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蒼い晩年集  作者: 昭司優
14/17

第14話 恋人にフラれたら風俗に行こう

 ぼくはうつ病にかかって20年になる。

 発症のきっかけは、というか理由は、当時勤めていた会社がブラック企業(そんな言葉はなかってけど)だったからだ、ということにしているが、ほんとうは違う

 結婚だ。

 ぼくは26歳の時、会社の同僚だった中国人にぼくよりひとつ年上の中国語女性を紹介された。


 そのころぼくは2年半ほど付き合った人生初の恋人にフラれて3年がたち、もう劣情の塊となって、相手は誰でもいいからとにかくセックスしたくてしょうがなかった。

 だから結婚した。

でも順序を間違えた。セックスの相性がいいから結婚したんじゃなくて、セックスしたい、というだけで結婚したのだ。


 その女は不法入国の身だった。ぼくは正常な判断ができなくなっていたのだ。

 出会って3日ぼくは犯罪に手を染めた。不法入国者認否、というやつだ。そう、一発ヤリたいがために。


 しかし結婚してから次々と問題が起こった。女のつくる料理は不味く、そしていちばんの結婚理由だったセックスも、セックスどころかキスも下手で、結婚して2週間。

 離婚した。


 会社も辞めた。そしてうつ病にかかった。

 だからといって生活に困ることはなかった。ぼくの生家は3代続く米農家で、ぼくは実家から離れた大学に進学したのだが、学費に加えて、月40万の仕送りをもらっていた。人生初彼女も金の力で口説き落とした。


 それから20年、ぼくはうつ病を抱えながら、ドラッグストアで薬剤師をしている若い女に片想いをしている。名前は羽田由美。胸元のネームプレートでその名を知った。

 好きになった理由は容姿ではない。丁寧な接客と豊富な知識に惹かれたのだ。


 幸運にもぼくたちはドラッグストアの薬剤師と客以上の関係になった。といっても交際している訳ではない。

 でも、好きだ。


 しかしその年の冬、由美は福岡に転勤することになった。ぼくの頭の中にはほんとうにその音が響くほど、ガーン、というけたたましい音が鳴った。


 帰宅し、戦前生まれの実家のばあちゃんに電話で相談してみた。

 ばあちゃんの答えは、男なら、ダメでもともと、そう思って当たって砕けろ、それだけだった。


 翌日、ぼくはまた由美の働くドラッグストアに行き、そうしてノドから心臓が飛び出るんじゃないかと思おう程の緊張を押し殺して、デートに誘った。

「いいわよ」

 という由美の返事……。

「やった!」

 というぼくの歓喜……。


 ぼくは由美にバレないように避妊具をふた箱買った。そうしてインド料理の有名なレストランで最も値段の高い3万円のコース料理をごちそうし、アルコールで由美を泥酔させ、月18万のマンションに連れ込んだ。

 しかしぼくは男にはなれなかった。

 据え膳食わぬは男の恥。

 まさにその通りだ。


 朝、アルコールが抜けた由美は、

「わたし、実は、付き合ってる人がいるの」

 とぶち上げた。

『誰かに取られるくらいなら あなたを殺していいですか』

 誰の何という歌かは知らないけれど、ばあちゃんがよく歌っていた演歌を思い出しながら、ぼくは由美を包丁でメッタ刺しにして、殺した。

 部屋の中が、血だらけになった。


 明くる日の午前9時半、由美のスマホが着信した。勤務先のドラッグストアからだった。「会社」という文字がディスプレイに表示された。電話は留守電に繋がり、店長らしき男の声が、

「もしもし羽田さん? どうしたんですか、連絡ください」

 と流れた。

 その30分後、ぼくの部屋のインターホンが鳴った。

 警察だった。

 ぼくは殺人の容疑で逮捕された。


 教訓、


 どうしてもセックスしたくなったら風俗に行こう。

 そうすれば、人殺しにはならなくて済むから。




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