっからないのだ。
働きたくない。それが本音だ。働けないふりをするために自殺未遂をする、いや、演じているのだ。
一番最初は小学6年の時、担任の教師が嫌いで、学校に行くくらいなら死んだほうがマシだと思って、救急箱の中から何の薬かわからなかったが大量に残っていた薬を一気に飲んで死のうとした。
2度目は社会人になって働き始めてすぐ、肉体労働に嫌気がさして、ドラッグストアで頭痛薬と睡眠薬を買って、それを深夜の公園のベンチに座って2リットルのミネラルウオーターで飲み、死のうとした。
そうして3度目は、うつ病にかかり、自分が無価値な人間に思えて、どうしようもなくなって、精神科に駆け込んだ。で、処方してもらった抗うつ剤と精神安定剤1カ月分を一気に飲んで死のうとした。
そのすべてが、芝居、だ。
生きたくても生きられなかった尊い命のために自殺なんてふざけたマネをするなんて間違っている。そう思ったり主張したりするだけじゃなくて、ぼくたちみたいな自殺志願者の気持ちもわかってもらいたい。
死にたいという感情は生きたいといいう本能と同義だ、ということを。
そうして時は瞬く間にすぎ、オレは48歳の無職のクズになった。ただのクズじゃあない、精神障碍者になってしまったのだ。勿論精神病患者=人間のクズとは言い切れないけど。そんな中、昨年両親が相継いで亡くなり、オレは一念発起して就職活動を始めた。
学生時代の友人は皆ふつうに働いている。
噂というものは不思議なもので、オレがうつ病にかかったことを誰もが知っていて、オレはみんなから避けられていた。だが噂の主人公はオレじゃなかった。
誰と誰が結婚したとか、誰が出世したとか、オレ以外の噂は尽きることがなかった。その旧友たちの噂にオレは閃いた。
「小説を書こう」
オレは、ふっ、と風に囁かれるように柔らかく決意した。
幼い頃、母はよく本を読んでくれた。クズになる前から、若い奴等がスマホでゲームに興ずるのを暇つぶしの定番にする21世紀という時代に読書する人間は時代遅れだと揶揄されても、オレは小説を書いた。小説というより、自叙伝だ。
順風満帆だった人生が、ある日突然奈落の底に落とされてしまった人生を小説にした。
就職はうまくいかなかったけれど、アニキが生きている限り生活に困ることはないのだから、好きな本を読み、小説のネタが浮かんだら執筆する。それだけで充分幸せのような気がした。
だが奇跡と悲劇は表裏一体、アニキが交通事故で死亡した。
会社は副社長のものになり、オレに金を恵んでくれる人間はこの世に一人たりともいなくなってしまった。
こういう場合、多くの人があとを追って自殺するものだが、あれほど自殺願望の強かったオレは、生きる道を選らんだ。覚悟の要る選択だった。その選択は正解だった。
アニキの会社は元々オヤジのもので、アニキの部下たちはオヤジにピンチを救われたような社員ばかりで、アニキとオヤジに、心から感謝していた。彼らは副社長を追い出し、オレを社長にしてくれた。
人生には、死にたくなるようなことが無限にある。だがその壁がどんなに高くても必ず乗り越えられる。
神は耐えられない試練は与えない。
その言葉を胸に、オレは明日も社長の椅子に座わり、職務を果たすだろう。




