第13話 車の中で
10年同棲した彼氏が死んで、わたしもあとを追うことにした。
でも、どうすれば自殺できるかわからないし、やっぱり一人で死ぬのは怖い。
昔、『完全自殺マニュアル』という本が流行したけど、ほんとうに完全に死ねる方法があるなんて、わたしには信じられなかった。
わたしと彼はSNSのマッチングアプリで知り合った。
「読書好き」をキーワードに検索して、偶然、住んでいる場所が近かったので、わたしたちは会って食事をすることにした。
「オレ、ケンイチ、君は?」
「え、あ、エリコ」
わたしは偽名を使った。もしかしたら彼も偽名を使っていたかもしれない。
けど名前なんてどうでもよかった。
わたしは幼い頃両親から壮絶な虐待を受け、もう耐えられなくなって、交番に駆け込んだ。わたしが事情を説明したが、おまわりさんは、最初、わたしの言うことを信じてはくれなかった。が、わたしが服を脱いで上半身はだかになると、おまわりさんは鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべた。
おまわりさんはすぐに児童相談所に連絡して、わたしは一時保護、ということになった。
久しぶりにまともな食事を食べ、久しぶりにお風呂に入り、久しぶりにあったかいベッドで寝た。
翌日、わたしを児相に連れてきたおまわりさんが、
「君のお父さんとお母さんが君の捜索願を出した、だけど心配いらない、君はしばらくここで暮らすんだ、いいかい、一人でここから出ちゃダメだよ、わかったね」
わたしは、はい、と返事をしてうなずいた。
ここにいれば暴力をふるわれることはない、ごはんも食べられる、お風呂にも入れる、寝る時もベッド。もう何も恐れることはない。
そうしてわたしは児相で義務教育を受け、通信制の高校に進学し、十八歳の誕生日に児相を出て独り暮らしを始め、卒業後は実家から離れた地方の小さな町で工場作業員として働きながら安定した暮らしを送り、20歳の時にケンイチと出会った。
ケンイチの仕事はホストだった。だがケンイチはわたしを客としてではなく、ほんとうの恋人だと言ってくれた。それから半年、わたしたちは同棲することになった。
幸せな毎日だった。でも心配事がひとつ……ケンイチは仕事以外でも大量にお酒を口にした。
元来強いのだろう、いくら飲んでも酔っぱらうことはなかった。わたしも時々ケンイチに付き合ってお酒を飲んだ。文字どおり舐めるように。
この幸せな生活が永久に続くものだとわたしは信じて疑わなかった。
しかしケンイチはクラブの客に心臓を刺され死んでしまった。
ケンイチは『流星』という源氏名でホストクラブのNo.3になるほどの人気を博した。でも殺されてしまった。
ケンイチがいないのならわたしに生きる理由はない。
わたしはケンイチと出会った時と同じようにSNSで『いっしょに死んでくれる人』を探した。
1週間がたち、ようやく相手が見つかった。77歳のシゲという名のおじいちゃん。シゲ爺はミツという奥さんと最近死に別れ、もう人生やり残したことはない、あとは死ぬだけだ、と言った。でもわたしと同じように一人で死ぬのは怖くて、SNS(わたしはシゲ爺がスマホでここまで辿り着いたことに驚いていた)で自殺志願者を探し、わたしと繋がった、と、つけ加えていった。
シゲ爺は死ぬ前にもう一度セックスがしたい、といった。わたしは応じた。
わたしたちは人生最後のセックスを夢中で楽しんだ。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものように。
そうしてシゲ爺の車で山奥深くまで入り、練炭を焚いて、抱き合ったまま目を閉じた。
死ねなかった。
「これからどうしようか?」
わたしはシゲ爺に訊いた。するとシゲ爺は
「君はまだ若い、わたしなんかと心中するより、生きていれば必ず幸せになれるからがんばりなさい」
と言ってわたしを励ましてくれた。そうして車から出て、山の中、どこかへ行ってしまった。
わたしはシゲ爺のあとを追いかけなかった。でも、わたしの自殺願望は強烈で、ほんとうに死ねるかどうかわからないけど、今から舌を噛み切って死ぬつもりだ。




