6. YUNー3
「オレなんかが、なんの役に立つんだよ。なにが出来るかも、ろくに知らないくせに」
悪態を吐いて、寝台脇の椅子へ腰掛けた。置いたままになっていた薬草の籠を手に取る。さきに洗いたいところだけれど、見てると言った以上、離れるわけにも、
{すすごうか?}
「へっ?あ、も、戻ってたんだ」
不意に部屋を覆った濃密な水の気配にぎょっとする。
{他人が離れた気配がしたから}
つまりずっと、注視していたと言うこと。姫さんの言う通り、悪さなんて出来なかったってことだ。愛されているなと思うがもう、妬む気持ちは浮かばなかった。
{薬草って、浄化が必要なんでしょ?やったげる}
言葉と共に手元の薬草に魔力が触れた。たちまちに、薬草から土汚れが消え去り、それどころか、まるでまだ土に生えているかのように瑞々しく生き生きとし始めた。
やり過ぎだ。
思うが、さすがに水の精霊王相手にそんなこと言えない。
「ありがとうございます」
{んーん。お礼だから}
お礼。姫さんを、救ったからか。
「お礼なら、さっきも」
木の精霊王に。
言いかけて、ふと、疑問に思う。姫さんは水の精霊王の聖女。だから、水の精霊王がオレに感謝するのは筋が通っている。筋が通らないのは。
「なんで、木の精霊王が、お礼を?」
{オリヴィアちゃんに、加護を与えてるからじゃない?}
「え?」
いやいやいやいや。待て待て待て待て。
「精霊王、二柱から、加護を?」
{ううん。違うよ}
ああ、だよな、あり得なさ過ぎ、
{風の精霊王も加護を与えてるから、三精霊だよ}
頭痛がして来た。
{本当は、土の加護もして欲しかったけど、水と土って相性悪いからさ、無理だったんだよね}
上乗せしないで欲し、
{あ、そうだ!ひとりに乗せるのが無理ならさ、分ければ良いよね!きみさ、土の精霊王の加護欲しくない?オリヴィアちゃんに協力してくれるなら、あたしから土の精霊王に頼んだげるよ!}
だからあ!!
「ちょっと!落ち着いて!!」
片手を上げて、話を止める。
「あなたからしたら軽い気持ちかもしれないけど、人間からしたら、精霊王の加護って軽くないから。そんな、ホイホイあげるとか言わないで。姫さんが三柱から加護を受けてるとかも、知られたらとんでもない騒ぎになるよ。気を付けて」
ひとりの、それもたった三歳の子供が持つには、あまりにも過剰な力だ。下手したら、戦争が起こりかねない。
そして、オレに、精霊王の加護なんてのも、分不相応だ。
ああ、ほんのちょっと前、精霊王の加護を持つ姫さんを羨んでおきながら、いざ、自分が与えられるとなったらオレは尻込みするのか。
{その、感覚がさ、あたしにもオリヴィアちゃんにも欠けてると思うんだよね}
「どう言う意味?」
{平たく言うと、常識がないよねって}
自覚あったのか。
{あたしは精霊だからさ、人間の、なんて言ったら良いのかな?強度?限度?そう言うの、わからないんだよね。で、オリヴィアちゃんもたぶん、自分の限界とか、一般的?な子供がどうとか、わかってないと思う。だから}
見えないけれど、たぶん、眠る姫さんをなでたんだろう。
{こう言うことに、なっちゃう}
子供が魔力欠乏で倒れるのは、そう珍しいことじゃない。魔法を覚えたての子供は、自分の限界を知らずに倒れる。だが、それは十歳を過ぎた辺りの話だ。そのくらいの歳でないと、魔力欠乏になるような魔法は使えない。そもそも、年齢一桁で魔法を使える者が少ないのだ。魔力量的にも、理解力的にも。
だから、そう、異常なのだ。
たった三歳の幼児が、魔力欠乏で倒れるなんて状況は。
{このままじゃ、あたしはいつか、オリヴィアちゃんを殺しちゃう。それが怖いの}
「だからオレに、姫さんが常識を飛び越えないための、枷になれって?」
{オリヴィアちゃんはいま、土魔法を必要としてる。だから、きみが土の精霊王の加護を得たら、喜んで連れ回すと思う}
枷、とは生温い表現だったかもしれない。玩具、道具、奴隷。なんと表現したって良い。水の精霊王はオレに、自分の愛する聖女を守るためのイケニエになれと言っているのだ。
{悪い待遇には、されないと思うよ。オリヴィアちゃんの両親は、オリヴィアちゃんが思うままに過ごせるようにと考えて、お金を惜しんでない。きみはたぶん、公爵家の正規の使用人と同じ給金を貰えるようになるよ}
常識がないと言う割に、ずいぶんと狡賢い誘い文句を口にする。
「親の顔も知らない孤児が、公爵家に雇って貰えるって?」
{公爵家所有の牧場の牧羊犬のうち一匹は}
精霊王がクスリと笑う。
{オリヴィアちゃんが山で拾ったタヌキだよ}
タヌキ??
「犬じゃないじゃん」
{木のウロにはまって出られなくなってたところを、オリヴィアちゃんが助けたの}
「どんくさ……それ、ちゃんと牧羊犬として役立ってるの?」
{オリヴィアちゃんが鋭意教育中。今後の成長にご期待下さい}
つまり今は全然ダメってことじゃないか。
「良いね金持ちは、役立たずを養う余裕があって」
{あんまり役に立たないようならスープの具にするって、オリヴィアちゃんは言ってたけどね}
発想が物騒。三歳の発言じゃない。
{美味しいスープの具になるように、餌も工夫してるって}
「教育の成果が芳しくなくて諦めかけてない?ソレ」
{羊に舐められているだけで、人間の言うことはよく聞くようになったみたいだよ}
「羊に舐められてたら牧羊犬としては致命的じゃないかな」
ほんとに、なんなんだ、この姫さんは。
{むしろオリヴィアちゃんのお母さんの方が、無理に働かせなくて良いのよ、可愛いからペットで良いじゃないって言い始めてるくらいで、でも、オリヴィアちゃんは、タヌキであろうと働かざる者は食うべからずだって}
なんでそこで意固地になるかな。
{だから、生まれはなんでも、人間なだけ、側仕えに相応しいって言われると思う。この半年、『水の王がそばにいてくれるから』って、人間を周りに置くの嫌がってたから}
タヌキを牧羊犬にするくらいだから、人間なら孤児でも貴族でも関係ない、と。
「本人が嫌がったら」
{嫌だったら、手伝ってくれたら助かるなんて、言わないよ}
聞いていたのか。
{水はどこにでもあるから、知ろうと思えばなんでも知れるよ}
怖いことを、言う。
{オリヴィアちゃんの受け売りだけどね。水を操れれば、世界を牛耳れるってさ}
やっぱり三歳じゃないだろう。
眠る姫さんを見下ろす。寝顔だけは、年相応にあどけなかった。
こんな子供が聖女になる。オレは自分の力を隠して、自分だけのために使っているのに。
そう、燻り続けていつか見つかって捕まるくらいなら。
この、おかしな姫さんの手駒になる方が、マシかもしれない。
「……起きた姫さんが、それが良いって言ったらね」
突然目の前に、絶世の美女が現れて、満面の笑みでオレの小指を小指で絡め取った。
{約束ね!}
それだけ告げて、美女はまた消える。
{ヒトが近付いて来るから、また離れるよ。オリヴィアちゃんのこと、よろしくね}
そうして水の魔力が遠ざかった直後、扉に寄って来る気配に、溜息を吐いた。
お姫様がと、小声で囁き合う声がする。
椅子から立って扉に歩み寄り、ひょいと顔を出して言う。
「寝てるとこだから、覗くなよ。散った散った」
ガキ共をシッシと追い払えば、えー!っと不満の声が返った。
頭を掻き、妥協案を口にする。あの姫さんなら、問題ないだろう。
「今は疲れてるから、休ませてやれって。あとでちゃんと、相手してくれるから」
「ほんと?」
「おひめさま、すっごくきれいって、ほんと?」
「ほんと。すっごく綺麗で、優しいお姫様だよ」
いまの服装は、ぜんぜんお姫様らしくないけど。
「でも、あとでな。寝てるとこ覗いたら、水の王に怒られるぞ。水の王の大事なお姫様だから」
「みずのおー、こわい?」
「優しいよ。でも、怒ると怖い」
きゃーっと騒ぐガキ共を、シーっとなだめる。
「静かにしてろって。ほら、水の王が怒る前に散れよ」
{姫の眠りを妨げる悪い子は誰だあー}
廊下に響いた野太い声に、ガキ共が悲鳴を上げて散る。
オレもちょっと、驚いた。
「……離れたんじゃなかったの」
{水のあるところなら、どこにだってあたしはいるよ}
ああまた怖いことを言う。
{常に全部見てるわけじゃないけどね}
思考を見透かしたような言葉に、いくら友好的でも相手は精霊王なのだと実感した。こんな相手をマイムたんなんて呼ぶ姫さんは、やっぱりちょっとおかしい。
おかしい、けど、だからきっと水の精霊王に選ばれたのだろうし、オレなんかにも分け隔てなく接するのだろう。
しばらくして目を覚ました姫さんに、ガキ共の相手をしてやって欲しいと言うと、あっさり良いですよと頷いて、ガキ共全員がくたびれて眠るまで一緒に遊んでやっていた。つくづく変な姫さんだ。
けれどその後、水の精霊王の提案を告げると、打って変わって難しい顔になった。
「さすがに独断、出来ません。父と母に、確認を、取らないと」
結局、この姫さんでも孤児を雇うのは嫌なのか。そう、いつも通りの諦めが頭に浮かんだときだった。
「この孤児院にとって、ユンは大事な、労働力でしょう。わたくしの従者として、連れて行くなら、その分の、補填をしないと。その辺りの匙加減が、わたくしでは、わからないので」
「補填?」
オレ如きの?
「純粋な労働力としても。山の実りの、守り手としても。ユンは、必要とされています。小さい子たちからも、慕われているでしょう?」
「いや、そんなん」
労働力としてでも、養子としてでも、孤児院から子供が貰われて行くことはある。いくばくかの寄付はして行くことが多いが、労働力の補填、なんて考え方はしない。
「大したことじゃ……その顔やめろ」
ニコニコと見つめられて、居心地の悪さを覚える。
「ユンは、優しいですね」
「優しくなんかない」
むっつりと反論して、それより、と話題を変える。
「嫌じゃないのかよ、姫さん、公爵令嬢なんだろ。身元も知れない孤児なんて、」
「身元は、知れているでしょう。この孤児院が、今のあなたの、家です」
「でも、捨て子だ。顔もわからない、子供を捨てるような親の、子供」
オレの顔を覗き込んで、姫さんは言う。
「氏より生き様ですよ」
ゾクリとするような、冷たい声音と表情だった。
「どんなに高貴な血筋であろうと、絢爛豪華な生活をしていようと、言動がクズならソレはただのクズです。どんな生まれであろうと、泥に塗れた暮らしであろうと、信念を持って正しく生きるならば、その方は誰より高貴です」
責められた、気がした。
「っそれなら」
だってそれなら、オレは。
「オレはクズだ。高位精霊の加護を貰ったのに、自分のためだけにしか使ってない」
「ユンは、優しいのに、馬鹿ですね」
見違えるように優しい顔と声で、姫さんが言う。
「あなたはまだ、若いです。人生なんて、これからですよ。なに、たった十数年、生きただけで、自分の人生の価値を、決めようとしているのですか」
三歳の幼女がなにを、とは、言う気になれなかった。
「良いでしょう。あなたがあなたを、価値がないと言うなら、わたくしがその人生、高値で買いましょう。ユン、わたくしが了承するならと、マイムたんに言質を取られているの、ですもんね!やっぱなしは、なしですよ!」
なにやら吹っ切れたらしい姫さんが、胸を叩いて宣言する。
「お金なら、これから聖女の給金が入ります!金額は父と母に、相談することになりますが、わたくしの個人資産から、払うのであれば、決定権は、わたくしにあります!誰にも文句は、言わせません!」
小さな、けれど温かい両手が、オレの頬を包み込んだ。
「わたくしの下で、生きなさい、ユン。二度とあなたに、自分がクズだなんて、言わせません」
「お、おう。わかった」
勢いに呑まれたオレは、ただただそう言って頷いた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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