第10話 女の一生
現在時刻午前6時ちょうど。わたしは深夜のバーのホステスの仕事を終えたところだ。
わたしの源氏名は真由美、本名は則子という。今朝、ホステスの仕事を辞めた。理由は残された人生をエンジョイするため、なんてポジティブなものではなく、自殺するためだ。
まずわたしの経歴について話そう。
わたしの生まれは東京新宿。年齢は次の9月で29歳になる。バツイチ、独身、子どもは死産、高校を卒業すると同時に実家を出、水商売の道に入った。しかし1年で退職。煙草の吸いすぎか、ステージ4の肺ガンにかかった。店のママにお金を借りて左の肺の90パーセントを切除、そうして抗がん剤治療を続け、なんとかふつうの生活ができるようになり、ママの店に復帰したのが22歳、わたしの不在の間に店の常連になったムラカミというヤクザと知り合って三ヶ月後、風俗デビュー、そのヤクザとの間に子どもができ、結婚し、予定日の3ヶ月前に生まれてきた子どもは呼吸をしていたかった、そして離婚。
わたしはまたママの店に戻り、今度は順調に働いてきた。しかしまたしてもガン、今度は血液、白血病だ。
いま思えば、わたしの人生で幸せな時などなかった。
幼児のころから親に暴力をふるわれ、幼稚園から高校まで、ずっと、友達はできなかった。
悲惨な人生だ。
今夜のわたしの客は80歳の大手繊維メーカーの会長をしているステキな老紳士だった。その客に、
「わたし、死にたいんです」
と酒をつくりながら話すと、
「その若さで、五体満足に生きているのに、生きたくても生きられなかった人に失礼だと思わないのか⁉」
と叱責された。
そうですね、すみません、と答えたが、そんなこときれいごとだ。わたしは何度も死に瀕している。でもわたしは生き延びてしまった。
その会長さんのような嫌な客もいるけれど、他にもわたしよりひとまわり年上の小説家の先生が、いつも、わたしを指名してくれる。
わたしなんかのどこに惹かれたのか、それはわからないけど、彼は美大卒という意外な経歴を持つ小説家で、38歳でデビューするまで、ずっとメンタルの病気と格闘し、風呂なしのアパートで暮らしながら小説家を志してきた。その夢が叶った時は涙が溢れ、歓喜した、と語った。
できることなら彼と結婚したかった。だが彼には大切な家族がいた。それでも彼はわたしをやさしく愛してくれた。そして、
「世の中には死にたい人間の心根がわからず、バカで愚かだ、と偉そうにいう大人が、この間違った死にたくなるのが当然の世の中で死を選ぶことを理解できない大人が多すぎる、特にオレより上の世代に」
と主張した。
わたしは彼と関係を持ち、子どもを授かった。今度は元気な赤ちゃんだった。彼と一緒にはなれないけれど、わたしは、非常識だ、と後ろ指を差されても、この子と生きていく、そう決意して、やっと生きるモチベーションを手に入れた。
この先、どんな困難が待ち受けているか、それはわからない、でもいまのわたしには愛する人と愛する子どもがいる。二人とも「治」という名前だ。
先日、その小説家に借りた小説の中に、かずこ、というわたしと同じ道を選択した女が書かれていた。
わたしは、もう自ら死を選んだりしない。
そう、わたしもかずこと同じように古い道徳とどこまでも争い、太陽のように生きてゆくつもりだ。




