7. YUNー4
言葉通りに姫さんは、その後すぐ両親の許可をもぎ獲って来て。
「まだ子供なのだから、世話人の、給金支払いなんて、気にしなくて良いと、言われました……お恥ずかしい……」
どうにも明後日の方向に落ち込んでいたが、それは姫さんの親が正しいと思う。もちろん、世の中には片手で数えられるような子供すら、金儲けの道具にする大人もいるが、孤児院のガキ共が憧れる理想の親は、子供にそんな苦労させないものだから。
この領地の頂点に立つ夫婦が、ちゃんと我が子を愛して大事にしていることに、なんだか意味もなくほっとしてしまった。
とにもかくにも、オレは領主一家に雇われると言う、大変名誉な理由で孤児院を出ることになって。皇女殿下直々の挨拶状を受け取った院長は、感極まって号泣していた。
ついでに言うならオレの対価として支払われた金額は、低位貴族令嬢の結納金に匹敵する額らしく、孤児ひとりの引き取りに支払う額には多過ぎると、院長がおののいていた。
変わった姫さんの両親は、やっぱり変わっているのかもしれないが。
「どうか、くれぐれも、娘を頼む」
顔見せで対面した公爵閣下から、固く手を握り言い含められて、金額は娘への愛と、オレへの期待でもあるのかもしれないと気付いた。
なにせ領地を魔法で縦断して空から落っこちた挙げ句、魔力欠乏でぶっ倒れるような破天荒非常識娘のくせに、オレの前には人間の世話役なんて受け入れなかったと言うのだ。孤児だろうが人間をそばに置くならば、大きな進歩だし期待もするのだろう。
「姫さん、さぁ」
「はい」
「あんま、親に心配かけんなよ?せっかくちゃんと、心配してくれる親がいるんだからさ」
思わずそう告げれば、おもいっきりびっくり顔で見返されて、なんだか癪だったのでデコピンをお見舞いしてやった。
それからの日々は、怒涛、の一言だった。
水・風・木の三精霊王の加護持ちと言う、もうわけわからん存在の姫さんに連れられて、強行軍のネーデルヴァルト公爵領旅行。その後姫さんは土の精霊王謹製とか言うおっそろしい地図とにらめっこして、なにやら計画を立てて、領主代行である公爵夫人とその補佐官たちとの喧々諤々の討論会。見てて怖かったし、大人と激論を交わす姫さんは、とても幼女には見えなかった。
でも、どうやら討論の結果はなんとか姫さんの納得行く結論に至ったらしく。また地図とにらめっこしたあと、今度は公爵夫人を自分の補佐に立て、宰相閣下相手に直談判していた。
そこで両親から、なにやら権限を付与されたらしい姫さんは、再びネーデルヴァルト公爵領の各地を飛び回り始めた。そうしてやることと言えば、土の精霊王から加護を得たオレを存分に活用しての植林と、土木工事。みるみる地形を変えて行く姫さんを、土の精霊王と木の精霊王は、爆笑しながら眺めていた、が。
ひとくちに、植林と土木工事と言っても、そのやり口が恐ろしいのだ。
そもそも移動が姫さんの風魔法なので、その時点でかなり魔力を使っている。そこからさらに、オレが耕し肥やした土地に木を生やしてあっと言う間に森に変えたり、水を操って川の流れを変えたり、木や草で川を補強したりして、魔力欠乏でぶっ倒れるのだ。
姫さんは、限界は見極めているから大丈夫なんてけろっとしているが、見ているオレは気が気じゃない。だって魔力欠乏でぶっ倒れるなんて、魔力枯渇の一歩手前と言うことだ。人間が魔力枯渇に陥れば、それすなわち死、である。
「災害は待っちゃくれないから急ぎたいのはわかるけど」
見かねて姫さんに苦言を呈する。
「そこまで急いで身を削って、死んだらどうすんだよ。生き急ぎ過ぎだって、姫さん」
姫さんは、困ったように目を伏せた。
「生き急いで、いるつもりは、ないけれど」
言った姫さんはオレのその苦言を聞き入れることなく、まるで追い立てられるように、ネーデルヴァルト公爵領各地の植林と土木工事を続けた。敬語が取れて少しは打ち解けたように思うのに、結局姫さんはひとりで突っ走るのだ。
どうしてそこまで、と思う、けれど。
目に見えて減る水害の発生件数に、姫さんはどんどん聖女としての地位を高めて行った。影響力はネーデルヴァルト公爵領の周辺領地にまで及んで。
文句も言わず、領地外の植林と土木工事まで進め出す姿に、もう、このひとは狂っているのかもしれないと思い始めた。自己犠牲の、化け物、だろう、もう。
極め付けが、地下貯水池の立案実行だ。
さすがにオレではなく、水の精霊王と土の精霊王の手を借りていたが。
たった一日で築き上げられた、巨大な地下施設。いくつもの大きな柱により支えられた巨大な空間は、まるで地下に造られた神殿のようで。しかしそれは神殿などではなく、増水時に水を迂回させ氾濫を防ぐためのものだと。
これを、たった五歳の子供が、計画したと?
その事実に、めまいがした。
常日頃、年相応とは思えないと、思い続けている相手だが、今回ばかりは空恐ろしさすら覚えた。
「どんな頭してたら、こんなもん思い付くの?」
「どんな頭、かしらねぇ」
笑ってそうはぐらかす姫さんが、実は神の使いだとか言われても、もうオレは驚かないと思う。
「これだけすごいもん造ったら、もう氾濫は心配ない?」
「そうとも言えないのが、防災の難しいところよねぇ」
遠回しに、もう良いだろうと告げても、姫さんが納得することはなく。
次第に焦燥感を強めながら、それでも丁寧に植林と土木工事を進めて行く姫さんの行動の価値を、オレが理解するのは後になってからだった。
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